第4話 喪失
それから一週間が経ち、高校に通う日々を送りながらも俺の心はひどく変わってしまった。口下手なのは相変わらずにしても仲の良い浩希や鈴ともうまくしゃべれない。何をしていても楽しいと感じなくなっている感覚。それでも変わらずそばにいてくれる二人に悪いと思いつつも、ならいっそ離れてくれた方が二人のためではと考えてはそれこそ失礼だと改め直す始末。だから感謝はしているのに、どう接していたか上手く思い出せない感覚。なんとかしなければと思う反面、俺が日々楽しくすごすことに対して罪悪感がある。そんな極端な思考を行き来するたび、自分自身に嫌悪感が襲う。これから俺はどう生きていくのか、展望がみえない。
相も変わらず二人を心配させながらの一日を終えた頃、例の交番にて。
あの事故の後、翌日には別の警察官の方が赴任し、近隣住民に挨拶してまわってきた。事の経緯だけに住民の不安を払拭したいのだろうが、それ以上に警察の信用を回復したいのが本音といったところか。俺を救ってくれた渉さんは最高に名誉なことをしたと後任の方は語ってくれたが、近所の評判を耳にするかぎり、後任の人の働きぶりいについては良い評判の反面、身近で起きた事故だけあって警察への不安が高まっている様子だ。そうした声を上書きするためにも後任の方はこの一週間、職務に邁進している様子だ。そんな姿をどこか赴任したての頃の渉さんと重ねてみていることに気が付いたのかはさておき、俺に声をかけてきた。
「やあ、秀くん。今日もおつかれ。」
「どうも、今日もなんとか帰ってきました。」
「そりゃ、大変だ。そうだ、秀くん。ちょっと交番によってかない?君に会いたいって人がきてるんだけど。」
「会いたい人?」
「まあ、そのうち来ると思うから、さあ。」
促されるままに交番の中へ入る。渉さんとはいつも交番の外で立ち話をしているうちに盛り上がっていたので、こうして交番の中で話すというのは新鮮だ。改めて、中を見回してみると机と椅子が置かれており、ゆっくり話すのにはちょうど良いのかと思えてくる。渉さんともこうやって話してれば、事故なんて起こらなかったんじゃないかと感じて、また心がきゅっとなったのが分かる。椅子に腰かけて少し世間話をしていると、交番に若い女の人がやってきた。スラっとした姿に茶色がかったロングヘアーをたなびかせる上品さと同時に、どこか愛らしさを感じるくりっとした瞳がかわいらしい年上のお姉さんといった見た目だ。パンツスーツ姿のところを見るに仕事帰りなのだろう。この人が俺に会いたいと言っているらしい人なのか?もちろん俺とは初対面だと思うのだけど。
「ああ、来た。こちらです。」
「遅くなってすみません。」
「いえいえ、そんなことないですよ。それよりもこの子が秀くんです。」
「この子が、はじめまして。」
「はじめまして。」
「彼女は和泉花蓮さん。黒沢さんとお付き合いしていた方だよ。」
「和泉花蓮です。よろしくね。」
「よろしくお願いします。」
渉さんに彼女がいたなんて初耳だった。年齢からしても彼女がいても不思議ではないのだけれど。知らない渉さんの姿が見えると俺が知っている部分なんてほんの一部分なんだと実感する。でも、その彼女さんが俺に何の用なのか。思わぬ来客に緊張が走る。
「急にごめんね。あんなことがあったばかりなのに。でも、知り合いから君のことを聞いて、どうしても会ってみたくって。渉くんの後任の警察の人に聞いたら分かるかもって思って、紹介してもらっちゃった。」
「そうなんですか。俺のことを聞いたって?」
「うん。渉くんに昔から仲良くしてる年下の友達くんがいるって。お葬式の時に話させたらとも思わないでもないけど、そんな気分になれなかいし。だから、今日は会えてよかった。」
そうか、この人も渉さんを失って気が気でないのだろう。彼女だっていうし、俺なんかよりもずっと。
「すみません。俺のせいで。」
「うんうん、君のせいじゃないでしょ。事故だったんだし。」
「でも、俺が不用意に道路に出たから、それに、もっとはやく救急車を呼んでいたら、なにかできたことがあったんじゃないかって。」
たまっていた思いがあふれる。一息にあふれた言葉と共に顔が上がり、ふと和泉さんと目が合う。彼女は俺の言葉にわずかに目を見開いたが、瞬時に戻り、少しはやかむように笑顔を向けた。
「できることはあったのかもしれない。だけど、それは誰にも分からないんじゃないかな?秀くんはあの場で誰よりも最善の行動をしてくれたって信じてる。渉くんだってそう。彼が君を助けてくれたおかげでこうして話せてる。」
この言葉が彼女の本心かは分からない。いや、彼女にだって言葉に言い表せないほどの感情が渦巻いているはずだ。ならば俺はその思いを受けなければならないのではないのか。周りのみんなは俺のことを思って、優しく接してくれている。目の前の彼女もそうだ。でも、その言葉を鵜吞みにして俺が楽になっても良いのか。隠された言葉にこそ本音が宿るのではないのか。俺は、その言葉こそ受け止めるべきじゃないのか。
「そう言ってくださるのはありがたいですけど、渉さんがいなくなってしまったことには変わりないし、和泉さんの気持ちを考えてもやっぱりあの時俺が、俺にできることがあったんじゃないかって。」
俺の言葉を、言い換えれば懺悔を和泉さんは聞くと、今までの優しい笑みから一変、眉を顰め、目を閉じ、考えること数秒、大きなため息とともに言い放った。
「ほんっとに、もう~。」
「和泉さん?」
「目の前で大事な人を亡くして悲しいのは分かるけど、だからっていつまでもうじうじしないで。気を遣う周りの身にもなってよ。いちいち君の反応を気にしてると気が滅入るだけよ。まだ少ししか話してないけれどもう周りの人達に同情してくるレベルだわ。それでいて自分は悲劇のヒロイン?渉くんがかわいそうよ。」
「和泉さん、それはあまりのも言い過ぎじゃあ。」
突然の和泉さんの豹変に驚きを隠せない。言葉がでない俺をしり目に彼女は尚も続ける。
「今日だって、彼が亡くなった責任を感じている子が立ち直れないでいるって聞いたから会いに来たのよ。渉くんのためにも笑っていこう、なんてきれいごとは正直言って好きになれないけど、これだけは言えるわ。彼は君を悲しませるために、ましてや無力感を押し付けるために君を助けたんじゃない!君が彼の人生を終わらせたなんて思い上がりもいい所よ。はっきり言って迷惑なの。このまま君の人生を渉くんが終わらせたことになんてしないで。」
渉さんのことを心底思っているからこその言葉。一見すると、俺に嫌悪感を示しているかのようにとれるが強い言葉の中に、俺は大きな優しさが見えた。事故の責任に押しつぶされそうな俺を誰よりも気遣っているからこそ、俺に負い目を与えないように気持ちをぶつけてくれた。母さんたちと同じように渉さんのためにも笑顔でいてくれと簡単に言われても俺の罪悪感はきっと消えなかった。和泉さんの冷たい本心が俺の心を温め、暖かな思いが俺の心を解きほぐしてくれた。
「俺は、俺は生きていかないといけないんだ。」
罪悪感が完全に消えたわけではない。彼女と話してむしろ俺は結局自分が助かりたかっただけだったのではと思えてくる。渉さんのこと思うふりをしていただけなのではと。いつしか流れていた涙と共に、口を開けば懺悔の言葉があふれそうだ。でも、今の俺が、これからの俺がすべきことは一つしかなかった。
「また、気持ちが分からなくなりそうならいつでも言って。説教してあげるから。一番悲しいはずの私に失礼だろってね。」
そう言い残し、和泉さんは帰っていった。
「それじゃあ、僕も帰ります。今日はありがとうございました。」
「いやいや、こちらこそごめんね。でも、良い顔になった。」
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