第28話

 向かう先をグランドム侯爵の領地へと決めたオレ達は陸路を進む。


 非力な男や子供たちを背負っての強行軍だ。

 護衛の二人にも負担が大きい。

 なので、ファニス皇女の世話はオレがしている。


「ほんとにグズね、早く私のお尻を拭きなさいよ、気持ちが悪くてしかたがないわ」


 当然、下の世話も。

 下の世話と言っても性的なものじゃない。

 ファニス皇女は怪我のせいで満足に用がたせない。


 よって、オレがその介助をしている訳だ。


 いや、ほんと、この時ばかりは貞操観念が逆転していて助かったよ。

 前世でいえば、身動きがとれない女の子を、良い歳した男性が真っ裸にして世話する訳だ。

 完全な事案でございましたからね。


「まだ汚れているわよ、舐めとってでも綺麗にしなさいよ」

「うわぁ、この子、高度なプレイを要求してきている。先生、ボクにもお願いするよ!」

「ほんとお前はこんな時でもブレないな、良いから水を出してくれ」


 オレは後ろに目覚めた残念天使から水を出してもらい、それを皇女のお尻に掛けて流い流す。


 最後にフキフキして終わりだ。

 皇女様が子供で助かったよ。

 こんなところで興奮したら、目も当てられない。


「ごめんなさいねシフ様、皇女がどうしてもあなたにって……見苦しいでしょうけど我慢してね」


 いいえ、むしろ、オレがやってほんとに良いのか心配なぐらい。

 急に、おまわりさんコッチです、とか言い出されないかハラハラしている。

 要介護状態で、いかがわしい事をしている訳ではないのでセーフだと思いたい。


 そしてまた、行軍が始まる。


 ファニス皇女はフォンさんに抱えられながら、ジッとエルフが居た方角を睨み続けている。

 対してリューリンちゃんは、もう吹っ切れたのかスリフィとお話しながら歩いている。

 偶に「スリフィ、あまりシフ様にセクハラしてはダメですよ」やら「変態行為ばかりしているとシフ様に嫌われますよ」などと言っている。


 もっと言ってやってください。


 グランドム侯爵が住む街への潜入も成功し、ようやく一息がつけるようになった。

 ただ、万全を期して、宿屋などには泊まらない。

 誰も住んでなさそうな、今にも倒壊しそうなボロ屋の一角を間借りさせてもらう。


「それでは、私は侯爵へ話をつけてきます」


 フォンさんが一人で侯爵の元へ向かう。


 無事に済めば良いのだが。

 しばらく待つこと数時間。

 日が傾きそうになった時刻にフォンさんが無事に戻って来る。


 そして彼女は両手にパンとお肉が入ったバスケットを抱えていた。


 それをソッとオレ達の前に置く。

 わざわざ、夕食を買ってきてくれたようだ。

 久しぶりのまともな食事に手を伸ばそうとしたところ、リューリンちゃんがオレの腕にしがみつく。


「だめ、それは食べちゃ駄目。と、父様と同じようになっちゃう」

「………………フォン」

「これはグランドム侯爵からファニス皇女に贈られた物です」


 フォンさんが悲痛な顔をしてつぶやく。


「仮にも皇帝のご息女であれば、誇りある最期を遂げられよ、とのお言葉です」

「それは、いったい…………どう……いう」

「グランドム侯爵はすでに旗印を掲げられていました」


 グランドム侯爵の親族からも、皇帝のハーレムに差し出した男性が居る。

 そして、その男性との子を養子として引き受けてもいた。

 その子を新たな皇帝候補として、グランドム侯爵は表明しているとのことだ。


 グランドム侯爵だけではない、他の貴族も、次々と皇帝陛下の遺児を担ぎ出し、我の元にいる者こそが皇帝陛下の正しい後継者だ、などと言っているそうだ。


「な……!? 私こそが、いや、私だけが、正当なる王位継承権を持つ存在なのよ!」

「だからこそ、あなた様が邪魔なのですよ」


 ファニス皇女が叫んだと同時、壮年の女性がボロ屋に入って来る。


「グランドム侯爵……!」


 その人物を睨み付けるように見るファニス皇女。


「まさか、あの惨状から生き延びていたとはね。しかし、そのお体では、皇帝の役目は務まらないのでしょうよ」

「っつ、このような怪我など、高位魔法を扱える者なら回復は可能よ!」

「どんな魔法とて、完全に失ったモノを蘇らせる事はできません」


 一人だけ、それが出来る人物を知っているがな。


「それに……あなた様では皇帝を継ぐにふさわしくない」

「なん……ですって!?」

「我々はただ、陛下を恐れていたからこそ、あなた様にも従っていたにすぎない」


 誰もが心の底から、あなた様に仕えたいと思っていた人は居ません。

 その証拠に誰一人として、ファニス皇女を探そうとはしていない。

 むしろ、万が一生きていたのであれば、見つけ次第、始末せよという、暗黙の了承すらできている。


「旗印を掲げたのは私だけではない。有力貴族は、ほぼ別の旗印を掲げている。そんな我らには、あなた様に生きてもらっていては困るのですよ」

「そ、そんな…………うそよっ!」

「あなたを恨んでいる人間だとて、数多く居ます」


 そう、例えば私の息子ですら。とグランドム侯爵は続ける。


 たしか、この公爵の息子さんはファニス皇女の許嫁と言っていなかったか?

 その許嫁からも恨まれていたというのか?

 だとしたら、ここに来たのは完全なミスだ。


 まさに飛んで火にいる夏の虫、状態。


「私の弟は後宮にいましてね、そこで皇帝陛下との子を作られた。しかも、皇帝陛下の最初のお子様でもある」


 だが、その子に対し、あなたはどのように扱ったか。

 本来なら自分の姉ともいえる人物にどのような仕打ちを行ったか。

 毎日のように言葉でなじり、時には暴力すら振るった。


 その上、満足な回復魔法をも受けさせなかった結果、左目は失明状態でもある。


「その目、その時の罰があたったのでしょうよ」


 ファニス皇女の落ちくぼんだ左目の眼孔を見ながら、吐き捨てるように言葉をはく。

 さらにその子と自分の息子は惹かれ合っている。

 それを知っていながら、私の息子を婚約者にさせておいて、今更、どの面をさげてここに来た。


 息子はお前になど、会いたくもないと言っている。


 当然、ファニス皇女の姉に当たる人物も。

 二人は殺せとまでは言わないが、お前が来た事に震えている。

 ならば私は親として、その子を守る義務がある。


 などと仰る。


 人のモノを奪おうとするのもまた、血筋なのだろうか。

 本当にこの皇女様は、親から悪い所ばかりを引き継いでしまっている。

 そしてその日頃の行いの清算される時が、いよいよ来てしまったのかもしれない。

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