第14話 ザコ不良があらわれた たたかう にげる
ハロウィーは不思議そうに首を傾げた。
悪く言えば世間知らず、だけど彼女の純朴さが、俺には汚れを知らない聖女のように思えた。
「尊い女神は人型ゴーレムを操った。尊い存在は人型ゴーレムを作れる。だから人型ゴーレムを作る奴は尊いはず。逆もまたしかりってな」
生成されるゴーレムは使い手の精神の表出。
そう信じて疑わない自称敬虔な神の信徒である貴族社会では、動物型のゴーレムを扱う人は毛嫌いされる。
中には、前世がケダモノだったんじゃないかと陰口を叩く人までいる。
「知っているか? 教会には、非力な美形ゴーレムを生成できるってだけで出世しているゴーレム使いがいるんだ。『貴方こそ神の恩寵を受けしやんごとなきお方に違いありません』だってさ」
「それってこじつけじゃ……」
「こじつけだよ。でもそれが現実なんだ。みんながそう思っていたらそれは世論となり時代の価値観になる。人は正しさよりも自分好みの話にしか耳を貸さない」
だから、俺が実家から追放されたのも仕方ない。
そう言おうとして、何故か口は開かなかった。
「……ねぇ、やっぱり、ラビは貴族に戻りたいの?」
彼女の口から漏れた疑問に、俺は顔を上げた。
神妙な表情でじっと俺を見つめてくる大きな瞳、その眼差しに複雑な想いを感じながらも、俺は自嘲気味に言葉を返した。
「今は無理だろうな。けど、戻れるものなら戻りたいよ。この世界は身分制度の布かれた封建社会だ。下級でもいいから最低限貴族のほうが身の安全は保障されている」
でも、と区切って、俺は声を明るくした。
「しばらくは平民でいいよ。どうせ戻ったところで肩身は狭いしな。世間がイチゴーたちを見る目が変わって、俺が手柄を立てて、それからじゃないと、貴族には戻れないよ。それに、イチゴーたちが貴族科に戻ったらさびしいだろ?」
と、わざと意味深な口調で尋ねる。
ハロウィーはイチゴーたちを見下ろしてから、ちょっと頬を染めた。
「そ、それはそうなんだけどね」
言いながら、両手でイチゴーたちの頭をなでる。かわいい。どっちも。
正直、イチゴーたちを愛でてくれるハロウィーと一緒にいると、俺も気楽で悪くない。
貴族に戻れるだけの手柄となると、
【学年首席】
【在学中に上級冒険者入り】
【災害クラスの魔獣討伐】
こんなところだろう。
いくらなんでも三つめは無謀だ。
けど、他二つはやり方次第だ。
ゴーレムたちをうまく使えば、効率よく上に行けるかもしれない。
彼女とチームを組んで、活躍して、世間にイチゴーたちを認めさせてから貴族に戻る。
悪くない計画ではないだろうか。
彼女を利用しているみたいで悪いけど、その分、俺もハロウィーをサポートして、彼女の助けになりたいと思う。
ようはWIN―WINの関係というわけだ。
だけど、誘い文句にちょっと悩む。
前世も今世も他人を、まして会って間もない女子を誘うのには慣れていない。
そうして俺が軽く悩んでいると、ハロウィーがうつむきながら一言。
「ねぇ、ラビ」
「なんだ?」
ハロウィーはまるで愛の告白をする乙女のように頬を染めて両手の指を絡め、くちごもり、意を決したように顔を上げた。
「あのね、もしよかったら、わたしと――」
「おい!」
ハロウィーの甘い声を遮るように汚い声が飛び込んできた。
気分を害しながら首を回すと、そこには見たくない顔が五つ、並んでいた。
「テメェさっきはずいぶんチョーシこいてくれたな」
「貴族だからってオレらのことナメてんじゃねぇぞ」
「言っておくけどな、テメェは家を追い出された平民落ちの元貴族なんだよ」
「今はオレらと同じ平民だってこと忘れんなよ」
「いつまでも貴族気分でやっていけると思うなよオラ」
授業の初めに、体目当てでハロウィーに絡んでいた男子たちだった。
あまりに雑な言いがかりに、頭が痛くなる。
逃げたい。
だけどその気持ちをぐっとこらえた。
周りに人がいないこの状況。
いま逃げても、こいつらは全力で追いかけてくるだろう。
「俺なんかにかまっている暇があるのかよ? せっかくのレベル上げの時間なんだから、もっと有効活用しようぜ」
男子たちの顔に、邪悪な笑みが浮かんだ。
「おうおう、必死だなぁ」
「びびっているのが見え見えだぜぇ」
「素直に言えよ、元貴族だからってチョーシにのってすいませんでしたってなぁ」
「そうしたら許してやるよ」
――駄目か。こいつら本当にどうしようもないな。
「というかハロウィーさぁ、オレらの誘い断ったのってコイツとデキているからか?」
突然の下品ワードに、ハロウィーが赤面して固まった。
――うわぁ、ガキくさ……。
社会経験は無いものの、前世と合わせれば三〇年以上生きているせいか、余計にそう見えてしまう。
「あー、そういうことか。元って言ってもお貴族様だもんな。貴族時代の遺産を考えれば平民よりは金持っているか」
「媚び売りに必至だな。玉の輿狙いかよ!」
「しょうがないだろ。胸に栄養取られて頭に回っていないんだから!」
ゲラゲラと下品に笑う男子たちに、ハロウィーは意外にも何も言い返せないでいた。
女子たちに責められても魔獣に襲われても動じない彼女だけど、こういう性的なワードには弱いらしい。
男子たちへの苛立ちに、こめかみが熱くなってくる。
家を追い出された俺の経済状況なんて憶測だろ。
俺のほうからハロウィーを誘ったのも見ていただろ。目の前でハロウィーを連れて行ったんだから。
――なのに、こいつらッ……。
「もういいや、さっさとこいつボコっちまおうぜ」
「安心しな。貴族時代のもの売って金をよこせばボコるのは今日だけで許してやるからよ」
「オレら優しいだろ? でも忘れるなよ。これはお前ら貴族が今まで散々オレら平民にやってきたことなんだからなぁ!」
まるで昭和の三流作家が考えたようなテンプレ台詞だけど、この世界ではこれがデフォだ。
文明レベルや倫理観が中世時代。
人口当たりの強盗、傷害、性犯罪の数は令和日本の一〇〇倍以上だ。
おまけに道徳教育もまともに受けていない平民身分なら、ガラの悪い生徒の数も質も令和日本の比ではない。
気に喰わない奴には拳を振るう。
それが彼らの常識だ。
五人は武器を取ると、思い思いの言葉を口にしながら襲ってきた。
「ひゃっぺんボコった後で、地面に頭こすりつけて謝ってもらおうか! 無能の分際で平民様の気分を害してすいませんでしたってなぁ!」
「追放された低脳の元貴族のくせに、オレらをバカにした自分を恨めよ!」
「これは教育だ。オレら平民の恨みを喰らいな!」
怯えながら弓を握りしめるハロウィーを男子たちから守るように、俺は前に進み出た。
「全員に命令だ! こいつらをブチのめせ!」
剣を、槍を、斧を手に駆けてくる五人から視線を外さず、俺は冷たい声で叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます