第5話 女神

「ここは。」

目が覚めると俺はそこにいた。何もないだだっ広い、真っ白な部屋。暴走する車から秀くんをかばって、そのまま意識が途切れている。あの後、どうなったのだ?俺はどうなった?困惑する俺の前に突如として眩い光が生まれ、気が付けばその発生源から女性が生まれた。真っ白なストレートヘアに、同じく白いドレスを着ている。グレーがかった瞳で俺を見下ろす美女はいったい?

「ようこそ、こちらの世界へ。」

 眼前の女性は笑顔を向けて、続けざまに語った。この俺、黒沢渉はすでに死んだこと。この世界が俺のいた現実とは異なる、いわゆる異世界だということ。異世界転生というらしい。そういうの好きでじょうなどとも言われたが、正直ピンと来ない。秀ならばそのあたりも詳しいと思うが、もっと聞いておけば良かったと少し後悔する。まあ、こんな事態を予想できる訳もないので気にはしない。それよりも今の状況を把握せねば。

「それで、これから俺はどうなるのだろうか?」

「あら、ここで言うのもなんなのだけれど、結構現実主事なのね。異世界の感動とかはないの?」

「興味がないわけじゃないが、自分が死んだと言われたのにそんな余裕はないんでね。」

「そう。まあ、良いわ。これからあなたにはある世界を救ってもらいます。その世界は邪竜が人々の生活を脅かしています。世界の安寧をもたらすため、人々は勇者の登場を待ちわびていますが、未だ勇者は現れていません。そう、あなたことが勇者となり、邪竜を討伐し、世界を救うのです。」

「なるほど。まさにファンタジーだな。」

「ええ、心躍る冒険を楽しんで、英雄さん。」

 心躍る冒険か。ファンタジーの世界に憧れがない訳ではないが、事はそう簡単でもないだろう。何よりこの女性の方が気になる。優しい笑みとは裏腹に、瞳の奥底に感じる値踏みされているような感覚。異世界での眩しい冒険を誘いつつも俺との距離を常に保って踏み噛んでこない会話にわずかに気持ち悪さを感じる。とはいえ、他に手段もない現状。すでに死んでいるとも言われたし、おとなしく転生するしかないか。

「よし、分かった。異世界に行ってやるよ。」

「ありがとう。勇気ある人。」

「でも、転生ってどうやってするんだ?それに君はいったい?」

 俺の問いかけに不敵な笑みを浮かべ、彼女は告げる。

「私は世界を繋ぐもの。女神様とでも名乗っておこうかしら。私があなたを責任を持って異世界へ届けます。が、その前にあなたにプレゼントを授けます。」

「プレゼント?」

「異世界へ渡っても世界を救えなければ意味がない。なので向こうで活躍するための武器を揃えています。お好きなものを一つ差し上げるわ。」

 言葉と共に女神が腕を上げる。それに呼応して、剣や槍など、いくつもの武器が音を立てて俺のもとに降り注ぐ。なるほど、転生用のお助けアイテムってことか。

「それじゃあ遠慮なく。」

 色々な武器を手に取り、手になじむものを探す。現実で剣道をしてたからかどうも剣の方が扱いやすい。慣れない武器も考えたが、慣れない世界での冒険になるし、やっぱり剣にしよう。一通り触った後、一本の剣の前に立つ。黒い刀身で、柄と鞘に鳥を模した装飾が特徴的な刀。握った感じも馴染んでいる気がする。

「これに決めた。」

「それじゃあ、いよいよ転生ね。」

「その前に、女神様の名前は?」

 俺が死んでから初めて会った人。気になる部分はあれど、世話もしてもらったし名前くらい聞きたくなった。

「私?私の名前ねえ。良かったら決めてくれる?」

「え?」

「私は生まれた時からここで一人。たくさんの人を見送ったけれど名前なんて聞かれたの初めて。」

 くすっと少女のように無邪気に笑う女神様を見て、さっきまでの警戒が一瞬、吹き飛んだ。そんな彼女に付ける名前は。

「それじゃあ、カノンさんで。」

「可愛い名前、ありがとう。」

 そして、カノンさんは目を閉じ、真剣な面持ちで祈るように唱える。

「それでは、黒沢渉さんによって救済がもたらされんことを。」

その瞬間、俺身体がふわりと浮き、意識が遠のく。かすれる意識の中、脳裏に残るはカノンさんの祈る表情。無意識に花蓮と重なる所を感じたのか、カノンさんがどこか切なく見えた。


「さようなら。勇気ある人。無限の英雄譚が生まれますように。」

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