第29話

「あなたも帝国皇女であるのなら、他人の刃にかかるより、自分で始末を付けられるはずでしょう」


 そう言って、ズイッと料理を目の前に差し出す。

 ファニス皇女はイヤイヤとかぶりを振る。

 するとだ、リューリンちゃんがそれを跳ね除けた。


「グランドム侯爵、これは明確な謀反ですよ」

「リューリン様……あなたとて彼女の被害者なのですぞ」

「えっ……?」


「かつて、この料理を用意させたのは他ならぬ、そこにいるファニス皇女です」


 ハッとした表情で、ファニス皇女を見るリューリン。

 毒を用意させた、そしてリューリンが被害者。

 ならば加害者は誰か、というと……


「わっ、私は何も指示していないわっ」

「しかしあなたは仰った、帝都にある毒夫、それを排除しなければ、明るい未来はないと」

「そ、それは……」


 誰に対して明るい未来がないのか。


 そして誰を排除すれば明るい未来が訪れるのか。

 次期皇帝と目される者からの言葉の重み。

 それが、犯行に走らせた結果なのだろう。


 犯人を捜せと言われた時にも言ったが、真犯人が殺せと言ったと心から思っていない可能性がある。


 そしてさらに、たとえ真犯人であろうとも、犯人にしてはならない人物だって居る。

 どちらにしろ、皇女殿下は詰んだな。

 オレはスリフィと顔を見合わせる。


 スリフィは軽く頷く。


「あの~、オレ達はいったいどうなるのでしょうか?」


 オレはそれとな~く、侯爵閣下にお伺いを立てる。

 オレにもこの毒を食って死ねと言われるかどうかで、今後の方針が決まる。

 またしても命のピンチですよ、旦那さん。


 ほんと、多すぎくね?


「皇帝陛下の懐刀、フォンとラクサスが、私が擁立した次期皇帝の護衛役を申し出てくれた」


 なるほど、それと引換にその他の人たちの命の保障をしてくれた訳か。

 さすがはフォンさんだ。

 ならばリューリンちゃんとコウセイ君も大丈夫なのかな。


「皇女はどのみち、動けるような状況ではないのです、今一度、考え直してはいただけませんか?」

「他の者はともかく、ファニス皇女だけは生かしておくわけにはいかぬのだ」


 万が一、他の者の手に渡れば、これ以上ない旗印として扱われる。


「ならば、閣下が彼女を旗印に……」

「それができぬことは先ほども申したな」

「………………」


 黙り込むフォンさん。


 沈黙の中、全員の視線を集めたファニス皇女は震える手で毒入りのパンを掴む。

 リューリンちゃんはどう思っているのだろうか?

 コレで復讐がかなうと思っているだろうか。


 そう思って、リューリンちゃんへ視線を投げかけると、なぜかオレの方をジッと見つめている。


 ま、そうだよね、そんな事をリューリンちゃんが思う訳がない。

 ああ、神様。

 ほんと、もっと気軽に生きられる時代に転生させてほしかったです。


「スリフィ」

「あいさ」


 オレが一言つぶやく。

 スリフィがすぐに反応する。

 するとだ、上空にエルフの大規模転移魔法陣が出現した。


「あっ、アレはっ、エルフの襲撃か!?」


 オレは窓から上を指差す。


「なっ、なにぃ……!?」


 慌てて、全員が外に出て空を仰ぐ。

 ゆっくりと魔方陣から真っ赤な大岩が現れだす。

 それは真っ逆さまにこっちへ落ちてきて……


「こ、侯爵様、早くこちらへ!!」


 蜘蛛の子を散らすように一斉にボロ屋を離れる。

 そしてオレは、素早くファニス皇女を抱える。

 スリフィが隣に来て、姿隠しの魔法を唱える。


「シフ様、ファニス様をよろしくお願いいたします」

「こちらの事は私たちがなんとかするわ」


 すれ違いざまに、皇帝陛下の護衛役だった二人がそんな事を言う。

 それじゃ、頼みます。

 と言って駆け出そうとしたところを、がっちりとオレのおなかにリューリンちゃんがしがみつく。


「シフ様、私も連れて行ってください!」

「もしかして気づいていた?」

「はい。何か怪しかったので、スリフィを締め上げてはかせました」


 何やってるのリューリンちゃん。

 この子もやっぱり、あの陛下のお子様だなあ。

 いざという時の脱出方法をスリフィと二人で相談していたのだ。


 ファニス皇女を他の誰が見捨てようと、オレだけはその手を放す事はできない。


 なぜなら、彼女がこの様な状況に陥っているのはオレのせいだからだ。

 オレがエルフの秘密を皇帝陛下に漏らさなければ起きなかった惨事だ。

 たとえ責任はないと言われても、オレがオレを許せない。


 なお、上空にある魔方陣も落ちてきている大岩も、全部、イリュージョンでございます。


 ええ、ただの立体映像。

 スリフィがそこまで出来るわけがねえ。

 映像だけなら、そういう魔法は千年後の世界で発展していたそうだ。


 エンターテインメントは発展にかかせないのですよ。


 オレ達は必死で走り出す。

 と、後ろで大爆発が起こる。

 えっ、と思って振り返ると、例のボロ屋が吹き飛ぶほどの爆発が起こっていた。


 映像だったんじゃ、とスリフィを見ると、


「多分、フォンさんかラクサスさんが偽装したんだと思うよ」


 なるほど、あの爆発でファニス皇女は亡くなった、という事にしたい訳だ。

 でも大岩の破片がないんだけど、大丈夫かいな。

 ま、そこらへんはお任せするしかないか。


「な、なんで、あなた達は……」

「おしゃべりは後です! 今は脱出が先!!」


 去り際にフォンさんかラクサスさんが補助魔法を掛けてくれたのか、ファニス皇女を担いでいても体が軽い。

 そのまま沈む夕日を背に、街を駆け抜ける。

 城壁の周りには、先ほどのメテオに度肝を抜かれた住民たちが押し寄せていたので、その中に紛れ込んでこっそりと街を脱出。


「スリフィ、なんか疲れて来たので、もう一度、補助魔法を掛けてくれないか?」

「う~ん、重ね掛けはあまりおすすめしないよ。特に男性の体は魔法に耐性がないからね」

「今は多少、無理してでも距離を離すべきだろ」


 向こうも探知魔法を使う奴がいる。


 せめて今夜中に、一つか二つの峠をこえたい。

 リューリンちゃんが、私とスリフィでお二人を担いで走りましょうか?

 と言ってくれるが、さすがに幼女に担いでもらうのは気が引ける。


 いや実際、幼女でもオレより力持ちなんだけどさ。


 そうやって走り続けていたところ、急に何か、胸から熱い、こみ上げる物がある。

 それが、我慢できなくなって思わずむせる。

 するとだ、手に赤い液体が……えっ、吐血した?


「やっぱり無理だったんだよ先生! すぐ回復魔法を使うから!!」

「いや、今は魔力は温存してくれ。大丈夫、これしき……」

「ダメだよ! 内臓がやられたら、後で回復しても後遺症が残る可能性があるよ!」


 その時は、アールエル王女に回復魔法を使ってもらうかな。

 しかし、補助魔法の反動とは、せいぜい死ぬほどの筋肉痛ぐらいだと思っていたのだが、まさかリアルに内臓にダメージがくるとは。

 いや、死ぬほどの筋肉痛も嫌だけどさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る