第3話 姫と騎士2

アレフは,姫を抱えて襲われた場所から外れた森の中の小さな洞窟に逃げ込んでいた.


(これで,しばらく,時間を稼ぐことが出来るだろう.)

それから,アレフは周囲を確認して,小さな声で,洞窟で座っているエレナに

「姫,狙われる覚えは」

そう訪ねた.状況が理解できないかった.誰が,誰の手の者が攻撃してきたのか,全く情報が無かった.


「私は好かれてないけど.でも,私を殺すメリットなんてないはずだし,それもこんなに大々的にするかな?」

エレナは冷静にそう答えた.


「……なるほど,分からないってことですね.とりあえず敵は二人います.」


「そう,じゃあ,私が一人と戦えば良いの?」


「馬鹿を言わないでください.」


「冗談よ,馬鹿っていうほうがバカなんだよ.だって,君は私を差し出せば,助かったかもだから.」

エレナは,そう言って小さく口を膨らませて,アレフを指差した.エレナは,慣れているのか,それとも気丈に振舞うのが彼女の処世術だったのか,傍からみたら落ち着いているようにみえる様子だった.


「……どうですかね?仕事なので」


「……仕事に命をかけてるの?仕事熱心だね.」


「いや,そうでも無いです.」


「じゃあ,何で?死ぬかもなんだよ.アレフ」

エレナは,首を傾げた.彼女は理解出来なかった.目の前の魔法使いが,何故,呪われ皇女の自分を見捨てていないのか,命をかけるのかが.


「死ぬ,まあそうなったら仕方ないですね.それが,僕の運命だったってことです.まあ,どうせ惰性で生きてるので,何でも良いんですよ.」


「惰性?ああ,なんとなくって事?夢と生きる希望とか無いの?アレフは」

エレナは,よりアレフが理解できなかった.


「無いです,いえ,無くなりました.逆に姫はあるんですか?」

(昔は持っていた,今は全て失った,変えるべき場所も,目的も目標も,家族代わりの人々も……そんなものを持っても無駄なのだ.)


「もちろん.あるわよ,夢と希望しかない.」


「……」

(夢なんて持っても叶うものではない.どうせ,失って僕のように傷つくだけだ.それにこの状況で夢……)

それは,アレフも同様だった.呪われた皇女と言われている状況で,自分が襲われている状況で,どうしてそんなに冷静なのか,夢や生きる希望とか言えるのか理解出来なかった.


「まず,夢は,私は偉くなって,この国のトップになって,もっと世界を平等にするの.」


(呪われた皇女と言われてる状況で,この子供は何を言っているのだ.この国のトップ,世界を平等に?それは出来れば素晴らしいが.無理なんだ.世界は不平等で理不尽だ.全員が不平等である点でしか,世界は平等になれないのに……)

「……お花畑」

アレフの口から思わずそんな言葉が漏れていた.皇族に対する発言としては,打ち首ものであった.


「そうかも知れないけど.でも夢は見ないと叶わないだよ.アレフ.それに,見るのはタダよ.」

エレナは,そう言って,ニッコリと笑った.エレナは,アレフの内心を理解出来ては,いなかった.でも,彼女は自分の信念を伝えることが出来た.


「……」

(子供は僕か.泣いていたって,うじうじしていたって死んだ人は戻らない)


「夢がないなら,アレフ,私と同じ夢をみなさい.」

エレナの赤い眼は,悪魔の目と呼ばれて,呪いの象徴であった.しかし,呪いの象徴である彼女の真っ赤な両眼が力強く美しく輝いているようにアレフには見えた.


「……では希望は,何なんですか?この状況で持てる希望ってあるんですか?」

(死が迫った状況で,戦う力もない彼女に希望などないはずだ.)


エレナは,小さく笑い,アレフを指さした.

「君,私は戦えないけど,君が頑張ってくれれば私も君も助かるでしょ.」


アレフは,小さくため息をついた.結局ただの皇族かと,そんな思いがため息には込められていた.いろいろ言っていたが,結局,自分が生き延びるために,他の人の命を使うのかと.もちろん,皇族を守るのは仕事だが,いろいろ言っていた彼女からそんな言葉が出て来て,アレフは,諦めがついたのか.

「……では,死ぬ気であなたの命を助けます.」

そう言って小さく笑った.彼は全てを諦めようとしていた.


「……違うよ.君が死んだら意味無いでしょ.死にたがりなの?生きる意味とか持ってないの?アレフ?」


「えっ,生きる意味……」

アレフは,完全にフリーズした.それから,少し恥じた.目の前の姫は,本当に夢想家なのだと,理想主義者なのだと.


「分かったは,アレフ良く聞きなさい.」


「……なんでしょうか?」


「私が君の生きる目的になってあげるよ.」

混乱しているアレフに姫,エレナはそう宣言した.


「……」

アレフは,言葉を返すことが出来なかった.ただ少し思い始めていた.彼女には,ずっと理想を語っていて欲しいと.


「だから,私の騎士になりなさい.私と私の夢を生きて守ることを約束しなさい.そうね,これは,命令よ.」

エレナは立ち上がりそう言って,少しドヤ顔のような表情をした.


アレフは,気が付けば,エレナに跪いていた.

暗がりの洞くつで美しく長い金髪に,輝く赤色の眼の美しい姫と死んだ目をした少し眠そうな魔法使いの騎士,奇妙な関係が始まった.



一呼吸,おいてからアレフは,一つ,姫と約束を取り付けることにした.

「……1つ,良いですか?姫」


「何?アレフ.」


「夢を途中で投げ出したりしないでくださいよ.」


「もちろんよ,私についてきなさい.で,この場をどうするかしら.」


アレフは,少しの後悔と少しの期待感を持ちつつ,姫のご所望に答えるため口を開いた.

「……敵は二人です,実力は未知数ですけど.護衛がある場所を襲ってきてるって事は,強さに自信があると思われます.」


「つまり,どういうこと.アレフ.」


「相手は強いと思います.2対1で正面から戦うのは厳しいですね.多分.」


「じゃあ,どうするの?」


「作戦があります,少しの危険もありますが.それに.」


「それに?」

エレナは,小さく首を傾げた.


「この作戦が成功する保証はないです.まあ正面から挑むよりマシになるだけですから.」


「うん?それは,大丈夫よ,アレフ」

エレナは,静かに笑ってそう言った.


「何を根拠に」


「騎士は姫を守るものでしょ.大丈夫よ,君は私を守れるは.」

根拠も何もない彼女のセリフであったが,


「それは,頼もしい根拠です」

それを聞いてアレフは小さく笑った.

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