第30話

「も、もう良いわよ……」


 腕の中に居るファニス皇女が弱々しい声でそう言ってくる。


「そこまでして、助けてなんて言ってないわ」


 あのまま死なせてくれたら良かったのに、とつぶやく。


「皇女じゃない私には価値がない。後に残るのは満足に立ち上がる事すらできない不出来な体」


 生きていても仕方がないでしょ、と問いかけてくる。


「リューリン、あなたの父親を殺したのは私よ。私が憎いのでしょ? だったら、あなたの好きにしていいわよ」

「…………私は姉様を憎んでいません、されども、好きにして良いと言うのでしたら、生きてください」

「あなたもひどいわね……こんな体でどうやって生きて行けばいいのよ」


 左目は完全に無くなっている。


 半身は炭化して使い物にならない。

 この先、一生、誰かの介護なしには生きていけない。

 そんな未来に希望なんてある訳がない。


「もう……殺してよ、私はもう皇女じゃない、誰も私を皇女として見てくれない、だったらもう……泣き言を言っても良いわよね」


 そう言って、残った右目から涙を流す。


 皇女だから頑張って来た。

 私の性格が悪い?

 そりゃ仕方がないわよ。


 だって、そうしなければ、誰も私を見ようとしないもの。


「ああ、痛い、いたいよぉ……ずっと、ずっと我慢してた、皇女だから、泣き言は言っちゃだめだと、どんな時でも威厳を保たないと、と」


 もう、ずっと不安で押しつぶされそうだった。

 誰も、どうすれば皇帝になれるかなど教えてくれない。

 だからずっと、母上を見て真似て……


「それでも駄目だった、じゃあ、どうすれば良かったの? もう嫌よ、全部、終わらせてよぉ」

「体は、治る。もう少しだけ辛抱してほしい」

「フフッ、ばっかじゃないの、治る訳ないでしょ? 分かっているわよ、ここまで失ったらどうしようもないんだって」


 そう言って、上がらない左手を悲しそうな瞳で見つめる。


「そんな事はない! 必ず、どんな事をしてでも、その体を治して見せる!」


 土下座の用意でもしとこうか。

 アールエル王女なら、必死で頼み込めば治してくれると思う。

 敵国の皇女であろうとも、きっとあの人なら、なんとかしてくれる……と、良いなあ。


「じゃあ、治らなかったら、あなたがずっと面倒を見てくれるとでも言うの? 無理でしょ、こんな我儘な女に付き合って一生を台無しにしたいわけ?」

「そうだな、治らなかったらオレがずっと面倒を見るさ」

「…………グスッ、バカね……ウウッ、あなたは責任を感じてるんでしょうけど……ちがう……」


 その時、ブワッと皇女の目から涙があふれる。


「ぢがうのぉよぉ、あんたの責任でも! 母上の責任でも! ないっ!!」


 そして突然、そう叫ぶ。


 陛下も、誰も悪くはない、悪いのは全部、自分だけなんだって、腕の中で泣きじゃくる。

 エルフを脅したのは自分なんだと。

 皇帝陛下がエルフの重大な秘密を手にしたと。


 それを聞いて、エルフの連中に言ってしまったのだと。


 お前たちの秘密を私たちは手にした。

 もっと帝国に尽くさなければ、どうなっても知らないぞ、と。

 皇帝陛下ならもっと慎重に動いたかもしれないが、自分はその内容も知らず、そう言ってエルフを脅してしまったのだと。


「…………それでも、オレがエルフの秘密を口に出さなければ起きなった事だ」

「だからなによぉ……! ズズッ、あなたが居なくても、私はいつかは、ウッ、やらかしてたわよ!」


 だからもう殺してほしい、と。

 こんな体で生きていたくはない、と。

 それが叶わないのなら、せめてココに置いて行ってほしい、と。


「大丈夫だ、本当に体は治るんだ。治せる人物をオレは知っているんだ」

「そんなありもしない希望を持たせないで! 私は悪い皇女よ、帝都を滅ぼした罪もしょっているのよ!」


 そう言って、ファニス皇女はオレの腕の中で泣きじゃくる。


 オレはファニス皇女の体を治せる人物を知っている。

 この怪我が治る事を知っている。

 だからこそ、そう言って励ます事ができる。


 だけど、本当は治らない事を知りながら、励ます事ができただろうか?


 あのヴィン王国第四王女――――――アールエル・ヴィンは、それでも励まし、支え続けたのか。

 今なら、それがどんなに難しい事か身にしみて分かる。

 ほんと、大したタマだよ、あの王女様は。


 だからオレも、それを見習わなければならない。


「分かりました、それでは皇女様は、ここで死んでもらいましょう」

「先生……!?」

「シフ様……」


 そう言ったオレをスリフィとリューリンちゃんが悲壮な顔で見つめてくる。


「それじゃあ一つ、立派な墓標を作ってあげないとな、スリフィ、ちょっと手伝ってくれないか」


 オレはそう言って、近場にある一番太い木の皮を剥ぎにかかる。

 スリフィの力も借りて、皮をはいだ後の木に尖った石で『帝国皇女ファニス・ヴァルキシア、ここに眠る』と刻む。

 オレの意図を理解したのかスリフィがそれを見て言う。


「さすがだね先生! すごく立派な墓標だよ!」

「…………!? そうですね! どうせなら私の墓標も作ってくれませんか?」


 リューリンちゃんも意図を察してそう言ってくる。

 一人、理解のしきれていないファニス皇女だけが、悲痛な顔でそれを見つめる。

 そんな皇女――――――いや、ファニスをオレは担ぐ。


「それじゃ、スリフィ、もう一度、補助魔法を頼む」

「え…………私を殺してくれるのじゃなかったの……?」

「皇女はオレの手で殺しました。だから、後に残っているのは、唯の、いたいけな少女でしかない」


 だったら、そんな少女を見捨てる訳にいかないでしょ、と問いかける。


「………………ほんと、バカね。後悔しても、知らないわよ」


 そう言って、腕の中でキュッと、オレの服を残った片手でつかむファニス。


「ここで見捨てても後悔はするだろうし、どうせ後悔するなら後の方が良いだろ?」

「それは先生、問題の先送りという奴だよ」

「今すぐだす答えが悪い結果な場合、先送りにしたら良い結果になるかもしれないサ」


 まあ、大概、今より悪い結果になる事が多いのだけれども。


 それでもオレは、この先に良い結果が待ち受けている事を知っている。

 最悪の場合は、スリフィになんとかしてもらおう。

 こんなんでも未来を知る天使だ。


「期待が重いよぉ」


 そのスリフィの持つ魔法の中に、方向音痴対策魔法がある。

 ようは、特定の箇所にビーコンを設置し、そのビーコンのある方角が分かると言う優れもの。

 そして、そのビーコンの設定はスリフィが生まれた村に置いてある。


 その方角へひたすら進むオレ達。


 文字通り血反吐を吐きながらの強行軍だ。

 あれからファニスもおとなしくなり、ずっとオレにしがみついている。

 途中でスリフィかリューリンちゃんに交代しようかと思ったが、そこまでされたら、いまさら交代して、などとは言いだしずらい訳だ。


「ところでさ、先生」

「なんだ?」

「これさ、どうやったら取れると思う」


 そう言ってスカートをめくりあげる。


 あ~、あ~、それ残っちまってるか~。

 そう、スリフィの貞操帯。

 鍵は……燃え尽きてるか、砕けてるか。


 残っていたとしても、探すのは至難の業だろうな。


「先生……! オナニーがしたいです……」


 ああ、うん、なんだ…………がんばれ。


「せ、せっかく男性と触れ合える世界に来たのに……このままじゃ、また一生、処女のままだよ~」


 お前まで泣くなよ。

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