第20話
「なん……だと…………!?」
皇帝陛下の真っ赤な瞳が、ひときわ強く輝いたかと思うと、宮殿の一部が轟音と共に吹き飛ぶ。
「ヒェッ!」
皇帝陛下が現れたあと、コウセイ君がガタガタ震えながらこの宮の主が亡くなった事を報告する。
するとだ、問答無用でコウセイ君を消し炭にしようとされる皇帝陛下。
間一髪のところで、彼を引き寄せ、難を逃れる。
「きさまぁ、どうやら、お前も消し炭になりたいようだな」
いや、難は逃れてないわ。
オレは気絶しているコウセイ君を引きずりながら後ずさる。
隅の方では御子様とスリフィが抱き合って震えている。
助けを求めようにも、あの二人じゃまったくの力不足ですよね。
燃え盛る壁を背にオレの方へ向く、皇帝陛下。
その瞳がまたしても強く輝き始める。
「きっ、綺麗な瞳ですねっ!」
「なに……?」
「じ、自分、皇帝陛下と同じような黒い髪をしているのですが、ほら、瞳も真っ黒でしょ?」
そのせいで、子供の頃から虐めらて、何度も死にそうな目にあったんですよ。
生まれてすぐ、濡れた布を被されて間引かれそうになったほどなんです。
いやあ、ほんと、自分も陛下の様な綺麗な真っ赤な瞳であれば良かったんですけどね。
などと言って、なんとか会話を交わそうと試みる。
「皆さん、ほんとに不気味がってましてね、生まれたばかりの赤子がですよ、被された布をはがそうとビッタンバッタンと暴れるものだから、すわっ、この子は悪魔じゃねえのかってね」
皇帝陛下は腕を組んでオレをギラついた瞳で見下ろして来る。
どうやら興味は惹けた模様。
その後も、なんどか死にそうな目にあいながらも泥をすすり、媚びを売って生きてきた事を、おもしろおかしく説明する。
「お前は生まれた時の記憶があるとでもいうのか?」
生まれた時どころか、生まれる前の記憶もありますがね。
「強烈な記憶でしたからね、とにかく生きるために必死だった事は確かです」
「お前の村では希少な男を間引いているというのか?」
「どこの村でもやっていますよ~、だからこそ男性が少ないのです」
見た目が良くなれば生き残れない。
誰だって見た目の良い物に惹かれます。
どんなに数が少なかろうと、モノが良くなければ売れ残るのですよ。
そして売れ残ったモノが行き着く先はお察しの通りでございまして。
皇帝陛下は、後ろを向くと、フンッ、という掛け声と共に、炎の吹き荒れる壁を吹き飛ばす。
そうして、どっかりと座り込む。
オレは殺害計画の持ち上がった村から脱出した事。
信じていた行商のおっちゃんに裏切られてエルフに売られた事。
エルフの元で、次々と消えて行く同僚に恐れをなしながら必死で生きて来た事、などを誇張を交えて説明する。
「お前の国では人身売買が横行しているのか?」
「たぶん、どこの国でもやっていますよ。帝国だって、男性をモノ扱いしてませんか?」
「ふ~む……まあ、実際に私は買っているわけだが」
アウトじゃねえすか。
「とまあ、そうやって必死で生きてきました、なので、今ここで死にたくはないのです」
「………………」
そう、最後は命乞いでございます。
長々とお話しましたが、それが目的でございます。
何卒、なにとぞ、命だけはおたすけを~。
「ふ~む、ならば、毒を盛った奴を見つけ出せ、そうすれば命だけは見逃してやるわ」
良し! 名探偵シフ様が開幕するぞ、と言いたい所だが。
「ソレは無理です」
「なに……?」
「悪魔の証明と言うのをご存じでしょうか?」
この世界にはエルフの鑑定魔法のように、嘘を証明する魔法や道具がある。
当然、こういう事をする奴はそれも織り込み済みだ。
すでに居ないか、嘘にならない様な手段を講じている。
だからオレが真犯人を連れて来ても、私はやっていません、嘘もついていません、ほら、うそ発見器が発動しないでしょう。で終わりだ。
学園でもそれで、さんざん痛い目にあった。
真実なんて欠片も役に立たねえんですわ。
名探偵が真実にたどり着けても、どんな証拠を持ち出そうとも、魔法でちゃぶ台返しされたら、どうしようもねえんです。
「事実がないことを証明する事はできません、それを悪魔の証明と言います」
「だが、実際に毒殺は起こっている」
「入れた本人が毒だと思ってなければ、成立しません。少なくとも、実際に調理した人は知らないでしょう」
ただ、罰する事はできる。
疑わしい奴を全員集めて首を斬ればすむ。
古代のアジア圏ではよくあった話だ。
それを言うと、本当にしそうだから言わないけど。
「その代わりと言ってはなんですが……今後、毒殺を防ぐ手段なら提案できます」
「ほほう……」
皇帝陛下は目で続きを促して来る。
「各宮に回復魔法を使える人間を張り付かせるのです」
「魔法を使えるのは女のみだぞ。お前は、この後宮へ私以外の女性を入れろと言うのか?」
「皇帝陛下、性別とはどこで決まると思いますか?」
そりゃ、体の特徴だろう、と仰る。
「例えば、女性なのに恋愛対象も興奮対象も女性である人が居ればそれは、女性と言えますか?」
「そんな奴、居るのか…………いや、居るな」
「そしてエルフの鑑定魔法は、心の奥に潜んでいる性癖まで暴くと言われています」
そう、エルフのお墨付きをもらったレズビア~ンな人を付ければ良いのではないか。
体は女性、心は男性。
そんなお人なら後宮の男性に色目をつかう事はありえない。
貴重な貞操帯の魔道具も必要ない。
「なるほどな、しかし、お前は分かっていないなぁ」
大勢の男性にかしずかれた、たった一人の女性、それこがハーレムのだいご味なのだ、と仰る。
いや、分かりますよ。
分かるんですけどね。
だったらその、レズビア~ンな人を男装させればどうでしょうかね?
えっ、だめ? ですよねえ。
「話は終わりか? ならば解決策なしという事で吹き飛ばして終わりにしよう」
そう言って、手をこちらに向ける。
「ま、待って、まだ、え~と、そうだ、話は変わりますけど、エルフの秘密とかどうでしょうか?」
「エルフの秘密」
「ただ、コレを知ると、全てのエルフから命を狙われるそうなんですが……」
面白そうだな、と言って続きを促して来る。
「実は世界樹は木のモンスターで、エルフとはそのモンスターの眷属になった人の成れだそうです」
「…………証拠は?」
オレは御子様と抱き合って震えているスリフィの方を向く。
「せ、世界樹の葉をモンスターに食べさせれば、分かるんじゃないかな?」
と、スリフィは答えるのだった。
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