第26話

「え…………たった、そんだけの事で……?」

「そんなのいまさらじゃないですか……陛下の脅し方が悪かったのでしょうか?」

「人間にとっては、いまさらでも、エルフにとっては、重大な事項だったんじゃない?」


 そもそも、人間からしたらエルフなんて化け物と同じだ。


 強大な魔力を備え、豊富な知識を持つ。

 人の10倍以上も長生きし、性格も一般の人とは大いに異なる。

 エルフがモンスターと言われても、ふ~ん、そう、ぐらいの感想だろう。


 まあ、物事の捉え方は人によりけりだ。


 他人からしたら大した事じゃないと思っても、本人にとっては死ぬほど恥ずかしい事だと思う時だってある。

 オレやスリフィが前世の記憶を持っている事だって、他人からしたら、それがどうした、と言うレベルの話かもしれない。

 …………いや、オレのはともかく、スリフィのはまずいな。


 これから起こる未来の知識だからな。


 バレたら取り合いになる事、必須。

 オレの方の知識は、まあ、あんま役に立たない。

 なんせさ、魔法がさ、万能すぎてさ。


 農地改革で生産性アップだ。


 と言ったところで、枯れ木に花を咲かせましょう。って魔法が実在するからなあ。

 この世界での農業革命は、肥料の改良よりも、植物魔法をどう改良するかが鍵だ。

 はっきり言って、オレの前世の知識はあまり役に立たないんすよ。


「エルフたちは、それがバレると迫害されるとでも思っていたのかしらね」

「むしろ、こんな事をすれば、迫害どころか、完全に人類と敵対しますよ」

「それに考え付くだけの頭を持つモノが、上の方にいなかったんじゃな~い?」


 上に居るやつがバカだと、下のやつらが迷惑すると言う実例かもしれない。

 この時代のエルフは森にこもって、ほとんど人に接しないから、人の事も理解していない。

 その証拠に、人と付き合いの深いエルフのルーリアさんは、それほど気にしていなかった。


「時代が悪かった、としか言えないね」


 もう少しあとの時代なら、人の事を理解していたエルフが居たのだろう。

 そしてそういう人が、人とエルフの懸け橋になっていたのだろう。

 もしかしたら、それは、ルーリアさんだったのかもしれない。


「そうか……あなたのせいなのね……」


 ふと見ると、一つしかなくなった瞳でオレの方を睨んでいる皇女様と目が合う。


「あなたのせいで……母上と父上が…………この帝国がっ!」


 話を聞いていたのか、フォンさんに抱きかかえられていたファニス皇女が、そう言いながらオレを睨みつけてくる。


「ファニス様、これは決してシフ様のせいではありません」


 確かに、国を滅ぼすような情報をもたらす人間は居る。

 我が国にだって、それが他国に渡れば国が傾きかねない情報もある。

 だが、今回のは違う。


 その情報は本来なら我が国に利をもたらすべきものであったはずだ。とフォンさんは諭す。


「ならばお前は、母上が無能だったと言うのですか!」


 そう言われると口をつぐむしかない、護衛の二人。


「そいつはきっと、我が帝国を滅ぼそうとするために、意図的に母上に情報を流したに違いない!」


 うわぁ、コレ、えん罪で処刑される流れじゃね?

 いやまあ、事実、その通りになっているので反論の余地もないんだが。

 またしても生命の危機?


「シフ様は何もわるくないもん! 姉様はいつもそうだ、いつもいつも人のせいにしてばかり!」


 そう言いながら、わっ、とオレに抱き着いて泣き始めるリューリンちゃん。


「お、お前に、姉だと言われる覚えはないわっ、側室の子など私の妹なんかじゃないからっ!」


 ねえ、先生、ボクも抱き着いて良い、って指をくわえて見ているスリフィが言う。

 こんな時でもブレないな。

 少しは空気を読んでくれ。


 そんなスリフィが空気も読まず、ファニス皇女に話しかける。


「結局のところさ、それで滅んだとしても皇帝陛下が無能だって事になるんじゃな~い?」


 またお前、火に油を捧ぐ様な事を……

 ただ、その言葉が刺さったのか黙り込むファニス皇女。

 オレの甘言に踊らせて滅んだのか、情報の取り扱いを誤って滅んだのか。


 まあ、どちらの方が陛下の名誉が傷つかないかというと、後者の方だろうなあ。


 前者だと、たかが平民の男一人に帝国が滅ぼされた事になる。

 いやまだ、滅んだと確定した訳じゃないけどさ。

 岩の威力は凄まじいが、全てを滅ぼすには全然足りない。


 騎士団だって、なんとかやり過ごせているだろうし、市街戦ともなればエルフの方が俄然不利だ。


 外からの応援だって必ず来るはず。

 軍隊があるのはこの街だけではない。

 しばらくはここで身を隠しておいて、騒ぎが収まるのを待つしかない。


「いいえ、少しでも早く脱出したほうが良いわ。街では、亜竜が暴れているそうよ」

「えっ……!?」


 なんで亜竜が?

 いやいや、亜竜さん出てくるの早すぎでしょ!?

 いくらなんでもフライングし過ぎじゃね?


 結局、歴史は変えられないんやね、とつぶやくスリフィ。


 いやいや、だから王国はなんとかなっただろ?

 えっ、どっちにしろ亜竜が出てきたら全部滅ぶから一緒だって?

 まだ、そうと決まってないだろ!


「どうしてエルフが亜竜なんかを……」

「亜竜を蘇らす方法はどこかに伝わっていたんだろうね。あとは、それを誰がいつ行うかだけの違い」

「だったらオレが先に蘇らせときゃ良かったじゃん」


 後の祭りだけどさ。


「亜竜なら人の匂いをかぎ分ける事が可能だ」

「ええ、地下に居ても安心できないわ」

「なんとかして結界を壊すしか手がない」


「実は、一つだけ、脱出できる方法があるんだよね~」


 スリフィがそんな事を言う。


 まあ、千年もありゃ、同じような状況になる事もあるだろう。

 たぶんその時に、誰かが試した脱出方法が伝わっているのかもしれない。

 オレはスリフィに話の続きを促す。


 するとスリフィは上を指差す。


「岩を落として来ている転移魔法、向こうからこっちへつながっているという事は、当然……」

「こっちから向こうへもつながっている、という訳か……!?」

「イエス、ザッツライト」


 とはいえ、出て行った先は敵の本拠地だろ?

 狙い撃ちされるんじゃないか?


「問題はそこなんだよね、夜まで待てば、夜闇に紛れる事もできるだろうけど」

「夜まで上が残っている保障もない」

「その前に街が陥落している可能性もあるしね」


「それならば手はある。姿を隠す方法ならいくらでもある、亜竜などと言うレベル違いはともかく、エルフぐらいの目なら誤魔化せられるだろう」

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