『光の蝶』

第1話『蝶の誕生』２

　晴れ晴れとした空。木々が生い茂り、鹿や美しい鳥などの野生動物が道で顔を出している。

動物たちの視線は、聖女に抱っこされたオルガナと後ろを歩くゼノに向いていた。

聖女は動物たちに向かって頷く。すると、動物たちはそっと森に戻っていく。ゼノは動物たちを見つめる。

「ここには滅多に人が来ないから見に来たのよ」

「敵か？」

姿勢を低くして警戒態勢に入るゼノを見ながら声を出して笑う聖女。

「ここに敵は居ないわよ。動物たちは皆、私の友達。安心して良いわ」

聖女は振り向くと周囲を警戒するゼノに対して優しく微笑む。

「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私の名前はアマティス。これからよろしくね、ゼノ」

再び歩き出すアマティスをじっとゼノは見つめて立ち尽くした。

アマティス……。

本当にこんな俺らの事を育てるつもりなのか？

今まで人々から避けられていたゼノには俄（にわ）かに信じがたかった。

同時に咄嗟（とっさ）にゼノはハッとして脳内にとある疑問が浮かぶ。

「何で名前を知っているかって？」

アマティスの一言でドキッとする。

俺は口に出していないという更なる疑問。それと、久しぶりに妹以外の存在から名前を呼ばれた事に心地よさを感じていた。

　アマティスは振り向くことなくゼノの疑問に淡々と答え始める。

「名前を知っていたのと疑問を言い当てたのは私の能力。ゼノが紫の力を使えるのと同じように私にも特殊な能力があるのよ」

ゼノは自身の手を見ると複雑な表情を浮かべる。

オルガナはアマティスの腕の中で振り向くとゼノ表情から幼いながらに気持ちを感じ取って俯く。

こんな能力のせいで俺たちは……。

ゼノには自分の能力は呪いでしかなかった。この能力のせいで人々に嫌われ、まるで世界全体が敵のように感じていた。

そんなゼノとオルガナにアマティスは一種の答えを出した。

「貴方たちの能力は決して呪いなんかじゃないのよ。だって、能力はどうやって使うかで意味を変えるでしょ」

ゼノは目を見開いて佇んだ。

そして、アマティスが飛び込んで自分を止めてくれたことの意味を理解する。

「貴方たちなら正しい使い方が出来るよ」

アマティスはオルガナに向かってニコッと微笑む。

オルガナは晴天のような笑顔を浮かべるとアマティスに頷いた。

　森を抜けると、ポツンと煉瓦（れんが）で出来た一軒家が見える。家の前には白いベンチがあり、そこにはカラスが一羽寝転がって、気持ち良さそうに日光浴をしている。

ゼノとオルガナは目の前に広がる平和な景色に呆気に取られていた。

「今日から此処が貴方たちの家」

家を見ながら目をキラキラさせるゼノとオルガナ。

「俺らに家……」

ゼノとオルガナには今まで生きてきて、安らげる場所なんて存在しなかった。

目の前にある平和な光景で自分たちがこれから暮らせる。そう思うとオルガナは自然に口角が上がっていた。

ニコッとオルガナが嬉しそうに笑みをゼノに向かって溢すと、ゼノもオルガナに向かって微笑む。

「よし！　まずは、君たち二人の応急処置を済ませちゃいましょう」

すると、オルガナをベンチにそっと寝かせる。カラスはすくっと立ち上がるとオルガナをじっと見つめる。

「彼の名前はマーブよ。仲良くしてね」

オルガナもマーブを見ると足が三本あることに気が付く。

珍しい鳥さん……。

マーブに見惚れているとアマティスが腕まくりをして、オルガナに手を向ける。

「じゃあ、治療を始めるわよ」

アマティスの手が緑色に光り始めるとオルガナは見たことのない魔法に怯える。

「大丈夫！　今から傷を治療するだけよ」

アマティスは説明するが、それでもオルガナは蹲ってしまう。

すると、マーブはオルガナの顔の前に立つと、アマティスが見えないように顔を優しく翼で覆うように包み込む。

「ありがとう」

すかさずアマティスはオルガナの体全体に向かってエメラルドグリーンの光を照射する。

「！？」

オルガナの全身を春風の様な優しい感覚が包む。

そして、同時に温もりに似た安心感があった。体全体にあった傷口はあっという間に消えて、最後に流血していた頭の傷が完全に塞がる。

治療が終わり、マーブが退くと疲れからいびきをかいているオルガナの可愛い寝顔が現れる。

「相当疲れていたのね」

ぐっすり寝ているオルガナをそっと持ち上げる。

「ドアを開けてもらえる？」

ゼノは家のドアを開けると、傷があっという間に塞がったオルガナを見て安堵（あんど）の表情を浮かべた。

「ベッドにこの子寝かせたら次は貴方よ」

そう言うとオルガナをベッドに寝かせつかると温かい毛布をオルガナに被せる。

ゼノはアマティスの後ろ姿に見惚れて、ぼーっとその場で立ち尽くした。

　ゼノも外のベンチに座り、アマティスが治療を始める。マーブはベンチの手すりでじっとゼノの顔を伺っている。

「……」

ゼノは照れくさそうにアマティスから顔を反らす。

「ここまで良く頑張ったね！　身を挺（てい）して妹を助ける貴方は立派よ」

「俺にはアイツ（・・・）しか居ないからな」

俯きながら物悲しそうにボソッと答える姿から、アマティスは直ぐにゼノが求めている存在が分かってしまった。

それは自身に対して愛情を注ぎ、守ってくれる存在……。つまり親だ。

アマティスはぎゅっとゼノを抱きしめる。

生まれながらにして先祖の業を背負う二人の境遇は辛過ぎ、ゼノになんて言ってあげれば良いのか分からなかった。

「！？」

いきなり抱きしめられて、ゼノは頬を一気に赤らめる。

ゼノがどうして良いかわからずに硬直していると、耳元からアマティスのすすり泣く音が聴こえる。

「辛かったね」

涙声でアマティスはゼノに囁きながらゼノの頭を撫でる。

その途端、ゼノの気の張りがほどけて、ゼノの眼に涙がたまるが流さまいと歯を食いしばる。

それは、今までの生活で妹を守るためにも弱いところを見せることが物理的に許されなかったからだ。

「もう、辛かったら泣いても良いのよ。此処には貴方を責める存在は居ないわ」

ゼノはこの言葉でいままで張りつめていた緊張と知らない先祖による恨みと妹を守らなければいけないという責任から解放された気がした。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

顔をくしゃくしゃにしてゼノは大泣きした。

　治療が終わり、ゼノの傷が綺麗になると隣にいたマーブが春風に合わせて飛び立つ。

ゼノは飛び立ったマーブを目で追いかける。

「あの黒い鳥、俺の事を見守っていたのか」

アマティスは優しく微笑む。

「そうよ。だって、彼からしたら此処で暮らす新たに増えた家族ですもの」

「家族……」

「ええ。もう貴方たちは私たちの家族。困ったことがあったらいつでも私を頼っていいよ。もう一人で背負い込まないでね」

ゼノはアマティスに向かって嬉しそうに微笑み返すと、ゆっくり頷いた。

「あと、一つだけ言っておかなければいけない事があるの」

ゼノの目を真剣な眼差しで見つめる。

「忘れないで。貴方の力は強大よ。本当に必要な時にしか、力は使ってはダメ」

アマティスは家の窓から寝ているオルガナを見つめた。それに続いてゼノもオルガナを見る。

「その力は貴方の大切な者を守るために使いなさい」

アマティスをゼノは真剣な眼差しで見つめる。

「分かった」

アマティスは微笑むとゼノの頭を撫でた。

——ぐぅぅぅぅ。

腹が鳴り、顔を赤くするゼノ。

「きっと安心してお腹空いたのね」

アマティスは立ち上がると、ゼノに手を差し伸べる。

「何か作るよ」

「うん」

ゼノはアマティスの手を取ると二人は部屋に入っていく。

×　　×　　×

　アマティスが呪われた二人を育てている。

この情報はあっという間に村長のクルスの耳に入った。

　大きなシャンデリアが輝く大きな部屋。壁には宝石や高そうな絵画などが飾られている。そんな部屋の大きな机の前で、王族が座るような立派な椅子に踏ん反り返って座りながらワインを飲むクルス。

そして、クルスの前には怯えながら立っているブーワンの姿がある。

「チッ……あの忌々しいガキ共の面倒を見るとは。あの女には今まで好き勝手にやらせておいたが、今回ばかりはちと痛い目にあって貰わないとな」

クルスは顔を歪めながらグラスを握る。そして、グラスをブーワンの顔に目掛けて思いっきり投げつける。

——バリンッ！

「うっ……」

グラスはブーワンの額に命中し、額から血を流す。

「この愚か者め！　もしも、あのガキ共に何かあってあの（・・）方（・）に目を付けられでもしたらどうするんだ！　そんなことにでもなったら、お前はこの村から追放だ！」

額を地面につけて土下座をするブーワン。その地面に着けた表情は怒りを無理やり押し殺し、歯を食いしばっている。

「誠に申し訳ございませんでした」

クルスはゆっくりと土下座をするブーワンに近寄ると、上から背中を足で踏みつける。

「誰のお陰でお前は豊かな暮らしが出来ていると思っている？」

「クルス様のお陰です……」

更に強く今度は頭を踏む。

「ぐはっ」

その衝撃でブーワンの額から更に血が流れる。

「声が小さいんだよ。誰のお陰だ？」

「クルス様のお陰です！」

腹から声をブーワンが出すと頭を踏むのを止め、椅子にクルスは戻る。

「村人たちに伝えよ。あの女に物を売るな。そして、これから一切の関わりを持つことを禁じる」

クルスの一言に目を丸くして顔を上げるブーワン。

「では、毎週行われているミサはどうするのですか？」

「誰が顔を上げて良いと言った！」

クルスが声を荒げると急いで頭をブーワンは下げる。

「でも、ミサは傷ついた皆の心を唯一癒すものです。それだけは……」

「うるさい！　そんな事知るか。私に危機が迫るかも知れなかったのだぞ！」

「しかし、民たちは疲弊しています。どうか、お慈悲を」

「まだ言うか！　お前を見せしめに殺しても良いのだぞ！　誰が収めているからこの村が無事で済んでいるとも思っている！　そう、このワシだ！　分かったらさっさと村に戻り伝えよ！」

「分かりました……」

ブーワンは立ち上がると、ドアに向かって歩く。

「失礼しました」

ドアを開けてその場を後にするブーワン。

「全く使えん保安官だ。しかし、早いうちにあの女をどうかしないと」

　ドアの前で歯を食いしばり、打ちひしがれるブーワン。その顔には悔しさから涙が流れていた。

ブーワンはクルスの傍若無人な態度に何一つ返すことが出来ず、民の気持ちも通す事が出来ない無力な自分を責めた。

×　　×　　×

To Be Continued...