第6話 はじめての異世界
目が覚めると俺はどこかの町の路地裏にいた。転生するところが人目につかないための配慮だろうが、ちょっと悲しい気持ちになる。
「仕方ないんだけどな。」
胸に残る寂しさは花蓮を残した後悔だ。彼女にはこれから幸せを見つけてもらいたい。俺のことは忘れて構わないから。これは嘘だな。自分自身に苦笑しつつ、大通りを目指す。思えば、秀は元気でやっているだろうか。彼にも辛い思いをさせた。周りのみんなの痛みを俺にはどうにもできない。みんなのことを思いつつも、今の俺にできるのはこの見知らぬ世界での冒険か。
「ほんと、世界を救うなんて自己満足もいい所なんだろうな。」
そうこうしている内に大通りと思われる道路にでた。大勢の人でにぎわっている所をみるにここは比較的大きな街なのだろうか。周辺の建物はレンガ造りでいかにもゲームの世界、中世のスタイルが伺える。
「とりあえず、情報収集からだな。」
誰かにこの世界のことについて聞かねばと思い、近くを通りがかった若い男性に声をかけた。カノンさんから転生のことはなるべく話さない方が良いと忠告されているため、あくまでも一人の冒険者として。冒険者が一般的かは分からないが。まあ、勇者がいるのならば、冒険者もいるだろう。
「あの、すみません。邪竜のことについてお聞きしたいのですけれど。」
「なんだと。やめとけ、下手に手を出すと死ぬぞ。」
「知っているんですか?」
「知らないやつなんていねえよ。ちょうどこの間、勇者とか名乗るパーティーが潰されたとこさ。いけ好かないやつだったが、実力だけは確かだったからなあ。そのおかげでどいつもこいつもやる気なくしちまったんだ。」
「なるほど。」
「だからあいつに手を出すのはやめとけってことだ。ギルドの話だと例の勇者パーティーの攻撃でかなり弱らせることはできたらしいし、当分は心配ないってさ。」
「ちなみに、ギルドはどこにありますか?」
「おいおい、やめとけって言ってるだろ。特にギルドはピリピリしてるぞ。」
「それでも、邪竜を倒さなければいずれは俺たちがやられるだろう。それに、弱っている今がチャンスじゃないか。」
「ったく、そこまで言うなら教えてやるよ。忠告したからな。行っても誰も手を貸してくれないと思うぜ。」
そう言いつつもギルドの場所を教えてくれた。邪竜を恐れつつも、そこにしか道はないと考えている証拠か。いずれにしろ誰かが討伐しないといけないことには変わりない。恐怖はあるにせよ冒険者を説得するほかにないな。
教えてもらった方向へ進むと、街の中心部にでた。大きな交差点のような道のそばに周りの建物と比べても一際大きな、ドーム型の建物が見える。盾のような看板から察するにここがギルドで間違いない。大きな扉を開け中に入ると、すぐに制服を着たお姉さんが案内してくれた。
「これでよしっと。改めまして、ワタルさんようこそ冒険家ギルドへ。」
言われるがままに手続きし、あっという間に冒険者の登録を終えた。
「ありがとうございました。ところで最近、邪竜に挑んだパーティーがいたって聞いたのですが。」
俺の質問に周囲の注目が集まるのを肌で感じる。気が付かないふりをしつつ、会話を続ける。
「えーっと。よくご存じですね。冒険者になりたての方にお話しするのは少々気が引けるのですが、危険防止という意味では伝えておいた方がいいのかもしれませんね。ご存じの通り、一ヶ月ほど前に邪竜討伐に乗り出したパーティーがいました。実績も十分なパーティーだったため、ギルドとしてもお願いいたしましたが、それが甘かったのでしょう。そのパーティーは誰一人として帰ってきませんでした。ですから、ギルドとしましても邪竜討伐は十分な条件が整ってからということになりましたので、現在は様子を見るにとどめるというのが結論です。」
「でも、見ていたやつはいたじゃねぇか。」
「真偽不明な情報をギルドとして発表するわけにはまいりませんので。」
「そうかよ。なら俺が教えてやる。ちょっと来な。」
会話に入ってきたのは大柄でスキンヘッドのいかにもといった男だ。ついてこいと言う男をギルドのお姉さんは制止しようとするが、せっかくの情報であればもらっておきたい。
「大丈夫ですよ。情報を見分けるのは得意なので。」
「そういうことでは。くれぐれも気を付けてくださいね。ガノンさんも新米の方に手荒なことはないように。何かあれば問題にいたしますからね。」
「分かってるって。さあ、いくぞ。」
「ああ、よろしく頼む。」
ついていく間終始無言だった。ガノンと言われていた男がようやく立ち止まったのは街の外れにある森の中だった。
「それで、見ていたやつがいたってのは?」
「例の勇者とかいうパーティーとは別に、俺の仲間が様子見で尾行していったんだ。やつらの実力は知っていたが、本当にあの邪竜に通用するのかこの目で確かめたいって言ってな。そして、そいつが言ったんだ。あいつは勇者なんかじゃなかったってな。」
「どういうことだ?」
「邪竜と向かい合った直後からあの勇者様の動きが止まったんだとよ。わなわなと震えるだけのそいつを守りながら他のメンツが戦ったおかげでパーティーは壊滅、それでも大ダメージは与えられたんだからあいつがいなければ間違いなく勝てたってな。」
なるほど、真偽のほどはさておき確かにギルドで公に出せる情報ではないな。
「そのことを知っているのは?」
「冒険者ならみんな知っているよ。あいつの言葉を信用したばかりに俺たちは仲間を失い、邪竜を討伐するすべもなくなったんだ。」
「でも、そんな状況でも邪竜を追い詰められたのだから冒険者を集めれば勝てるんじゃないのか?」
「馬鹿野郎。そんな簡単なもんじゃねぇよ。あのパーティーはギルドの精鋭中の精鋭だ。俺らとは根本的に違う。王国直属の騎士に、この街一番のウィザード。個人でもギルドの各職でトップを飾っていた連中だ。そんな奴らがあいつをリーダーに据えたパーティーだ。強さはそりゃもうトップオブトップだよ。」
「そんなつわもの達が一人のリーダーに集まるものか。」
「なんでも、一人ずつ戦いを挑んで仲間にしていったらしいぜ。実際、あいつの持つ剣はかなりの業物だったらしい。でも、それだけだ。あいつ自身にはなんの技量もない只々、剣の力に頼っているだけの小物だって噂になっていた。他のメンバーは自分の実力不足だって言っていたが、内心じゃみんなあいつのことを良く思ってなかった。それに加えて、あいつは自分は特別だとか言いふらしていたしな。」
「特別?」
「ああ、なんでも神に選ばれたとか、俺たちとは違う存在だとかな。実際、あいつの持っていた剣は誰も見たことのない代物だった。丁度お前の持っている剣と同じくな。」
「何が言いたい。」
「お前もそうなんじゃないのか。冒険者登録するなりいきなり邪竜のことを聞きだすし。」
「そうだと言ったら?」
「何しに来た?」
「もちろん、邪竜を討伐に来たが。」
「また、仲間を殺す気か。あいにく、あの一件で誰も邪竜討伐なんか行かねえよ。残念だったな。」
「それでも、邪竜を倒さないことには何の解決にもならないだろう?」
「だからって、仲間たちを殺されるわけにはいかないんだよ。それくらい分かるだろ。」
「確かに、それはそうだが。弱っている今のうちに叩くのが一番だろ。」
「それで倒せれば故老しないんだよ。お前の剣みたく、強い武器を持っているやつも、勇者様の仲間みたく優れた技術を持ってるやつなんてもういないんだよ。」
「それでみんな諦めているのか。」
「なんだと。」
「強い武器がないから、強いやつがいないから、だから敵わない。そうやって嘆いてればいずれ誰かが成し遂げてくれると。」
「誰もそんなこと言ってないだろ。」
「そうか?仲間を心配しているふりをして、挑戦しない言い訳を探しているように見えるが。ギルドの方針はともかく、冒険者なら強くなる努力くらいするものじゃないのか?」
「良い武器を持っているからって、言いたい放題言いやがって。俺たちが努力してないだと。そこまで言うなら俺たちと勝負してみろよ。ただし、その剣抜きでな。結局、武器に頼っている人間はでかい口叩くだけの小物って決まってんだよ。」
「いいだろう。その挑戦受けてやる。街の冒険者を集めてくれ。一騎打ちの模擬戦でお前たちの根性をたたき直してやる。」
俺の宣言にガノンは覚えてろと言い残し去っていった。勝負は明日、広場にて。話を聞く限り、冒険者の現状が良い状態とは思えない。誰かが悪役を買ってでもなんとかしなければ。それに、どうやら前に転生してきてた人が元凶になったようだし、その責任をとってやるのが筋なのだろう。
そして、迎えた当日。広場には多くの冒険者が集まっていた。
「お望み通り、みんなを集めてきたぜ。ボコボコにやられる覚悟はできてるか?」
「そんな覚悟は生憎、持ち合わせてないな。とりあえず、みんなを集めてくれてありがとう。」
「ちっ。」
「それじゃあ、さっそく始めようか。一対一の模擬戦形式。お互いに使用するのはこの街の武器屋で売っている木刀。これで武器の条件は同じだ。俺が口だけの男じゃないって分かるまで、どんどん俺に挑んで来い。」
「すぐに後悔させてやる。」
「自分は弱いって立ち止まっているやつらなんかに負けはしないさ。」
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