第13話

「あっ、シフさんじゃないですか、帰って来たんですね。良かった……」


 そう言って駆け寄って来たのは、イムという名の少年。

 行商のおっちゃんの息子であった。

 分厚いビン底の眼鏡をかけている。


 生まれつき目が不自由で、この眼鏡型の魔道具で視力を補っている。


 そして、この魔道具の維持費のために、おっちゃんは行商をしているらしい。

 おっちゃんもオレと同じで、見た目はそれほどよろしくない部類に入る。

 なので、珍しい男性の行商を売りにして各地を巡っている。


 留守にしている間は魔道具を販売してくれたお姉さんが、魔力供給をしながら預かっているらしいが、あまり良い噂を聞かない。


 それでも、この親子が頼るのは今はその女性しか居ない。

 その魔道具を扱っているのも、この街ではそこだけだ。

 ほぼ失明状態を補う魔道具など、ほとんど存在しない。


「随分と大層な魔道具を付けているな」

「分かるのですか?」

「魔力が違う、かなり大切にされているみたいだな」


 オレがアールエル様、もといカエラ様と話しているのを見て、イムが慌てた挨拶する。


「あっ、ボク、イムと申します」

「うむ、俺はカエラと言う」

「えっと、騎士様、ですよね?」


 カエラ様がオレの方を向く。

 騎士に見えるのか、コレが、と言いたそうな表情だ。

 この街は第4王女が治めている場所ですからね。


 騎士と言えば、そんな見た目の人しか居なんじゃないですか?


「あ、ああ、まあ、そのような者だ」

「ところで、おっちゃんは居るかい?」

「あっ、ハイ……ベッドから出られないのでお会いするには……」


 と、曇った表情で答える。


「いや、そのままで良いので少しだけ会わせてくれるかい?」

「はい……」


 イムに連れられておっちゃんの居る部屋まで案内される。

 そこでは苦しそうに呻いている男性が横たわっていた。

 オレが街を後にしたときにはまだ、普通に出歩けるぐらいだったのだが、今はかなり病状が悪化しているとみられる。


「シフさん、このまま父ちゃんがいなくなったらボク……」


 そう言ってベソをかきはじめるイム。


「大丈夫だ、実はこのお姉ちゃんはな、隠れ聖女様なんだよ」

「グスッ……聖女様……?」

「ああ、おっちゃんの病気を治してくれるそうだ」


 本当に、と言ってすがるような目つきで、カエラ様を見つめる。

 何やら尻のすわりの悪そうな表情で、任せとけと彼女は答える。

 これは……今まで求められて魔法を使った事がないのだろうか?


 本当に必要な人に、彼女は魔法を使った事がない。


 だから、あんな高等な魔法を持っていながら、自分に自信が持てない。

 自分に自信がないから、魔法も上達しない。

 スリフィに聞いた千年後の未来では、部位欠損も治らない病気じゃないと、そう言っていた。


 千年後では魔法科学という物が発展し、医療の技術もかなり向上していたそうだ。


 魔力を流すだけで、コンピューターが勝手に呪文を唱え、最適化して魔法が発動される。

 ただそのせいで、コンピューターがなければ魔法が満足に使えなくなったとも言っていた。

 なので、発展した千年後の魔法をこっちで使えないと嘆いていた。


 あんな短時間で最高位の回復魔法を使える。


 そして魔力も減ったような気配がない。

 この王女様は、きっと、もっと上を目指せるはずだ。

 そもそも、この王国も、部位欠損まで治すと言われた伝説の聖女が始祖である。


 カエラ様がおっちゃんの腹部に手をかざす。


 それをイムは女神様を拝むような態度で見つめる。

 カエラ様は「本当は簡単に治せるのだけど、そんな雰囲気じゃないなあ」と呟いている。

 逆の手で宙を掴むような仕草をすると、光が部屋中にあふれ出す。


 その隙にサッと『パーフェクト・ヒール』と唱えておっちゃんを癒す。


 さすがは王族、ただ歩くだけでも演出が必要だと言われるぐらいの教育は受けていそう。

 光が収まったあと、狐に包まれた様な表情でゆっくりと体を起こす、行商のおっちゃん。

 さっきまで呻いていたのが不思議なぐらい、すっきりした表情で体をまさぐっている。


「一体、何が…………?」

「父ちゃん、どこも痛くないの?」

「ああ、痛みが急に治まった」


 ファァアア、と言って、カエラ様の方へ振り向くイム。


「すごい! 凄いよカエラ様!! ありがとうございます、カエラ様!」


 と言って、飛びついて来る。

 困惑の表情でそれを受け止めるカエラ様。

 イムの頭をなでながら、少しだけ目に涙を溜めてこちらを見る。


 オレはしっかりと頷いて返す。


 あなたの力が要らないという国など、放っておけば良いのですよ。

 あなたの力を欲している人は、いくらでも居るのですから。

 必要とされるのを待っているより、自分の足で、必要としてくれる人の元へ赴けば良いのです。


「私を、私自身を必要としてくれる場所か……」


 行商のおっちゃんもオレから話を聞くと、平身低頭でお礼を言ってくる。

 今はこれだけしかありませんが、とお金を差し出すのを、カエラ様は止める。

 今日のは実験だ、お前たちは私の実験に付き合ったにすぎない。


 だから金銭など要らないと。


 うわっ、惚れてまうやん、こんなの。

 シフ・ソウラン伝説が始まったらどうしてくれるんだ。

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