『光の蝶』

髙橋彼方

第一章『蝶の誕生』

『蝶の誕生』1

◆プロローグ


 遠い昔、人類は大きく五つの属性文明に分かれていた。

その中でも強大な、精神世界を重んじる光文明フォースと、科学による人類の進化を重んじる闇文明スコタ―が長年いがみ合い争っていた。

 そんなある時、光文明は光の力を増大させるため、人工的に作られた光を生み出すことが出来る少女。闇文明は光を吸収しエネルギーを生み出す人工知能兵器を生み出した。

 少女は全ての希望という意味を込めて、名前はパン(pan)と名付けられた。

 人工知能兵器には知恵の結晶という意味でドーラ―(dora)と名付けられた。


 この世界では[球の書]という文書が存在し、その中にある言い伝えが信じられていた。

 文書には[光を生み出す者と知恵の結晶が調和する時、人類は叡智を手にするだろう]と記載されていた。

 両文明はこれこそ天の教えだと信じ、これを取り合う光文明と闇文明の魔術戦争が起こった。

 戦いは闇文明が優勢となり、光文明は闇文明にパンを奪われてしまった。

 そして、闇文明はパンとドーラ―を融合させた。

 だが、人類の力に対する底知れない欲を目にしたことによって、穢れてしまったパンがドーラ―に触れて合体した。

 パンとドーラが紫の光を放つと、闇の煙が辺りを覆いつくした。

 すると、煙に触れた闇文明の兵たちが、醜い化け物に変貌していった。

 光文明は、化け物に変貌した闇文明の兵たちによって滅ぼされた。

 その後、兵たちは融合して、闇の化身に変貌したパンドラの僕となり、暗黒の時代が始まった。


 そんな暗黒時代を終わらせるため、唯一光の力を受け継いだ戦士が体験した、激動の人生を描いた物語である……。



◆第一章「蝶の誕生」



 オルガナは王冠姿で白の綺麗な召し物を着て、石碑の前でたたずむと、凛々しい表情で眺める。

 聖域には太陽の光が差し込んで、石碑には七人の石工職人が文字と絵を掘っていた。

 オルガナは石碑を見つめて、感慨深い表情を浮かべている。


 この物語は後世に残さなければならない。

 何故、人間は人にならなければいけないのか。何故、光と闇が存在するのか。

 この世で繰り返される事の意味を、この先に生まれて来る者たちに私たちが残さなくてはならない。

 次の世代の人々が私たちのように、いつか辿り着くために……。


 石碑を見ながら、オルガナは心の中で呟いた。


——ゴゴゴゴゴゴォ。


 聖域は音を立てて揺れ、天井から砂煙が落ちてきた。。


「もしや、外に出てきたのか!」


 一人の石工職人の一言で、辺りにいた他の職人たちは、顔を青くして動揺し始めた。

 そして、一同は一斉にオルガナへ助けを求めて見つめた。

 オルガナは微笑むと、優しく職人たちに頷く。


「行ってくる」


 一同は安堵の表情を浮かべると、オルガナに向かって頷いた。

 オルガナは石造りの巨大な門を見つめて、深く深呼吸をする。

 ため息を吐くと、オルガナは決心を決めて、聖域の出口に向かった。この世代、最後の決着のために……。




[ニ年前]




 日差しが暖かくて、鳥がさえずる喉かな真昼。

 オルガナは空を見上げながら、川の土手で寝転んでいる。

 青空をしばらく見ると、子供たちが川の近くで楽しそうに、土手を走り回るのを穏やかな視線で眺める。


——ビュゥゥゥッ。


 風が吹くと、オルガナは右腕の古傷から来る、ズキズキとした痛みで顔が歪む。


「チッ」


 オルガナは舌打ちをすると、自分の右腕を見つめる。

 右腕は銀色に輝く、無骨な甲冑の様な義手で、オルガナの顔が歪んで写っていた。

 自身の顔を見た途端、オルガナの脳内では漆黒の女性に男の子が連れていかれるのを、何も出来ずにうずくまる幼少の時の記憶がフラッシュバックしていた。


 また、嫌なもん思い出しちまった。


 オルガナは自身の腰に装備している、直剣のグリップを左手で力強く握る。


「いけねぇ」


 無理やり口角を上げると、義手を太陽に向かって伸ばす。


 もっと強くなってやる! もう誰も失わないために。


 オルガナは心の中で強く誓うと、義手を強く握る。

 

——ザッザッザッ……。


 足音が聴こえて音がする方を見ると、茶色いフードローブ姿の男が土手に向かって来た。

 あまり客人が来ない村という事もあって、オルガナは立ち上がると興味深そうに男を見る。

 男はオルガナの前に立つと、笑みを浮かべて訪ねてきた。


「村長はどこだ?」

「あぁ。そこの村で一番大きい家に居ると思うぞ」


 オルガナは土手の下にある、赤煉瓦で出来た大きな家を指さす。


「ありがとう……」


 男が家に向かって歩き出すと、オルガナは男を注意深く見つめる。


「村長に何の用だ?」


 オルガナはそっと直剣のグリップに義手を掛けて尋ねる。


「帰ってきたことを報告しに行く」

「この村の出身か?」

「まぁな。アンタも此処の出身か?」


 オルガナは男に向かって顔を横に振る。


「いや、俺は移住してきたんだ。此処で衛兵をやっている」


 男はオルガナの姿を下から上へ眺めた。


「衛兵は一人か?」

「いや、他にもいる」


 男への警戒心から、オルガナは正確な人数を言わなかった。


「なるほど。アンタたちが居てくれたお陰で村が無事だったみたいだな」


 男は土手の下にある、村人の活気にあふれた美しい村を見渡すと、満面の笑みを浮かべた。


「俺の名はイスルだ。村を守ってくれてありがとう」


 そう言うとオルガナに左手を差し出した。

 男の気遣いに気付いたオルガナも手を差し出して、二人はぎゅっと硬い握手をする。


「俺も付いてって良いか?」


 オルガナは探るように、男の目を見ながら訪ねる。


「分かった」


 男が返事するとオルガナは手を放す。

 そして、二人は土手を降りると、村長の家に向かった。



 男が家の前に辿り着くと、ドアを男はじっと見つめていた。

 その姿を後方で見ながらオルガナは、いつでも直剣が抜けるように義手でグリップをしっかり握る。


——ドンドン!


 男がドアをノックすると、家の中から足音が聴こえて、音が近寄ってきた。


「はーい」


 ドアの向こう側から声が聞こえると、ゆっくり開いてアルケ村長が出て来た。

 笑顔で迎えるアルケ村長は、男の顔を見るなり目を見開いて、驚きを隠せない表情を浮かべた。


「イスルか……」


 イスルは涙目になり、笑みをこぼした。


「ただいま……」


 アルケ村長は口をポカンと開けると、涙を流し喜んだ。

 そんな二人の反応を確認すると、そっとオルガナはグリップから手を放す。


「イスルが帰ってきたぞぉぉぉ!」


 アルケ村長が大声で叫ぶと、その声で村人たちがぞろぞろと集まって来た。


「イスルだって?」

「あいつはたしか、三年前に……」


 村人たちは唖然としながらイスルを見つめていた。

 アルケ村長はイスルの両肩を握りしめて微笑みかけた。


「よく戻ってきてくれた! 今日は宴会だ!」

「村長、イスルは何者なんだ?」


 アルケ村長は満面の笑みを向けて、オルガナに答えた。


「コイツはワシの孫です! 怪物たちに連れ去らわれたので、てっきりもう……」


 アルケ村長は嬉しさのあまり、目に涙を浮かべた。

 オルガナはあまりの衝撃に目を見開く。

 それは、今まで怪物に連れ去られた者が、生きていたなんて事例を聞いたこともなかったからだった。


 もしかして、兄貴も……。


 オルガナは希望に満ちた明るい表情を浮かべて、急いでイスルへ駆け寄る。


「なあ! 連れ去らわれた後の話、詳しく聞かせてくれないか?」


 キラキラした眼をさせるオルガナに、イスルは申し訳なさそうに答えた。


「すみません。今は疲れていて……後にしてくれませんか?」


 イスルがアルケ村長と同じように敬語を使った途端、オルガナは深呼吸をして冷静になる。


「分かった……」


 残念そうな表情を浮かべると、嬉しそうな村長や村人の邪魔にならないようにその場を後にする。



 村人たちは宴会の準備を始めて、気付けばすっかり日が落ちていた。

 綺麗な服に着替えたイスルは、宴会が行われるテントに向かって歩いていた。


「おう! よく休めたか?」


 オルガナが大きく手を振ると、イスルは微笑んで会釈を返した。


「じゃあ飯食いながら話聞かせてくれ!」


 オルガナはイスルの肩に手を回した。


「は、はい」


 困惑しながら答えるイスルに対して、オルガナは満面の笑みを浮かべる。



 村の中央広場では幾つもの大きなテントが設置されて、中ではイスルが帰ってきたことを祝う宴会が始まっていた。

 その中でも一番大きなテントが張られた円卓に、休養をとったイスルとオルガナが入って行った。

 テントには既に、オルガナの師であるマルコフとアルケ村長が立っていた。

 マルコフは紫色のエナンを着ていて、背中には鍵のような形をした矢尻が付いた黄金の槍を背負っていた。

 

「よう!」


 二人に向かってオルガナは、陽気に義手を挙げて手を振り挨拶をする。


「おい! 村長に向かってもう少し敬意を払え」


——ゴンッ!


 マルコフはオルガナに向かって拳骨を振り下ろした。


「痛ってぇ……」


 オルガナは涙目になって、頭をスリスリと撫で回す。


「お前がこの先、生き抜くためにも礼儀は必要な作法だ」


 オルガナは渋々、アルケ村長を見ると挨拶をしなおす。


「こんばんは。村長さん」

「全然気にしなくて良いんですよ」


 村長はオルガナとマルコフに向かって微笑みかけた。


「では皆さん、座ってください」


 イスルを中心に左隣にアルケ村長、右隣にマルコフとオルガナが座った。

 円卓には次々に村の主婦たちが作った手料理が運ばれて来る。

 そして、オルガナの目の前に大きな鳥の丸焼きが置かれると、幼子の様な眼差しで目を光らせる。


「なあ! これ食って良いか!?」


 オルガナは前のめりになると、よだれを垂らしながらアルケ村長を見つめる。


「おい! はしたないぞ!」


 マルコフがオルガナを叱りつけると、オルガナはしかめっ面になる。


「だって、もう腹減っちまってよ……」


——ぐぅぅぅぅ。


 オルガナの腹が大きく鳴ると、マルコフが顔を赤くして恥ずかしそうに俯いた。


「ハハハハハ!」


 オルガナを見ながらアルケ村長は豪快な大笑いをした。


「すみません……」


 マルコフが謝ると、アルケ村長は顔の前で手を大きく振った。


「良いんですよ! 腹が減るのは健康の証拠です」


 オルガナは村長の反応を見ると、満面の笑みを浮かべる。


「よっしゃ! いただきます!」


 手を合わせて、食材に対しての感謝を言うと、オルガナは丸焼きにかぶりつく。 すると、口いっぱいに広がる肉汁に幸せそうな表情を浮かべて、夢中で食べ始める。


「おいおい……お前の宴会じゃないんだから少しは遠慮しろよ」


 オルガナは口いっぱいに鶏肉を詰め込むと、まるでハムスターのように頬が膨れている。


「〇*+?¥#$!」

「口の物が無くなってから喋ろよ!」


 オルガナを見て微笑むイスルに、アルケ村長は笑顔を向けた。


「本当によく生きていたな!」

「ああ。三年前、怪物たちに連れ去られた時はどうなることかと思ったよ」


 マルコフは嬉しそうに話すイスルを眺めていた。


「他の連れ去らわれた村の人たちは?」


 マルコフの一言で、イスルは悲しそうに俯いた。


「ほとんどが死んでしまいました。生き残りは居ても、化け物になってしまった。 ここまで逃げて来られたのは俺だけです……」

「そうか……すまない」


 申し訳なさそうにマルコフが謝ると、イスルは首を横に振った。


「いえ、あの方・・・が居なかったら、きっと俺も怪物になっていたでしょう……こうやってみんなに再会出来て本当に良かった」


 オルガナは口に入った鶏肉を一気に飲み込むと、嬉しそうに俯いたイスルの方を見る。


「あの方?」


 イスルはオルガナの顔を見ながら笑みを浮かべた。


「はい! ゼノ・・という方が討伐軍を率いて、囚われていた私たちを解放してくださったのです!」


 オルガナとマルコフは目を見開いて、唖然としていた。


「あの方が居なかったら、私は再び村のみんなとこうして食事することは二度と出来なかったでしょう。本当に感謝してもしきれません」


——バンッ。


 オルガナは机に手をついて立ち上がると、顔を近づけてイスルに迫る。


「そいつの名前はゼノ=ルシナ=テールだったか!?」

「は、はい。そのような名前だった筈です!」


 義手の拳を強く握りしめると、歯を食いしばりながら笑みを浮かべる。


「ゼノが生きてる……」


 嬉しさのあまり興奮を抑えきれないオルガナのことを、マルコフはじっと見つめていた。


「ゼノは今どこにいる!」

「確か……ここから数キロ離れたアトロスク荒野の奥地にある基地に居ます。ですが、明日の朝には移動すると言っていました」

「じゃあ早く合流しないと……」

「オルガナさんとゼノさんはお知り合いなんですか?」


 冷静さを取り戻すために、オルガナは深く深呼吸する。


「俺の兄貴なんだ。七年前にパンドラが連れ去った……」


 オルガナの言葉に、イスルとアルケ村長は目を見開いた。


「何たる偶然! まさか命の恩人の妹さんが俺の故郷に居るなんて!」


 マルコフは驚いた様子で俯いた。

 それは、パンドラに連れて行かれたゼノが、七年の時が経って居ると考えると正気であるとは到底考えられなかったからだ。


 まさか、あの子が生きていたなんて……。でも、もしそうだとしたら!


 マルコフは立ち上がるとイスルに近寄って、額に向かって手を伸ばした。


「すまないが確認させてもらう」


 額に触れると、マルコフの手のひらが黄色く発光した。


「えっ、なんだ!」


 イスルは手のひらの光が消えると、マルコフを心配そうに見つめた。


 魔術の形跡は無いか……。


 マルコフはイスルの顔を注意深く見た。


「すまない。考え過ぎだったみたいだ」


 険しい表情のマルコフをオルガナが見つめる。


「今からゼノの所に向かおう!」

「ああ。彼が仲間に加わってくれたら大きな戦力になる」


 マルコフの一言でオルガナの表情が曇る。


「五年前のこと忘れた訳じゃねぇよな?」

「忘れる訳がない……」


 マルコフが気まずそうに顔を反らすと、オルガナは睨みつける。


「飯さっさと食って出発するぞ」

「ああ……」

「二人とも少し待たれ!」


 二人はアルケ村長を見た。


「アトロスク荒野までの道は複雑ですじゃ。この土地にゆかりのある者でないと、とてもたどり着けませぬぞ。しかも、あそこには怪物たちがうじゃうじゃ居る……」


 すると、アルケ村長をじっとイスルが見つめて俯いた。


「俺が案内します」


思いがけない一言に、驚愕きょうがくした表情でイスルを一同が一斉に見つめた。


「いや危険だ。君を連れて行くわけにはいかない」


 心配そうにマルコフが語り掛けると、イスルは首を横に振った。


「この命はゼノさんに救われました。なので、少しでも恩返しがしたいです!」


 アルケ村長は続けるように、オルガナたちに頭を下げた。


「どうぞ、こいつを使ってやってください」


 オルガナとマルコフはアルケ村長を見つめた。


「分かりました。イスル君よろしく頼むよ」

「はい! 任せてください!」


 イスルは嬉しそうに笑みをこぼした。


「よろしくな!」


 オルガナはイスルの肩を叩くと微笑みかける。


「よろしくお願いします!」


 イスルもオルガナに爽やかな笑顔を返した。



To Be Continued…

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