第9話
オレは怒りの形相をしたエルフのお姉さんの前で正座をする。
「ねぇ、あなたはなんで、私が怒っている時は、そんな変な座り方をするのかしら?」
「反省の意を表明するためでございます」
「ねぇ、私をバカにしているかしら?」
滅相もごぜえませんだぁ。
クソッ、お母さんに口止めするのを忘れていた。
いやでも、追いかけてくるとは思いもしなかったよ。
たかが、小間使いの一人が居なくなった所で、こんな辺境までやって来るとは思わなかった。
これまでも、何人も平気な顔でクビにしていたし、行方不明になった男の子が居ても気にもかけていなかった。
勝手に居なくなっても、人手が減ったぐらいにしか感じないと思っていたんだよ。
もう十分、元手分は働いたと思うのだが、まだまだ足りなかったのだろうか?
一応、勉学を教えてもらった恩もある。
そう思って、オレはここで稼いだ全財産をお姉さんに差し出す。
「コレは何かしら?」
「上納金でございます」
どうか、これで手打ちにしていただけませんでしょうか?
「そんなモノは要らない。あなた以外の男は全員解雇したわ、だから帰るわよ」
ホワイ?
どうして解雇したの?
そして、どうしてそれが帰る理由になるの?
「何をしているの、早く支度をしなさい」
そうは言われましても……
今はこちらのお宅に雇われている身でして。
それとな~く、帰りたくない旨を伝える。
するとお姉さんは、腕を組んでイライラした様子で、
「何? これ以上いったい、何が不満だと言うの」
と言って、詰め寄って来る。
オレはあのまま、あの街に居れば身の危険があった事。
ここで雇われて教師をしているので、簡単には放り出せない事。
などを平身低頭でお伝えする。
「教師については私が別の人を手配するわ。身の危険に関しては……あなたはもう、私の家から出なくて良いわ」
か、監禁ですか?
「さあ、帰るわよ」
「…………帰りません」
「どうして……?」
シフ・ソウラン伝説が始まるからな。
さっそく、時代の修正力でも働いたのだろうか?
とにかく、街にさえ戻らなければ、伝説は始まりはすまい。
そのままジッと黙っていたら、何やら頭の上に冷たい水滴があたる。
ふと、顔を上げてみると、エルフのお姉さんが目にいっぱいの涙をためてこっちを見ていた。
えっ、なんで?
平気な顔で次々と首にしていくから、いつかはオレもと思っていたのだけど……
「私の事、嫌いになったの?」
「えっ、いや……」
「捨てないでよ、お願い」
ええ……
いつの間に、そんな恋人みたいな間柄になったのでしょうか?
エルフのお姉さんは涙を零しながら懇願する。
あなただけよ、私の事を気味悪がらずに接してくれるのは。
あなただけよ、率先して私の手伝いをしてくれるのは。
あなただけよ、ちょっとエッチなお願いも笑顔で答えてくれるのは。
だから、私の元を去るなんて言わないで、と。
まあ、この世界の人たちがエルフをどう思っているかは知らないが、オレとしては美人のお姉さんだとしか思えない。
率先してお仕事をしていたのも、捨てられないようにするために必死だったからだ。
エッチなお願いはまあ、こちらこそ役得でした。
次々と男性陣を解雇していったのだって、オレの目を気にしてだと言う。
そもそもこの人、エルフの里から人間の街にやって来た動機が『男性と触れ合える』だったからなあ。
そこで仕事も出来ないイケメン男性をずらっと並べていた。
そりゃまあ、こっちゃ命懸けで仕事をしていると言うのに、毎日ダラダラと仕事もせずにだらけてる奴らを見たらイラッとも来る。
それを嫉妬してたと勘違いされていた模様。
仕事が増えて大変だったんだが?
まあ、奴ら小間使いとして雇われてたのにろくに働いていなかったから、そんなに仕事が増えた訳じゃないが。
それでも0よりマシでは……いや、邪魔とかもされてたから、やっぱ居ない方が良かったかもしれん。
遠くの方で「うわっ、あの気難しいエルフを虜にしている、やっぱり魔性の男だぁ」と慄いている天使が居る。
見てるのなら助けてくれよ。
天使失格だぞ。
えっ、天使じゃないし、対人恐怖症だから無理って?
やっぱお前、対人恐怖症は治すべきだわ。
そのうち、オレを抱き上げたかと思うと、頬ずりしながら、行かないでと泣きじゃくる。
スリフィのご両親も大変困惑されているご様子。
誰にも助けを求められないこの状況、本当にどうしたら良いんだ?
「エルフの涙って確か貴重な薬の元にならなかったかしら」
「ああ、泣こうと思っても泣けないらしいからな奴ら」
「ちょっと掬ったらダメかしら?」
へぇ~、エルフって普通は涙を流さないんだ。
でも、ギャン泣きしているよこの人。
もしかして本当に、オレには魔性の魅力が備わっているのだろうか?
いや、まさかな……そんなはずは――――――もしかして、転生ボーナスとか?
転生した時に、何か神様にスキルでも与えられているのだろうか?
魅力+100とか。
だったらもっと早くに発動してほしかったそのスキル。
まあ、そんなはずはないんだろうけど。
お姉さんの泣き声を聞いて、外に人が集まってきたようで、とりあえず、場所を移動する。
スリフィの部屋に案内して、ベッドに腰かけてもらう。
なお、ご両親は外の人たちに説明をしているのでここには居ない。
どうする、いっその事、シフ・ソウラン伝説を説明して仲間になってもらえないかな?
と、小声で相談する。
「う~ん、エルフかぁ…………エルフにはあまり関わりあいたくないんだけど……まあ、任せるよ」
「話しても信じてもらえないかもしれないし、話だけでもしてみようか?」
「そうだね、あっ、先生はボクの盾になってよね」
そう言って、背中にピタッとくっついて来る。
そんなオレ達を見て訝し気な顔をする、エルフの女性。
涙は止まった様だが、なぜかスリフィを睨んでいる。
「何ソイツ、殺して良い奴?」
背中でヒィと小さな悲鳴を上げる。
こんな子供にまで殺気を向けなくても……
とにかくオレ達は、エルフの女性に、シフ・ソウラン伝説を説明するのであった。
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