第2話 異世界転生のもたらす闇
今日も午前の授業をこなし、皆それぞれの疲れを感じながらも昼休みを迎えた。昼食はお弁当派か、食堂派か分かれるところだが、無論俺は食堂派だ。朝の準備を極力減らしてでも寝ていたい。しかし、クラスの体感ではお弁当派が六割程と食堂派は少数派らしい。
「ふうー。やっと午前の授業終わったー。食堂行こうぜ、秀。」
「そうだな。混まないうちに早いとこ行っとくか。」
昼休みの食堂はかなり混む。経験がある人もいるのではないだろうか。食堂派の学生が一斉に押しかけるのに加えて、食堂派と一緒にご飯を食べるお弁当派の学生たちも食堂へと足を運ぶ。そのため、早く行かないと席の確保だけでも貴重な昼休みの時間をとられてしまう。それに加えて、この学校、もっといえばこのクラスにはまた別の事情もある。
「今頃、教室はガラガラなんだろうな。」
「まあ、そうだろうな。こっちにもクラスのやつが結構来てるし。」
無事に席を確保し、昼ご飯を買おうと列に並んでいる途中、浩希が声をかけてきた。食堂を見回してみても食堂で買ったご飯を食べている学生の他に、お弁当を食べているクラスメイトだけのグループもあちこちに見かける。きっと、食堂以外にも学校中のベンチや階段、腰掛けられる場所を見つけてはクラスのやつらが昼食をとっていることだろう。
「食堂派としては正直きついよな。あんまり言えないけど。」
「そうだな。」
「おいおい、感想薄すぎるだろ。」
「いや、これは無理だろ。」
「まあな。早いとこ落ち着いてくれることを願うだけだな。」
「うーん。こればっかりはなあ。」
特段、教室での飲食禁止もしていないのにも関わらず、教室で食べずに必要もなく食堂へと押しかけているこの状況は、普通なら学校側から注意されるのだろうが、うちのクラスの場合は状況が少し、いや、かなり異なる。
一ヶ月前、クラスメイトの田中一が交通事故に遭って亡くなった。突然のことで、学校中が騒然となり、一時、学校全体の雰囲気がものすごく暗く包まれた。身近な人が不幸に遭ってしあうのは高校生の俺には初めてのことで、それはクラスメイトたちも例外ではなかった。田中くんの家族でお葬式が行われ、学校中の人が参列した。その後も学校ではもちろんその他の場所でもクラスメイトと話すのはなんとなく気が進まず、クラスでのやり取りが極端に減っていた。
それから一ヶ月経ち、教室でも談笑する声が聞こえるようになったものの皆の中にはまだ事故のことが残っている気がする。会話だけならまだしも食事をとるとなるとなんとなく敬遠してしまう。おかげで食堂が混雑することになったのだが、事情が事情ゆえ先生たちや先輩たちもあまり触れてこない。当初こそ、先生からそれとなく注意されたが、改善しないまま現在に至る。俺からしてもあの教室で食事をとる気はおこらない分、この状況について何も言う気はおきないし、自然解消するのも待つだけだ。
「いっつもラーメンばっかり食べてるよな。」
「普通にうまいし、早く食べれるからな。」
「飽きないのかよ?」
「別に、飽きないけど。」
ラーメンを買って、席に戻る途中浩希に尋ねられる。他に食べたいものの気分がないときは基本的にラーメンで満足してるんだけどな。こうして突っ込まれるが多い。そういう浩希は今日はかつ丼にしたようだ。俺としては、毎日メニューを変えると迷う時間がもったいないと思うのだけど、そこは人それぞれなのだろう。考え方の違いに関しては、俺からは理解を示しているのだから浩希にもとやかくは言われたくもないのだけども。まあ、これも会話の種ということだろうか。
いつものように談笑しながら昼食をとっているとあっという間に昼休みが終わる。睡眠欲との勝負に悩まされながらも午後の授業を乗り越え、下校の時間がやってきた。浩希はバスケ部に入っているから帰り道はいつも一人だ。ちなみに鈴は吹奏楽部に所属している。鈴に限って言えば、部活に入っていようがいまいが友達に囲まれているから俺と一緒に帰るなんて展開にはならないだろう。そう考えると浩希だって友達が多いわけだし普段、俺に付き合ってくれているのも幸せなことなのかもな。絶対に本人には言わないけど。いっそ逆に感謝してほしいくらいだという気持ちでいよう。そうしよう。固く決意し、校門を後にした。
一か月前。
俺、田中一は下校中にトラックに轢かれて死んだ。その後、女神様の下で目覚めた俺は異世界転生を果たした。退屈な現実世界から俺を救ってくれた今の使命は女神様の願いであるこの異世界を救うこと。険しい道のりだったが、もうすぐ約束を果たせる。仲間と女神様より授かった剣があればラスボスである目の前の黒いドラゴンも倒せるはずだ。
死闘の末、俺たちはもうボロボロだが、相手も同じ。無数の剣戟を受けて満身創痍のはずだ。俺の渾身の一撃をとどめにこいつを倒す。
「これで終わりだー。」
次の瞬間、俺は地面に転がっていた。何が起きた?俺の一撃がドラゴンに届く前に反撃をもらったのか?そうとしても反応できなかっただと。そんなことよりも立て直さねば……俺の剣は。
「なんだと。」
ドラゴンの攻撃のせいか俺の剣はやつをはさんで反対側にある。剣を拾うにはドラゴンを躱す必要があるが、今の俺の体力では行けるかどうか……
「俺たちに任せろ。」
「一の剣さえあればあんな奴必ず倒せる。」
「私たちが命に変えても届けてやる。」
「みんな、ダメだ。危険すぎる。みんなだってもう限界だろ?あいつの攻撃をこれ以上受けたら……」
「心配するな。お前は世界を救うことだけ考えろ。俺たちを英雄にしてくれ。」
「分かった。頼む。」
苦しい選択だがやむを得ない。俺が必ず倒すからな。
「それじゃ、いくぞ。」
一斉に駆け出した仲間たちがドラゴンとの距離を詰めていく。一歩、また一歩。大丈夫、みんなは強い。あいつに負けないはずだ。
「防御結界展開。」
「超加速、ブースト。」
タンクのブルーが敵の攻撃をひきつけ、その隙にバッファーのルビーがアタッカーのスカイにバフをかける。いつもはここから俺とスカイが決めるのが王道パターンだ。俺たちの連携なら今回も上手く行くはず。
ところが。
ドラゴンの反応速度は素早く、爪はシールドを簡単に引き裂く。そのまま仲間たちを一気になぎ倒した。
「ブルーー!ルビーー!スカイー!」
みんなが一瞬でやられた?やっとここまできたのに。こんなにも強い相手に勝つだと。そんなの、そんなの無理に決まっていたのか。俺の、所詮俺の実力では無理だったのか。そもそも俺に実力なんてもともとなかったんじゃないのか?現実でも学校になじめていなかった俺に世界を救うなんて無謀だったんだ。
忘れていた恐怖心が徐々に、確実に、鮮明になっていく。足がすくむ。体が動かせない。顔がこわばり、目からは涙がとまらない。いつのまにか俺の目の前にまで来ていたドラゴンが鋭い爪を振り上げる。
「こんな、こんな世界に来なければ……」
こんな異世界に来なければ、現実世界なら英雄になれなくても、日陰者でもせめて、生きていけたんじゃなかったのか。いや、転生した後からも冒険しない選択もできたんじゃないのか……」
俺の後悔を嘲笑うかのようにドラゴンの一撃が俺の命を刈り取った。
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