第24話 水無月玲士の告白
ベンチに訪れると水無月くんの姿はなく、私はとりあえずリュックを端っこに置き、座って待った。
「来るかな……」
ワンチャン来ない可能性もある。けれど、日向ちゃんの話を信じて大丈夫だと結論付け、リュックから歴史の教科書を取り出して、テスト範囲を眺めた。
「星乃さん」
三ページほど流し読みしていると、後ろから声がかかる。
「水無月くん、来てくれたんだね」
私は教科書を閉じてリュックに無造作にねじ込み勢いよく立つ。そして、少し離れた位置にいる水無月くんに向き合う。
「来てくれなかったらどうしようかと思ったよー」
「悪い、少し待たせて」
「ううん、私も今さっき着いたばっかりだから」
半分定型的なコミュニケーションを済ませて、余計な話を入れる間もなく本題に入る。
「それで何だけどさ。私謝りたいことがあるんだ」
喉はとても滑らかで、摩擦を起こすことなくスルスルと声になる。
「多分、この花で見たと思うんだけど。ずっと君の秘密を覗いていたんだ。それも、意図的に色々な秘密を見れるように提案して。本当にごめんなさい」
頭を深く下げて逃げていた謝罪をした。何を言われても良いように、奥歯を噛みしめて。
「ち、違うんだ! 本当に謝るべきなのは俺の方なんだ。だから顔を上げて欲しい」
「水無月くん?」
見上げると、水無月くんは痛みを堪えるように顔を歪ませていた。
「前にもごめんって」
「ああ。だって本当に悪いのは俺なんだから」
気を遣っているという感じではなかった。
「どういうこと?」
「……実は知っていたんだ。その、秘密を見られているの」
「……へ?」
何を言われているのか分からなかった。
「う、嘘でしょ?」
私達が積み上げていた思い出が、その一言で大きく揺れ動いて、崩れ落ちそうになる。
「先輩から世話を引き継いだ時にすでに聞いていたんだ。そして俺は水をやり続けた。あわよくばその秘密を星乃さんに見てもらえたらって」
私が予想していた状況と真反対で、どう会話を広げるのか先が見通しづらくなってしまった。
「そ、そうだったんだね……」
「ああ。何とかこっちから来てもらうよう誘導するとか、他にも星乃さんの友達から伝えてもらうみたいなことがあればいいなとも思ってた。まぁ、自分から動く勇気は無かったんだけどな」
水無月くんは肩を竦めて自嘲気味に笑った。
「でも偶然日向に見られて、そのおかげで繋がりを持てた」
確かに日向ちゃんがいなければ、一生誰かわからなかったかもしれない。そしてその行動に繋がった理由は私にあって。ぐるっと回る縁に、神秘的なものを感じた。
「しかも、星乃さんが色々な秘密を見ようと提案もしてくれて。正直興味を持ってくれたようで嬉しかったんだ」
私が彼を都合よく動かしているようで、実は私の方が動かされていたみたいだ。
「星乃さんと関われる日々はすごく楽しかったが、だんだんとズルして得ている日常な気がして、本物じゃないとも思えてきた。しかも関わったことで、変な噂が出て、迷惑もかけてしまった」
「それは、水無月くんのせいじゃ」
「直接的ではないにしろ要因ではあるだろ? それだけじゃなく、それがエスカレートするのも怖かった……日向と同じようになるんじゃないかって」
彼は悔恨するように目を瞑る。声は少し震えていて、手のひらも強く握りしめられていた。
「あのいじめってそういう理由だったんだね」
色々と噂を耳にしていたんだけど、はっきりとしたことは知らなかった。
「そんな中で星乃さんの秘密を見てしまった。それで、もう関わっちゃいけないんだって思ったんだ」
「それでごめんって」
「ああ。本当にごめん」
私よりも背の高い水無月くんなのだけど今は小さく見えた。
「あのさ」
少し明るい調子で声をかける。
「ずっと気になっていたんだけど、私を好きなった理由って何?」
「え、えっと……」
水無月くんはたじろいで、頬もほんのり赤くなっていた。
「ね、教えてよ」
私はぐいっと一歩近づいて、アグレッシブに答えを促した。
「そ、それは……周りの目を気にせずに、日向を助けた姿がカッコよくて。そこから、意識するように」
水無月くんは、みるみる顔を赤くする。私も平気なふりをしようとするけど、真っ向から理由を言われて、なんだか暑くなってきた。
「あれ、水無月くんも見てたんだね」
「ああ。俺は情けないことに、怖くて日向を助けられなかった。だから、救ってくれた星乃さんには感謝している」
「……」
赤くなっていたのが急転直下青くなった。
「あの日から、星乃さんのようになろうとした。でも結局、今もクールキャラを気取ってるくせして中身は変れなくて。自分の気持ちすら言葉にできず、心を覗き見して知ってもらいたいなんて願って、それに甘えてさ」
「私も同じだよ。私だって強くなんかない。だって、水無月くんと一緒で、覗き見ようとしたし」
もしあの一件でそう思われていたなら、それは勘違いだ。私はふるふると頭を横に振った。
「それに、あの日以来一歩を踏み出す勇気なんてなくなってた」
「そう……なのか?」
「うん、だからさ一緒に踏み出そう」
今日はもう三回目になる。私から一緒に進もうと言葉で心の手を伸ばす。
「私はね一つきっかけを日向ちゃんにもらった。だから、次は私から」
「踏み出すって……」
「というか、もう踏み出しているのかも。だって私達花を使わず思いを伝えられてるから」
そうなると、これは日向ちゃんのおかげだ。最初から彼女によって、私達の関係が形作られている。
「だからこれを継続してさ、同時に色々とチャレンジしてみようよ。私も頑張るから」
「そう、だな」
硬かった表情が柔和な微笑みになる。
「うんうん! こっからスタートしよう」
きっかけも過程も歪だったのかもしれない。でも出会えたことが重要でまた修正していけばいい。私は心からそう思った。
「いつか。またいつか、その時が来たら俺からその気持を言葉で伝えるよ。だからこれから、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
お互いに頭を深々と下げた。その、仰々しさに思わず顔を上げて見合わせて、笑った。
それは憑き物が落ちたまっさらな笑顔で。これからの先を明るく照らしてくれたようだった。
「ふふっ。あのさ、玲士君って呼んでいいかな
「ああ。なら俺も……勇花さんって」
「うん!」
ふと柔らかな風が吹く。花の甘い香りが私達の鼻腔を突き抜けて、そのまま消えていった。
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