第8話

 オレが家庭教師にやってきている村の名を、テンスールと言う。


 そして全身真っ白な天使の様な教え子はスリフィ――――――スリフィアル・テンスールが正式な名前だ。

 母親の名はリミト、父親はバーンス。

 ここは開拓村で、この二人が新たに立ち上げた村だそうだ。


 地方の村にしては珍しく、一夫一妻制を導入している。


 スリフィの話では、母さんが父さんを独占したいがためにそうしているのだそう。

 他の村と同じように一夫多妻制にしてしまうと、父さんを共有しなければならなくなる。

 だからボクのお婿さんになっても、村の女性の相手はしなくて良いから安心して、と言ってくる。


 いや別にオレは、他の女性のお相手をしても何の問題もありませんよ。


 いや~、お仕事なら仕方ないよね?

 別にハーレム願望がある訳じゃないですよ?

 毎日、くんずほぐれつしているだけで食べていけるなんて最高じゃないですか。


 おっと、本音が。


「先生って変わっているよね、そんな先生だから、ボクも緊張せずに話せるんだよ」


 他の男性の前だと、カチコチになって、うまく話せないそうだ。

 どうしても下ネタを口にしてしまう。

 その分、先生だと下ネタでもなんでも受け止めてくれるから優し~。などと言う。


 優しいと言うか、まあ、オレもたどって来た道のりだからなあ。


 と言うか、下ネタを口にするなよ。

 お前の前世ってどんなのだったんだ?

 ちょっと想像してみる、男しか居ない世界で生まれ、男にまみれて成長した自分を。


 まあ、ちょっとぐらいタガが外れるのも分かる。


 少々のセクハラやスキンシップも逆の立場だったら、と思うと許せる。

 別にそれほど嫌な訳じゃないし、この子のお母さんぐらいナイスバディな女性にされるなら、むしろバッチ来いって感じですよ。

 この子も成長したら、ああなるのなら、お婿さんになるのは願ってもない。


 ただそれもこれも、この子が言った未来が訪れなければ、という条件が付く。


 第一の予言、今住んでいる王国が滅びる。

 そうなると、連鎖的にこの村も滅びる可能性が大いにある。

 そうでなくとも戦争だ、村でヌクヌクと過ごせる可能性はほとんどない。


「帝国が攻めてきたら、真っ先に尻尾を振って取り入ればいいんじゃね」


 第4王女も、シフ・ソウランが居なければ、帝国と戦争をしようとしないだろうし。

 とは言うが、時代の修正力というものもある。

 シフ・ソウランに変わって他の誰かがその位置に立つ可能性があるし、そもそも帝国が王国を手にするためのイチャモン付けだったのなら意味もない。


 別の理由を付けて王国に攻め入って来る。


「そうなったら二人でどっか遠くで暮らそうよ、ボクには未来の知識があるしどこでも生きていける」

「亜竜まで出てきたら安全な場所などないだろ」

「そんな事もないよ、亜竜に襲われなかった場所だって知っている」


 なんだったら邪神の足元に行くのも悪くはない。

 邪神様バンザーイって言ってりゃ大丈夫。

 生贄とかにされないのか、と聞くと、これから先、贄はいくらでもあるんだから、非常食に手を出す事もないんじゃない。と答える。


「サバトはあるだろうけど…………たぶん、先生は呼ばれないだろうしなあ」


 おいそりゃ、どういう意味だ?


 そんな会話をしながら勉強を教えていると、その部屋にお父さんが入ってくる。

 お父さんはお茶とお菓子を乗せた盆を置くとオレに問いかけてくる。

 スリフィを街の学園に通わせてもやっていけそうかと。


「学力はまったく問題がありませんね」

「そうか~、そうなると問題は学費か」

「えっ、ヤだよ、学園なんて行かないからね!」


「何を言ってんだい、お前は長女としてこの村を率いて行く必要があるんだぞ」


 なので、どうにかして街の学園に通わせたいと言ってくる。


「彼女なら特待生の枠で入れるんじゃないですかね、そうすれば学費もかかりません」

「そうなのかね? 良し、学園に問い合わせてみよう」

「ちょ、ちょっと先生!」


 スリフィがオレの袖を引く。


 分かってんの先生。

 ボクが学園に通うって事は先生もあの街に戻るって事だよ。

 そうなったら、シフ・ソウラン伝説が始まるかもしれない。


 と小声で伝えてくる。


「いや、オレはこの村で教師を続けるぞ。良いですよね、バーンスさん」


 オレはこの子の家庭教師以外に、村長さんに雇われて、村の学校で臨時教師を務めている。


「もちろんだとも。スリフィの学費も浮けば、先生への報酬も色を付けられる」

「いやいや待ってよ、そもそもボク、対人恐怖症だよ? 村の学校ですら無理なのに、街の学園なんて絶対無理」


 あと、この手は絶対に離さないからね、と言って、掴んでいる手に力を込める。


「その対人恐怖症を克服するために、街の学園に通うのが良いんじゃないか」


 そう言いながら、お母さんまで部屋に入って来る。


 そもそもお前、前世と合わせれば結構なお歳だろ?

 前世ではどうしてたんだ。

 えっ、引きこもりだった?


「あっ、別にコミュ力が低いって訳じゃないんだよ、ネットでは孤高の白虎と言われてそこそこ有名だったんだから」


 ネット弁慶かよ。

 しかも孤高って、コミュってないだろお前。

 とりあえず、街の学園に問い合わせてみると言って、村から旅立つお母さん。


 まあ、多少は寂しくなるが仕方がない、付いて行ってシフ・ソウラン伝説が始まっても困る。


 この村は悪くない。

 伸び伸びと過ごさせてもらおう。

 と、思っていたのだが、お母さんが街からとんでもない人物を連れて帰る。


「ねぇ、なんで私に黙って出て行ったのかしら?」


 そう、オレが街で居候させていただいていた、エルフのお姉さんを。

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