第1話『蝶の誕生』3

 日は沈み、ランプが優しく照らす寝室。アマティスとオルガナとゼノはベッドで寝転びくつろいでいた。アマティスは両脇に抱く様にして二人の頭を撫でる。

二人ともよっぽど疲れが溜まっていたのね。

アマティスの温もりに包まれて二人は安らかな表情を浮かべ寝ていた。

——トントン。

窓からノックする音が聞こえ、頭上の窓を見るとマーブが立っている。アマティスはマーブに向かって頷くと、二人を起こさないようにゆっくりと慎重にベッドを離れる。

「おやすみなさい」

アマティスは可愛い寝顔を見ながら微笑むとブランケットを二人にかけた。

そして、ランプを消すと部屋を後にする。

 アマティスは階段を降りて、一階に向かうとマーブが円卓の中心で待っている。

「お待たせ」

マーブは翼をはためかせると首を傾げる。

<二人の様子はどうだ?>

マーブは低く、安らぎを感じる様な深みのある声でアマティスに語りかける。

「今まで気を張り詰めていたから、かなり疲れていたみたいね。でも体に二人とも異常は無いわ」

ホッとするようにマーブはため息を吐く。

<良かった。あの二人がこの先の未来を変える唯一の鍵だからな>

マーブの一言にアマティスは憂いのある表情を浮かべる。

「あの子たちに託されたものは余りにも重い……」

<だからこそ、俺らと居る間は幸せに過ごせるようにしないとな>

「ええ、そうね……」

アマティスは席に着くと羽ペンを使って手紙を書き始める。

<ヤツが協力すると思うか?>

「何事もまずは信じることからですよ。私は彼を信じています。あと、早く届けないと彼は……」

マーブに向かって優しく微笑むと、手紙を封筒に入れ、赤い封蝋印で封をする。

「じゃあ、お願いね」

手紙を差し出すアマティスに翼を広げながらため息を吐く。

<しゃあねぇ。チャチャっと手紙を届けてくるか>

マーブは手紙を咥えると、窓から飛び立った。


 村の奥には海がある。そして、海には赤い大きな灯台があり、そこにブーワンは住んでいる。ブーワンは怪物が村へ入ってこないかの監視をしながら、今日起こったことを振り返り、自分の無力さに嫌気をさしていた。

右手に持った空のコップからは強いアルコールの匂いが立ち込めている。

——カチャッ。

ブーワンは自身の首に掛けたロケットペンダントを開けると写真を見ながら涙を見せる。

写真には今は亡き妻のユーファと抱き抱えられた赤ん坊が写っている。

ユーファ、俺はこれでいいのだろうか。お前が居ないと何にも希望が持てない……。

そして、ロケットペンダントをぎゅっと握りしめると蹲り、啜り泣いた。

頭の中はもう戻ってこない大切な者への思いからの虚無感で埋め尽くされていた。

「俺にはユーファの居ないこの世界で生きている意味を見出せない」

ブーワンは腰についたナイフを見つめる。

いっその事、ここで楽になる……。

頭の中で解放されたいという悲痛の思いが木霊する。

会いたい……。

ブーワンがナイフを抜いて喉に向けたその時だった。

——コンコン。

窓から何かが突く音が聞こえる。目に光が無いブーワンは反射的に音の方を見る。

「アマティス様?」

窓の外には黄色い温かなオーラに包まれたアマティスの姿があった。

ブーワンは首に向けたナイフを咄嗟に下ろす。すると、ブーワンの目に映るアマティスはマーブの姿になり、口に咥えた手紙から温かな黄色いオーラが出ていた。

ナイフをその場に落としてブーワンは窓に向かう。

「手紙だと?」

窓を開けると、マーブは手紙を差し出した。恐る恐るオーラを放つ手紙を受け取る。

そして、封を解いて手紙を開いた瞬間、ブーワンの体に黄色いオーラが吸収される。

「!?」

ブーワンの脳内に手紙の内容がアマティスの声で流れてくる。

『ブーワン。貴方はそこで死ぬ様な方ではありません。自ら命を断つということは自ら自身に負けるという愚かな行為です。自分自身の心に呑まれないでください。貴方には多くの民を守るという、自身に誓った目的がある筈です』

崩れるようにその場で涙を流しながら座り込むと自身が何故、保安官になったことを思い出した。

ブーワンは幼少期、とあるヒーローの物語が好きだった。

それは、自身の父フラガの話……。

 

 フラガは光文明と闇文明に並ぶためにかつて栄えた火文明、水文明、金文明、土文明、木文明の五つの国の同盟国で名誉軍人だった。

しかし、元々五つの国は覇権争いで頻繁に戦争を行っていたため、民同士の争いは合併した後でも絶えなかった。

その中でフラガは一人でも多くの民を守るために人生を注いでいた。

愛する息子が暮らす世は戦争で家族を失うような世界にしてはいけない。

その一心でフラガは日々、争いから人命を救う。

フラガこう思い立ったのには大きな理由がある。

それは、戦争で妻が出産のために入院していた病院に空爆が落とされたのだ。

奇跡的に赤ん坊のブーワンは別の病室に居たので奇跡的に助かったが、妻は崩れた天上の瓦礫の下敷きになって即死だった……。

 瓦礫から流れ出る血を見て、我が子を抱きかかえながらフラガは膝から崩れる。

放心したフラガの頬には涙が溢れ出る。

——ほんぎゃぁ!

腕から聞こえる我が子の泣き声で正気を戻すフラガは立ち上がる。

そして、我が子の命を守るために病院を後にした。

 あの記憶から七年……。

フラガはたとえ元敵国の民だとしても救出しては施設で温かく向い入れ、新たな仲間として国に馴染める様に率先して協力していた。

そう、元敵であろうとも一人の人であると考えていたから。

この人たちにも守りたい者がきっといる!

そう思うと放ってはいられなかった。

幼いブーワンはフラガが帰って来るたびに自分に話をしてくれる時間が好きだった。

他の軍人はどれだけの名誉を得たかなどの自慢をしている中で自分の父はどうすればより多くの人が幸せになれるかを考えている。

そんな優しい父の背中を見るのが誇らしかった。

そして、長年続けた甲斐があってフラガの行動は多くの民の心を掴み、かつてはいがみ合っていた多くの民が心を開いて施設のある街では平和な日々が訪れた。


 しかし、同盟国は長くは続かなかった。やはり、五つの国の王たちの覇権争いが起こってしまった。

民たちは困惑した。折角親しみあった人々を再び殺すのかと。

フラガはそんな民の声を国王たちに通すため、多くの民を引き連れてデモ隊を設立し、国会の前で毎日抗議運動をした。

来る日も来る日も……。幼きブーワンも父の隣で手を繋ぎ、活動に率先して参加する。

——バァアン!

一発の鈍い銃声が響き渡る。その瞬間、繋いでいた父の手から力が無くなった。

フラガは頭を撃ち抜かれて即死だった。

「パパァァァァ!」

ブーワンは倒れたフラガの亡骸に力いっぱい抱きつき泣き崩れる。

撃ったのはデモを良く思わなかったどこかの国王の雇った暗殺者が行ったものだった。

そして、フラガが死んだことによる内乱を図っていたのだ。

しかし、内乱は起こらなかった。

 フラガの死は瞬く間に同盟国全土に広がり、民たちだけが行っていたデモは兵たちも参加した。

その結果、五つの国の王は戦争を止め、再び五つの国に分かれるという和解を選んだ。

フラガは自分の命と引き換えに大きな戦争を暴力という手段を使わず未然に防いだのだ。

その後、ブーワンは大人になると父と同じ軍人になった。

それは、父の目指した平和な世に自分が心底惚れ込んでいたから。

今度こそ叶えてみせる。

ブーワンもかつての父のように民を救う活動を行う。

そんなブーワンに心打たれて同じ軍人だったユーファは恋に落ちた。

二人は一人でも多くの民を守るため、救助隊に入る。

 時は流れ、二人には子供が出来てブーワンとユーファは幸せで包まれていた。

「俺、本当にお前と結婚して良かった」

ユーファは照れくさそうにブーワンを見つめると笑みを溢す。

「そう言えば、俺のどこに惹かれたんだ?」

ユーファは顔を赤らめて顔を逸らす。

「みんなのために出来る事を精一杯やっているところよ」

再びブーワンに視線を戻すと俯きながら答えた。

「貴方は困っている人を決して見捨てなかったわ。かつての戦場で貴方と初めて会った時もそうだった。私が敵兵に囲まれて絶体絶命の時、貴方だけが見捨てず、一人だけで助けに来てくれた。自分が死ぬかもしれないのに。そんな姿に惚れたのよ」

ユーファの答えに照れるとブーワンも同じ様に俯く。

「俺、これからもお前たちの事を守り続けるよ」

「うん」

ユーファはブーワンに優しく頷いた。


 しかし、光文明と闇文明の戦争が起こり、平和な日常は崩れ去った。ブーワンは徴兵で軍に強制出向させられた。

そして、戦地にパンドラが現れて世界は闇に包まれた。


 命からがら生還したブーワンが家に戻ると、そこは焼け野原で、家があった場所には赤ん坊を守る様に覆い被さる二人の白骨化した亡骸があった。

ブーワンは直ぐにそれが妻だと気が付く。何故なら亡骸の首には自分の首についているのと同じロケットペンダントが付いていたからだ。

「うわぁぁぁぁぁぁあ」

ブーワンは喉から血が出るまで二人の亡骸を抱きながら叫んだ。自分を突き動かす原動力の二人を一気に失ってしまった。

その喪失感にとても耐えることは出来なかった。

ブーワンは二人の墓を立てると生きる屍の様にその場で座り込んだ。

 それから三日程経った日だった。

ブーワンは痩せ細り、ただただ自分に訪れる死を待っていた。

「助けてぇ!」

ブーワンの背後から女性の叫び声が聞こえる。その声にブーワンは思考ではなく感覚的に反応して立ち上がっていた。女性は男に襲われ、今にも犯されそうになっている。

「このクソアマ! 大人しくしろ!」

気付くとブーワンは男の側頭部を角材で殴っていた。男は気絶してその場で倒れ込む。

「畜生……」

ブーワンは角材をその場に落とすと、自身が目の前で襲われている人を放って置けない事実に気付き涙を流していた。

「ありがとうございます」

声の方を向くと女性は安心感からブーワンに力いっぱい抱きつく。女性の体は恐怖心から小刻みに震え、頬には涙が流れていた。

ブーワンはロケットペンダントを力いっぱい握りしめると女性を抱きしめた。

「もう安心してください。近くの集落まで護衛します。私は兵隊です」

気付くと自身が怯える市民に対して父が言うセリフを言っていた。

俺は一体何をしているんだ。

ブーワンは振り向き、妻と我が子の墓を見つめる。

俺は俺が出来る事を精一杯やるよ。お前が愛してくれた時の様に。

二人は荒れ果てた地を生き抜くために歩き出す。


 ブーワンは自身の目的を思い出し、泣きながら手紙の続きを読む。

『貴方にはこの先に起こるであろう可能性と唯一、元の世界を取り戻す可能性ついて話します。私は貴方を信じています。もし、貴方も私を信じるなら今夜、十一時に泉の前に来てください』

目を丸くして唖然とすると、壁に掛かった時計を確認する。

時刻は十時半を指していた。

急いで装備を整えて準備を始めると、ブーワンはドアを飛び出る。

マーブは窓から外に出るとブーワンを先導するように頭上を飛ぶ。

この世界を元に戻す可能性が本当にあるのなら……。

ロケットペンダントをギュッと握りしめるとマーブと共に走って森に入り、泉へ向かった。


To Be Continued...

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