第19話
ただいま、この世界で最も大きな国の、王城に併設された後宮に来ております。
そしてさっそく始まった新人いびり。
草ぼうぼうの蜘蛛の巣だらけあばら屋よりひどい場所へ連れていかれると思いきや。
なんとそこは、この後宮で最も大きく、最も華美に装飾された宮殿でした。
規模こそ小さい物の、他の宮とは一線を画すほど立派な建物だ。
王城に続く扉のすぐ近くにあり、大きな通路も敷かれている。
立地も非常によく、庭には美しい花が咲き乱れている。
正夫が住んでいると言われても納得するような場所だ。
「この建物の正式な名称は、ルベリウス宮です。先ほどのブラウンフォールと言うのは……ここに住まわれていた方のくすんだ髪を……」
なんでもここには、皇帝陛下から後宮でもっとも寵愛を受けていた方が住まわれていたそうだ。
なので、周りからはかなりの嫉妬を買っていたらしい。
その結果、毒殺と言う……本当に泥沼だな後宮。
もう今すぐ帰りたくなったよ。
「ここに案内されたって事は何か罠があるのかな?」
おびえた様な表情でコウセイ君が答える。
「亡くなられたのは2日ほど前でして、まだ、皇帝陛下もご存じありません」
うっは~、即死級のトラップやねん。
帰ってきたら愛する夫が死んでいました。
そして彼の住んでいた場所には新参者が我が物顔で居座っている。
そら、怒髪天をつく勢いで八つ当たりされる事、必須。
「さっさとここから離れた方が良いんじゃない?」
「草刈り鎌と掃除道具を持って、さっきのあばら家に行くか」
「まあ、そうですよね。さすがにあのお方たちも、そこまでは望んでないと……望んでないと、いいなあ……」
シフ・ソウラン伝説で、彼だけがここで寵愛を受ける。
あれほどハーレムだって言ってた人間が一人の人間に執着するんだ。
そらまあ、もめるなって言う方がご無体な話。
国が傾きかねない状況になるのも分かるような気がしてきた。
そうして、ふと、上の方を眺めた時だった。
小さな人影が建物の小窓から乗り出しているのが見える。
それはまるで、そこから飛び降りようとしているかのようで。
「スリフィ、あそこだ!」
「えっ!?」
その人影が地面に真っ逆さまに落ちる。
地面に到達する直前、スリフィの魔法が間に合ったのか、速度が落ちる。
急いでそこに行き、その人影をキャッチする。
そしてオレの腕の中に居たのは、まだ3歳か4歳ぐらいの少女であった。
「コウセイ、この子は?」
「…………御子様でございます」
「子供が、居たのか?」
どういう事だ?
御子って事は皇帝陛下のお子様だろ?
それなのになぜ、放置されているのだ。
そういえばこの建物、人の気配がしない。
「陛下の怒りを恐れて、誰も近づかないのです、それに……」
側夫の子は御子様といえども、王位継承権を持たない。
齢10をこえるか、側夫が亡くなれば、平民として放り出されると言う。
ここの主が亡くなった以上、この子はすでに平民として扱われる。
未だ放り出されていないのは、陛下の耳まで父親が亡くなった事が伝えられていないからだそうだ。
「平民となる、とはいえ、陛下への謁見の権利があるので、どこからも引っ張りだこなんですがね」
「子供の身じゃ、そうは言われても分からないか」
「父親も毒殺でしょ、そして放置されたんじゃ、世を儚むのも当然じゃない?」
暫くして、その子が目を覚ます。
「ここは……地獄なの……?」
どうしてそう思うんだ?
「だって、悪魔さんが居るから」
コイツ、オレの事を見て悪魔さんとか言いやがったぞ。
まあ、黒目・黒髪は珍しいし、不吉だとも言われている。
死ぬ気で飛び降りた後にそんな奴が目の前にいると、そう思うのも分からない事もない。
「死んだら、父様と会えると思ったけど、私は悪い子だから……」
そう言って、グスグスと泣き始める。
「先生、先生」
「なんだ?」
「ここは一つ、裸踊りでもして場を和ませればどう?」
お前はほんとにブレないな。
それは、オレの裸を見たいだけだろ。
そうだ。
「ここは地獄じゃないぞ、ほら、その証拠に天使も居る」
「えっ、ボク、天使役?」
「グスッ、ほんとう? じゃあ父様も居る?」
「残念ながら天国でもないんだな」
天使も居て、悪魔も居る、そんな世界は、現世でしかないのだ。
「君はまだ死んじゃいない、生きてここに居る」
「グスッ、父様の所へ行きたい」
「それはもうちょっと後にしよう、今はまだその時ではない」
いつなら良いの? と問われる。
「いっぱい泣いて、いっぱい笑って、精一杯、生きた後に本当の天使が迎えに来るよ」
そう言って、抱き上げて背中をさする。
暫くそうしていると、コウセイ君が食事を持ってくる。
少女を降ろし、その前に座らせると急にえずき始める。
胃には何も入っていないのか、苦し気なうめき声だけが響く。
「父様は、それを食べて……」
「そうか……」
「それ以来、何も喉をとおらなくて……」
どうしたものか、そう言うって事は父親が亡くなってから何も食べていないのだろう。
おなかが空いたら気持ちも落ち込む。
さらに広い宮殿の中に独りぼっち。
そりゃあまあ、悪い方に気持ちも向く。
まずは食べる物をなんとかしないとな……どうしたスリフィ、オレの後ろを指差して。
スリフィの奴が、後ろ、うしろっ、と言いながらオレの背後を指差す。
オレはゆっくりと振り向く、その先には――――――
「なぜ、お前たちがここに居る?」
艶やかな黒髪を揺らし、美しい真っ赤な瞳を湛えた、皇帝陛下が佇んでいたのだった。
やべっ、即死トラップが発動してんじゃん!
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