第13話 理不尽だろ?


「経済動物なので」キリッ。


 ――なんて説得力だろう。


 同時に、こんなにおとなしい子なのに魔獣をバシバシ射ることができる理由がわかる。


「弓は実家にいた頃からやっていたのか?」

「そうだよ。家畜を狙った害獣がよく来るからね」


 弓矢で害獣を駆除しながら可愛がって育てた家畜を解体する、ちょっと怖いハロウィーを想像して、俺はなんとも言えない気分になった。


 ――まぁ、アニメじゃないし、現実にはおっとりはわわ系小動物女子に戦闘とか無理だよな。


「だから学校を卒業したら魔獣退治でお金を稼いで、家の周りに深い堀と高い壁を作ってお父さんとお母さんに楽をさせてあげたいの」


 ――戦国時代のお城かな?


 プチ城塞都市と化した牧農場を想像して、ちょっと笑った。


 この王立学園を卒業する平民の進路は大きく分けて二つだ。


 一つは王族か貴族に仕官して軍人になるか、あるいは魔獣退治や危険地帯探索を生業とする冒険者と呼ばれる職に就くか。


 仕官は安定している半面、稼げる量も限られている。

 広い牧場と農場を囲うだけの壁と堀なら、なるほど、多額のお金が必要だろう。


 ――若い娘の将来の夢が両親に楽をさせるって、本当にいい子なんだな。


 まるで昭和ドラマのヒロインだ。

 ハロウィーが美徳のかたまり過ぎて眩しい。


 ――よし、もしも再構築スキルが俺の思った通りのモノなら、卒業後に俺が作ってあげよう。絶対に。


 なんて思っていると、イチゴーたちが組体操のように肩を組みながら肩車をした。


 その手前の地面には、ずりずりと削った跡がある。


『かべとほりぃー』

「くふっ」


 ハロウィーが目に涙をにじませて笑った。

 彼女にメッセージウィンドウは見えていないも、ジェスチャーの意味を察したらしい。


「あはは、こんな子たちを作れるなんて、ラビって本当にすごいよね」

「そうか?」


「そうだよ。強くてかわいくて、わたしの知っているゴーレムとは全然違うもん。あれって、事前に決められた動きしかしないもんね。前も、図書館に忘れ物を取りに行ったら警備ゴーレムってば、利用時間を過ぎていますの一点張りだったんだから」


 可愛くぷくっと頬を膨らませる。


「ほんと、わたし、ラビのこと尊敬しちゃうよ」


 ハロウィーは目をキラキラさせて、ひとなつっこい声で俺を褒めてくれる。

 とはいえ、俺の心境は複雑だった。


 この世界において、スキルと才能は同義だ。

 生まれつき運動神経のいい人をズルイと言わないように、スキルはその人自身の力という認識だ。俺もそう思っていた。


 でも、前世を思い出した今は違う。凄いのはスキルであって俺じゃない。スマホで五桁の掛け算をしたら『暗算得意なんだね』、とか言われている心境だ。


 ――実際、神託スキルや再構築スキルってイチゴーがいないと使えないしな。


 俺とイチゴーの関係は、人とスマホの関係に近い。


 イチゴーは自己判断や他人の命令ではスキルを起動できないし、俺もイチゴーがいないとスキルを使えない。

 それが、ますますうしろめたさに繋がってしまう。


 ――凄いのは俺じゃなくてイチゴーだよなぁ。


「……ねぇ」


 ふと視線を戻すと、彼女は肩を縮めて、ためらいがちに口を開いた。


「ラビはこんなにすごいのに、どうして追い出されちゃったの? ラビが平民なんてもったいないよ」


 最後のほうはしりすぼみに声が小さくなって、ハロウィーは申し訳なさそうにキュッと表情を硬くした。


 マズイことを聞いてしまったか、俺を傷つけてしまったか、そんな彼女の気遣いが見て取れて嬉しかった。


 元から、彼女のことは仲間にするつもりで近づいたんだ。

 彼女になら詳しく話してもいいだろうと、俺は口を軽くした。


「強さは関係ないよ。貴族社会において、ゴーレムに必要なのは、どれだけ人間に近いかだから……」


 ゴーレム使いの名門、シュタイン家の人間として、そして、貴族社会で生きてきた記憶を振り返りながら、俺は冷たい溜息を静かに吐いた。


 今までは当たり前だと思っていたことが、前世の記憶を取り戻した今ではどれだけ異常なことかわかる。


「聖典に記された神話だと、ドラゴンなんかの魔獣型ゴーレムの軍勢で世界を滅ぼそうとした魔王を、女神様が人型ゴーレムの軍勢で倒して世界を救った。だからゴーレムは人間に近いほど高尚で、魔獣型は邪道。性能は二の次なんだ」


「え? どうして?」

「女神に近いほど女神から愛されている証拠、そう解釈しているからだ」

「?」


 ハロウィーは不思議そうに首を傾げた。

 悪く言えば世間知らず、だけど彼女の純朴さが、俺には汚れを知らない聖女のように思えた。

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