第2話 ゲームキャラが現実に来たらこうなる


 転移魔法テレポートした俺とクラエリアは、日本の俺の自宅に戻っていた。


 俺だけが持つ特別な力はゲーム知識だけではない。この日本に移動できることこそが、俺が持つ唯一無二の力だ。


 以前にも日本に戻ってきたことはあるのだが、家はそのままで残っていた。いや残っているのは当然だ。なにせ地球では時間が経っていなかったのだ。


 俺が転生してから七年経ったのだが、地球では俺が転生した日のままだった。


 部屋に飾られている時計を見てもやはり変わっていない。おそらくだが俺がゲーム世界にいる間、地球では時間が進まない。


 また逆も然りで俺たちが地球にいる間も、ゲーム世界では時間は進まないようだった。


「流石にこの恰好じゃマズイから見た目を変えないとな」


 俺はゲーム世界の金属鎧を着ているし、腰には剣までつけている。どう考えても日本だとアウトだ。


 後は金髪が腰まで伸びているのも、日本では男にしては長すぎるが……まあこれはいいや。法律上はセーフだろうし。


「え? なんでダメなの?」

「日本だと剣も鎧もアウトなんだよ。あとはお前の恰好もダメだな」

「ボクのスーパープリティな恰好がダメだって!? ダメなのはこの世界だと思うよ! この世界がボクに合わせるべきじゃないかな!」

「うるさい常識に合わせろ」

「はーい」


 エルラインのピエロ風ドレスも日本では目立ちすぎるからな。一応違法ではないが……ないよな? ピエロ禁止法とかないよな? ちなみにピエロ恐怖症はあるらしい。


 俺はタンスからTシャツとジャージを取り出すと、エルラインに向けて見せびらかす。


「こんな感じの服装じゃないとダメなんだよ。頼めるか?」

「仕方ないなあ。剛力の鬼の咆哮よ、トリックインビジブル」


 エルラインがパチンと指を鳴らすと、俺たちの着ている服がTシャツとジャージになった。


 いや正確には俺たちの衣服は実はそのままだ。俺は鎧姿で剣をつけたままで、エルラインは道化のまま。ようは幻覚魔法の類である。


 彼女の使える魔法やスキルは騙し、盗み、スキルコピー、デバフなどの相手を嫌がらせることに特化している。


 なんならスキル名まで嘘つきだ。剛力の鬼の咆哮と詠唱するのに幻覚魔法とか、ほほ笑んだ女神の恩寵と言ってデバフ魔法とか紛らわしい。


「じゃあ準備も出来たし行くぞ」

「はーい」

「あ、それと迂闊に魔法は使うなよ。この世界にはないものだから目立ってしまうし。俺の許可なしでは使わないでくれ」

「はーい」


 そうして俺たちは外に出て道路を歩きはじめたところ。


「なにあれ!? なんか変な大きいの鉄の箱が速く走ってる!」

「自動車って言うんだ」

「いま細い椅子みたいなのが通ったよ! あれは?」

「バイクだ」

「細いロープみたいなのから、水がいっぱい出てるよ。魔法?」

「魔法じゃない。水道からホースで放水してるんだ」


 クラエリアはなにか見るたびに騒いでいる。大きな声で驚くのでちょっと周囲からの視線が気になるところだ。


「!? 薄い板の中に人が入ってる!?」


 お前はテレビどころかゲームの世界から出て来てるんだけどな。


 ……なにか目をするたびに足が止まってしまうので、近道のために路地裏を通ることにした。うわ、たばこの吸い殻捨ててある……ポイ捨てダメ絶対。


 そうして薄暗い路地を抜けるとそこにあったのは……ドラッグストアだ。


「立派なガラスの扉だね! でも薄いからすぐに破られちゃうね。魔物に襲撃されたら壊されそうだけど」

「この世界に魔物なんていないし、仮にいたとしてドラッグストアは襲ってこないだろうな。ほら入るぞ」

「おお! 扉が勝手に開いた! 魔法?」

「いや電気」


 自動扉が開いたので店の中に入ると、大量の棚に色々な品が置かれている。


 薬に食べ物にシャンプーとか歯ブラシとか化粧品とか……冷静に考えるとドラッグストアって、店の売り物に対する薬の割合多くないような。


 そんなこと考えつつカゴを手に取って、野菜とかお菓子とか入れていく。


 そうして風邪薬のコーナーについた。近くでは薬剤師の名札を胸につけた女の人が、カウンターに立っているのが見えた。


「クラエリア。あそこの女の人のスキルをコピーしてくれ」

「ボク、この緑色の液体の詰まった容器が欲しいなあ」

「メロンソーダな。買ってやるから早くしてくれ」

「はーい。踊れ、燃え盛る炎よ。スキルコピー」


 ルナエリアの目が七色に輝いて薬剤師の人を睨む。これは彼女の力のひとつ、スキルコピー。


 対象の持つスキルを強化コピーする力だ。今回の場合は薬剤師の人の知識などが写される。


「クラエリア。どの薬なら姫様に効くと思う?」

「んー。待ってね。ここらへんにある風邪薬ならだいたい効くと思うよ。全部Sランクのアイテムだし」


 クラエリアは風邪薬コーナーに目を向けた。これはハッキリ言って異常すぎる。


 ディアボロス・クエストにおける最高ランクはSだ。そのSランクに該当するアイテムはエリクサーと伝説の勇者の剣とか。


「なあクラエリア。俺はあっちの世界で三日三晩ダンジョンをさ迷って、死にかけながらエリクサーを手に入れたことがあるんだが」

「ここに並んでる薬と同じ価値だね。エリクサー」

「俺の死にかけた三日間はなんだったんだ……」


 帰ったらエリクサー売り払おう。絶対そうしよう。


「もうこれでいいんじゃない? 薬見てるのつまんないし」


 クラエリアは金色の箱に入った、錠剤瓶詰めの風邪薬を俺に手渡してきた。


 試しに俺も鑑定スキルを発動してみる。


 『風邪薬』――Sランクのアイテム。風邪の類なら大半は治してしまう薬。


 ここの店に並ぶ薬は流石の日本製でどれもこれもSランクのため、結局のところなにも分からないのと同じだ。


 というか今さらなんだけど、ゲームのキャラとドラッグストアに来るとは凄いな。ディアボロス・クエストのファンが知ったら嫉妬で殺されそうだ。


 そうして他にも色々とカゴに入れてからレジで会計を済ませて、買った物を詰めるためにマジックバッグを取り出した。


 これは布製の魔法のカバンで、三十種類のアイテムを99個まで大きさ重さ関係なく詰め込める。ようは銅の剣×99、鉄の剣×99みたいな感じ。


 それにメロンソーダとか薬とか、総菜のコロッケとかインスタントおかゆとか入れていく。


 このマジックバッグはすごく便利だ。本来なら重いものを下に置くとか考えないとダメだが、これならてきとうに放り込んでいくだけでいい。


 全部詰め込んだので店から出ようとしたところ、サイレンの音が聞こえてくる。


「なになに? なにか面白いことでも起きてるの?」

「これはサイレンだ。なにかトラブルが起きた時に鳴るものだよ」


 なにか事件かなと思いつつ店の外に出ると、


「あ、火事だ」


 クラエリアが指さした先では、少し大きな民家が炎をあげて燃えていた。すでに野次馬もしっかりと集まっていて、ボヤどころの騒ぎではない。


 消防車が何台もやってきて放水を始めているが、火はなかなか消えそうもない。


「お、お母さんがまだ中に!」

「危ないから近づかないで!」


 女子高生くらいの女の子が家に近づこうとして、消防士に止められている。どうやら家の中には逃げ遅れた人がいるらしい。


 たまたま日本に戻ってきたタイミングで、非日常に遭遇するものだ。いや俺が転生したこと自体が一番非日常というか非現実的だな。


 そう思いながら路地裏に戻って、足元に魔法陣を出現させた。


「あれ? 魔法は迂闊に使わないんじゃないの? あんな人の多いところだと目立つよ?」

「人命には代えられないだろ。癒しの霧よ、降り注げ。ヒールミスト」


 魔法を発動して路地裏から顔を出すと、先ほどまで燃えていた民家は鎮火していて、代わりに紫色の濃い霧が発生していた。


 ヒールミストは癒しの霧を出す持続型の回復魔法だ。これなら火を消せる上に火傷なども治るだろう。


 もし中に残された人がすでに亡くなっていたら無理だが、生きていることを祈るしかない。


「き、霧!? なんで霧が!? しかも紫!?」

「まさか毒ガス……!?」

「お母さん! あの霧ってディアボロス・クエストのヒールミストだよ! ボク知ってる!」

「そんなわけないでしょ! ほら危ないから離れるわよ!」


 おっと、ヒールミストを見て野次馬も騒ぎ始めている……ゲームの魔法だから日本で知ってる者もいるのか。


 まあいい。仮にディアボロス・クエストの魔法を見せたところで、不思議な自然現象と思われるだろう。


 流石にゲーム世界が本当に存在するなんて思う奴はいないはずだ。それに理不尽に死ぬ人が出るのに比べれば大した問題ではない。


 そうして俺たちは元の世界に戻った。

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