第32話
「でも、ホントに無事で良かったわ~」
そう言ってしがみついて来るアールエル王女。
歩きにくいっすよ?
後ろで、アール様ばかりずるいよな、うちらもどさくさに紛れてスリスリしときゃ良かったぜ、などと言っているゴロツキ騎士のセリフを聞くと、ああ、無事に帰って来れたんだなって実感が湧くのはなぜだろう。
「ほんっと、あのエルフの女性が怒鳴り込んで来たときは心臓が止まるかと思ったわよ」
なんでも「お前のクソ無能のせいでシフがさらわれたじゃないか、どうしてくれる」とエルフのルーリアさんが怒鳴り込んで来たらしい。
「無能って言われてもねえ……まさか、帝国皇帝本人が出張って来てるなんて思わないわよね?」
「皇帝の顔は見た事がなかったのですか?」
「いや、そりゃさあ、見た事はあるし、知っているけどさあ…………他人の空似ってのもあるじゃない?」
あ、やっぱこの王女様、無能だわ。
天は二物を与えないんやね。
帝国の皇帝陛下も何を思って本人が来ていたのだろうか?
最初は驚かすつもり参加して、それでも気づかないから、面白くなってきて放置したとか?
あの皇帝陛下ならありえる。
「そこがアール様の良いところじゃないっすか?」
「じゃあ、あんた達は気づいてたとでも言うの?」
「うちらは帝国皇帝の顔など知らないっすよ? 用もないし」
まあ、そりゃそうよね。と落ち込んだ様子でため息をつく。
自分の気になる所はとことんまで気にするが、気にならない所は、本当にどうでも良いと言う、いや、多くは語りまい。
オレも人の事は言えないし。
あとスリフィのやつも。
「そういえばそのエルフの女性――――ルーリアさんは街に残っているのですか?」
「彼女なら旅に出たわよ?」
「ホワイ?」
自分がシフを守り切れば、と言った傍からこんな状況。
相手が帝国皇帝の懐刀だとはいえ、抵抗のての字すら行えなかった。
それを反省して、一から鍛えなおす、と言って街を出て行ったそうだ。
「その上さ、さらわれた先、帝国の帝都が何者かに襲われて壊滅したと言うじゃない」
この王女様は帝国と内通していた訳だ。
なのでそのルートを介してシフを返せと交渉していた。
そしたら、ある日突然、音信が途絶える。
不審に思って調査をしたら、帝都が崩壊、帝国皇帝はおろか、その系譜、および後宮の夫たちの行方もしれず、という結果が出る。
「もう居ても立っても居られなくなって、今がチャンスと言って帝国への進軍を進言したわけよ」
なにやってんですか!?
この元凶はあんたかよ!
いやまあ、ある意味、スリフィの言っていた歴史の通りの動きをしているな。
誰か止める人はいなかったのぉ?
「いや、そんな事を言っても、本当に始めるとは思わなかったわよ? でも上の姉上が乗り気になってね」
どうやったのかしらないが、エルフの団体を味方に付け、近隣各国にも情報を共有し、帝国へ攻め入る準備を整える。
なんというか、この王女様、結果的に二重スパイの様になっているな。
準備を整えたかと思うと、他の国をまたず、一気に帝国へ攻め入る。
中央からの指令もなく、右往左往する帝国を蹴散らして進む。
するとだ、他の国も慌てて、遅れてなるものかと帝国へ攻め込む。
現在は、帝国対多国籍軍の様な状況になり、かなり奥地まで侵攻しているそうだ。
まあ、おかけで、こうして合流できた訳だが。
「とはいえ、帝国と内通していた訳だから無罪とはいかないのよね」
「そうっすよ。王女の位ははく奪されて、うちらの騎士団も解散ってねぇ」
「えっ、騎士団を解散されてんの? じゃあもう騎士じゃなく、普通のゴロツキじゃね?」
「いやいや、一応、たぶん、まだ騎士、のはず? ほら、なんていうか主を持たない、自由騎士ってやつぅ~?」
自由騎士かぁ……
字面は良いんだがなあ。
ほらローなんたらの騎士とか?
いやまあ、ホントは唯の浪人な訳だが。
「今は辺境の村の警備隊長ってとこかしら」
「じゃあ、後ろの人たちはなに?」
「さあ? なんでかしらないけど、みんな付いて来たのよね? 給金も出ないのに」
「ウスッ、給金は畑仕事で稼いでるっす」
それもうただの農民じゃね?
「そ、それよりさ、ほら、さ…………私はもう王女じゃないのよ、だからその、シフも気軽にアールって呼んでくれて良いのよ」
後さ、と続ける。
「身分の障害もなくなった訳だしね…………どうかな? 私と、その……」
「ちょ~っと、まったぁあああ!」
と、そこへ、リューリンちゃんに支えられたファニスがやって来た。
「遠くから見ていたら、いつまでもイチャイチャしてさ! いったいあんたはシフのなんなのよ!?」
「シフ様、もしかしてそのお方は、シフ様の恋人だったりするのですか?」
「いや、そういう訳じゃないよ?」
ないですよね?
と言うかスリフィ、重病人を出歩かせるなよ。
「この二人がボクの言う事なんて、聞く訳ないじゃな~い?」
まあ、そうかもしれないがな。
「その子が、シフが癒してほしいと言っていた人なの?」
「はい、そうです」
「要らないわ!」
えっ?
「そんな奴の施しなんて要らないわ、私はずっとシフの介護で暮らしていくのだから」
いや、カンベンしてください。
「どういう事……?」
「そのですね……」
オレはアールエル王女、もといアール様にこれまでのいきさつを説明する。
「ふ~ん……良いわ、勝手に治療しちゃいましょ」
そうすればシフの介護は要らないでしょ。と言いながらファニスに向かって手をかざす。
するとだ、見る見るうちに火傷の跡が消えて行く。
さすがに炭化した部分と、無くなった左目はそのままだが、醜い火傷の後は消え去った。
「えっ……こんな一瞬で…………!?」
「凄いじゃないですか! 以前はもっと時間がかかっていたはずなのに」
「そりゃ私だって、いろんなとこから無能って言われたら、努力だってするわよ」
どうやら、オレ達がさらわれていた間に、回復魔法の練習を行っていたようだ。
「…………素晴らしい腕前ね、それだけは認めるわ。名乗りなさい、名前ぐらいは覚えていてあげる」
「ほんと上から目線……アールエル・ヴィンよ、皇女殿下」
「私はもう皇女じゃないわ。そう、アールエル……ん? どこかで聞いたような名前ね……」
もしかして、ヴィン王国の第四王女? と、つぶやく。
「そうよ」
「えっ、ホントに、本物!? あの、母上が言っていた、キングオブ無能の第四王女……!?」
「えっ、ちょっと待って、さすがにキングはないんじゃない? それきっと別人よ」
いや、たぶんあっています。
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