第14話

「イムの瞳は治せませんかね?」


 父親の回復に喜んだイムは、せめてものお礼と言って、料理をごちそうしてくれる事になった。

 その支度の途中、オレはカエラ様にそう問いかける。


「アレは生まれつきだろう、何度も言うが、無いモノを作り出す事は出来ん」

「本当にそうでしょうか? そもそも魔法自体、何もない場所から何かを作り出しています」


 体の構造を、必要とされるものをしっかりと認識ができたのなら、それは不可能でない、とオレは思います。

 千年後の未来でコンピューターさえあれば、部位欠損も補える、という事は、コンピューターと同じことを人ができれば、それは可能であるという事。

 そもそもコンピューター自体、人ができていた事を自動化させたもの。


 ならばできない道理など、どこにもない。


「人の瞳とは光を集めて、それを脳に送る装置の役割を果たしています」


 オレは、近くにあった紙と筆を用いて、イラストで眼の構造をカエラ様に説明する。

 うろ覚えで申し訳ないが、何も知らないのよりはマシだろう。

 イムの瞳そのものは濁っていないので、足りないのは、脳に送る部分、瞳と脳をつなぐ場所なのだろう。


「お前はなぜ、この様な事を知っている」

「えっと……オレの雇い主がエルフでして……」

「なるほど、エルフか……」


 いや、エルフであっても知らないと思いますが。

 今の時代では神秘の部族って言われているんだ、たぶん、大丈夫。

 アイツ等は本当に情報を出し惜しみしやがるな、今度、追及してやるか。と呟いているが、大丈夫。だと思っておこう。


 イムが戻って来て料理が並べられる。

 イムの料理は、オレの前世直伝の調理方法を教えているのでかなり美味しい。

 舌の肥えているはずのカエラ様も、唸るほど感心されている。


「シフさんの料理はもっと美味しいんですよ!」

「そうなのか、それは楽しみだな」


 あ、そういやオレ、騎士団の飯焚き係の件、ちゃんと断ってないっけ?

 和気あいあいとした食事が終わり、カエラ様がイムを呼ぶ。

 尻尾を振った犬の様な態度で、カエラ様の前に座って、羨望の眼差しを向ける。


 その様な瞳に慣れてないのか、コホンと一つ咳払いした後に、口を開く。


「実はだな、もう一つ実験したい事がある、その実験体になってくれないか?」

「えっ、ボクがですか?」

「ああ、心配するな、失敗しても今より悪くなることはな・・」


「はい! カエラ様の言う事でしたら、ボク、何でも聞きます」


 カエラ様が言い終わるより先にそう言って体を乗り出す。


「そ、そうか、いや、なんというか、ここまで従順だと、逆に心配になるな」


 あの騎士団と比べられましても。

 たぶん王女殿下の事などまともに聞かなさそうですし。

 カエラ様が眼鏡を外したイムの眼に手を当てる。


 その手に光が集まる、今度は全身ではなく、イムの瞳部分のみが輝いている。


「えっ、あれっ、なにかかぼんやりと……」

「瞳を閉じるんだイム」

「は、はいっ」


「そしてゆっくりと開けて」


 薄っすらとだけど、何かが見える、とつぶやく。

 パイプはつながったか。

 オレとカエラ様は顔を見合わせて互いに頷く。


 できない、なんて事はなかったんだ。


「少し時間をもらいたいが構わないだろうか?」

「まさか……イムの眼が……」


 期待に満ちあふれた瞳でおっちゃんまでカエラ様を見つめる。

 イムにベッドの上に横になってもらう。

 少しずつ、少しずつ、魔法をかけては状況を確認する、と言った事を繰り返す。


 それを1時間以上も繰り返しただろうか。


「父さん、ボク……ボク、目が見えるよ! 眼鏡を掛けなくてもはっきりと、カエラ様の顔が映っている!!」


 そう言って涙をたたえるイム。

 おっちゃんは床に蹲って号泣している。

 カエラ様はそんな二人を見て、何かを達成したかのような満足のいった表情をしている。


「奇跡だ、奇跡が起きた……ああ、もうカエラ様には足を向けて寝れやしない」

「父さん、ボクさ、カエラさんみたいなさ……騎士になりたい!」

「「いや、それは止めとけ」」


 オレとカエラ様の声がハモる。

 こんなゴロツキみたいな騎士を目指されても困る。

 オレはカエラ様と顔を見合わせる。


 どちらともなく笑顔があふれる。


「シフ、私は、私の居場所を見つけたかもしれない」

「良かったですね、きっとカエラ様を待っている場所は、もっと多いと思いますよ」

「自らの足で歩かなければ、気づけない事がある、そう言いたかったのだなお前は」


 盛大なお見送りを受けてイムの家を後にする。


「シフ、無事だったのね!」


 そしてカエラ様にエルフのお姉さん、ルーリアの家まで送ってもらう。

 オレを見るなり、抱き着いて頬ずりしてくるルーリア。

 どこ行ってたの~、急に居なくなるから心配したジャン、と部屋の奥の方から顔だけ出しているスリフィ。


 知らない人(カエラ様)が居るから隠れている模様。


 相変わらずの対人恐怖症だな。

 どこに行っていたか聞かれたので、第4王女に拉致されていた事を説明する。

 ルーリアさんは怒髪天を衝くと言った表情で言う。


「ほんとあの第4王女はろくでもないビッチだわ。あの王女が来てからと言う物、ゴロツキが幅を利かせて治安も最悪よ」


 ちょっ、ちょっとルーリアさん、目の前に本人が居るので、その……


「その通りだ、あの王女は気弱で根暗で、誰からも相手にされず、何一つ自分で出来ないクソの様な存在だ」

「えっ、私、そこまでは思っていないんだけど……」


 カエラ様に化けた本人が自分の事を味噌カスにけなす。

 直属の騎士にそんな事を言われている王女に同情してかルーリアさんも困惑されている。


「いいや、アイツは本当にどうしようもない奴なんだ」


 言われた事も満足にできない。

 かといって自分から行動を起こそうともしない。

 いつもただ、姉たちの言葉に渋々従うしかか能のない、出来損ないでしかない。


「ちょっと! そこまで言う事はないんじゃない!?」


 あなたは知らないでしょうけどね。と前置きして続ける。

 その昔、ルーリアさんは戦場でアールエル王女を見かけた事がある。と言う。

 誰もが見捨てるべきと思っていた重傷者を、必死になって癒している。


 大丈夫だ、生きていれば良い事がある。

 こんな怪我などなんて事はない。

 良くなったら一緒に飲みに行こう。


 などと励ましながら。


「彼女だけは、誰も見捨てない、救える命があるのなら手をかざす。為政者としては失格でも、正しい人のありようはあのお方だと、そう思ったわよ」


 何? 後ろを向いてないで、こっちを向いてちゃんと話を聞きなさいよ。と、ルーリアさんはカエラ様の肩に手を掛けようとする。


 オレはそれをソッと押し止めて、カエラ様の表情を伺う。

 そこには歳相応の、少女の泣き顔が浮かんでいる。

 良かったですね、見てくれている人はきちんと見てくれていたのですよ。

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