第16話
何度も倒れながらも、必死になって人々を癒やしていくアールエル王女。
さすがのチンピラ騎士どもも、そんな王女様を見ていると胸も熱くなる。
いやむしろ、チンピラだからこそ感情が高ぶり易い。
いつの間にか、王女を支えようと動き出す。
軍隊の絆は戦場で生まれる、と聞いた事があるが、この病院は今、その戦場になっているのだ。
一丸となって人々を癒やすアールエル王女と親衛隊にも、強固な絆が出来始めている。
さらに、回復を受け、復活した兵士たちはアールエル王女の事をそれこそ、神のごとき崇め始める。
そりゃそうだ。
満足に動かせない状態を嘆き、怒鳴り当たり散らかした相手が、それでも献身的に尽くしてくれていた。
しかも、貴族の頂点、王族であるにもかかわらずだ。
もう普通の暮らしはおくれない、いっその事、殺してほしいとまで願っていた人たちを、彼女はそれでも見捨てなかった。
そしてそれは実を結ぶ事になる。
彼女が諦めなかったからこそ、また、こうして普通の暮らしができる。
そんな相手を、なにゆえ、恩に感じずにいられるものか。
ましてや一度、失ったと思った命。
これを彼女のために使う事に、なんのためらいがある。
オレもまた、そんな献身的なアールエル王女に惹かれていく。
病院内の全ての人を癒やしている間、飯焚き係でもなんでもやって、彼女を支える。
王女もまた、オレがやってくるのを心待ちにしてくれるようになっていた。
これは私の我儘なんだと言って奮い立つその王女様。
そんな彼女を見て心を打たれない人は居ない。
何日も何日もそんな日が続き、全てが終わった後には、まるで血のつながりがあるのかと思えるほどの、強固な絆のある騎士団が誕生していた。
その中の一人、カエラがアールエル王女に懇願する。
「アール様~、回復魔法を教えてください~。イムちゃんの純粋な瞳に、もう耐えきれないっすよ~」
アールエル王女はこのカエラという女性の姿に変装して、イムとその父親を癒やした。
その二人は当然、カエラに対して恩義を抱く訳だ。
なにせ、本当はアールエル王女だったとは知らない。
さすがのゴロツキも、何もしていないのに感謝される事に耐えきれなくなった模様。
せめて回復魔法を強化して、イムの期待に応えられるだけの実力を身に付けたいと言い出した。
どうやら、しょぼい魔法を使ってイムの尊敬をなくしてしまうのを恐れているらしい。
本当の事を教えたら? とは言ったのだが、すでにやらかしてしまった後で、今更、後戻りができないと言う。
まあ、いろいろと武勇伝を語っちまったんだろうね。
それも嘘の。
アールエル王女も、今後もカエラの姿で外出する事を決めているので、スパルタ教育が始まる。
自分の体に自分で傷を付けて、自分で回復すると言う、謎サイクル。
今日も部屋から悲鳴が聞こえる。
合掌。
「それでどうするの先生、シフ・ソウラン伝説が始まっていない?」
「そういや忘れていたなあ」
忘れていたかったなあ。
「やっぱりさ、ボクと一緒に村に戻ろうよう」
「いや、戻るとしてもオレだけだろ?」
「そんな事を言わないでよ~」
抱き着きながら胸をまさぐって来る。
困ったエロガキだ。
オレも対抗して脇をくすぐってやる。
「ちょっ、止めてよ、くすぐったいてば~」
だったらお前も手を止めろ。
くすぐられながらも、オレの胸をまさぐる手は止めない。
根性のあるエロガキだ。
――――――ゴチン!
「いった~」
そのエロガキ、スリフィの頭の上にこの家の家主、エルフのルーリアのゲンコツが落ちる。
「あんたね~、たとえ子供であっても、セクハラはセクハラなのよ」
いやコイツ、精神は大人なので最初から完全なセクハラでございます。
「シフもちゃんと拒絶しなさい。良い? 女はどいつも獣なのよ、そんなのだと、いつか痛い目を見るんだから」
「いいや、先生はこのままで良いんだよ、エッチな男性ってそそるじゃない、グヘヘ」
「おまえ、ほんっとおっさん臭いわね。あんたもエルフで結構な年齢だったりしない?」
「まっ、第4王女も騎士団と言う家族ができたのだから、この国を裏切る事もないんじゃない?」
あからさまに話を変えやがったなコイツ。
確かに、今のアールエル王女が、この国――――――ヴィン王国を裏切るとは思えない。
カエラさんの姿に化けて出歩いているので、街の人間たちとも関係は良好だ。
それなのに、騎士団や街の人たちを危険にさらそうとはしないだろう。
「分からないわよ~、騎士団、いえ、この街ごと帝国に寝返る、なんて事もあるかもよ」
「その時は、ボクの村も一緒に裏切りたいな」
「おまえねえ……」
「だってさ、ボク達にとっては、あの王女様が王様になってくれるのが一番じゃない?」
アールエル王女を王にして帝国の属国となるプランか。
「そう、それだと戦争も起きないし、被害も少ない」
どのみち帝国には敵いっこないんだからさ。とスリフィは答える。
しかし、歴史では帝国は完全にヴィン王国を滅ぼしたのだろ?
最初から帝国は王国を滅ぼす気じゃなかったのか。
シフ・ソウランを差し出せと言うのはあくまで口実であってさ。
「それだったら、どっちにしろ、どうしようもないんだよね」
「未来の知識でなんとかならないのか?」
「そんな事より私は、スリフィが最初に言った歴史の通りのルートに入っていると思うんだけど」
なんで?
オレとスリフィが首をかしげる。
アールエル王女とは、そりゃ仲良くはなったが、結婚しましょう。などと言う間柄ではない。
仮に帝国皇帝がオレの身柄を差し出せと言って来たところで、国を挙げて抵抗しようとはすまい。
「それはどうかしらね、シフってほんと、他人の好意には鈍感よね」
「あっ、それは分かる~、先生ってさ、はっきり言葉にしないと分かってくれなんだよね」
たださ、とスリフィは続ける。
「絶世の美男、それが、どうしてもそれが先生とつながらないんだよね」
「そう? 私はシフの顔は、嫌いじゃないわよ」
「絶世の美男だよ? ルーリアさんだけじゃなく、全ての人間を虜にする美顔だよ?」
そう言われれば、まあ。などと歯切れの悪いルーリアさん。
いや、かばってくれなくても分かっていますよ?
自分が美男でも美男子でもない事は理解している。
だから帝国皇帝に一目惚れはされないだろうとも。
「ただ、たった一つだけ、先生が先生のままで美男になれる方法があるんだよねえ」
ほほう?
そいつぁ興味があるな、ぜひ聞かせてもらいたいものだ。
整形以外で。
「一度、死んでモンスターになるんだよ、そう、リッチやヴァンパイアの様に」
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