第25話 始まり

 テスト最終日の放課後。クラスは開放感に浸ったざわめきに満たされた。当然私もそうだ。その感覚はいつも通りだけど、今回は確かな手応えがシャーペンを通して手の中に残っている。

 その不思議な感覚にぼーっとしていると、綾音ちゃんがいつものように話しかけてきた。


「お疲れ勇花」

「お疲れー」

「珍しく晴れやかな表情じゃない。……吹っ切れたみたいね」


 まるで本当に心を覗かれているみたいで、でも覗かれていないからこそ、嬉しさは一入だ。


「まぁね」

「そう……人の評価は成績だけじゃないものね」

「いや、テストの話じゃないよ!」


 わかってもらえてなかったし。普通に慰められた。


「え? もしかして勇花テスト自信あるの?」


 あり得ないと瞳を丸くする。


「まぁ、ちょっとね」


 そのリアクションに、口元が笑いたそうに動くのを抑える。


「すごいじゃない。いっつもダウンしてこの世の終わりみたいな感じだったのに」

「ふへへ……今回は助っ人のおかげで頑張れからね。それに色々と吹っ切れたし」


 思いをさらけ出した翌日に、最後のテスト対策を玲士君と日向ちゃんとした。玲士君に出てきそうな部分を重点的に教えてもらい、その予想が結構当たっていて。玲士君様々だ。


「今度聞かせてね、何があったのか」

「うん。あっでも聞いたら絶対妄想って思われるかも」


 あの事を話しても簡単に信じられるものじゃない。それを話すのが私だから、想像力がすごいですねで終わってしまうだろう。


「大丈夫よ。勇花のこと信じているもの」


 そう優しさを湛えて微笑みかけてくる。


「綾音ちゃん……! って結構疑ってたよね? 心当たりがありまくるんだけど!」

「うふふっ、そうだったしら?」

「そうだよー!」


 綾音ちゃんとそんなやり取りをしていると、テスト終わりの疲れも吹き飛ぶ。ただ、同時に翻弄されて別の疲労が蓄積されるのだけど。


「ねぇ勇花、今日は一緒に帰らない?」

「いいよ。でも、ちょっと待ってて。行く所があるから」

「わかったわ」


 綾音ちゃんと一緒に帰ることを約束してから、私はもう二人に会いに足早に校舎を出てベンチに訪れた。

 静けさに定評のあるベンチなのだけど、日向ちゃんと玲士君の談笑している声がして、少し別の場所な感じがしてしまう。


「あんた、まだ告白してないの?」

「まだその時じゃないというか。リセットしてやり直そうみたいな感じだから」

「リセットってゲームじゃないんだから、そんな割り切れないでしょ。それに、花があるからこそ出会えたんでしょ? それを否定したら何も残らないじゃない」


 私に大いに関係している重大な話で、喜びを分かち合いたい足がゆっくりになる。


「否定っていうか、けじめなんだよ。それと自分を変えるための縛り。それをした上で、花を使わず距離を詰めて告白したい」

「そういうこと。まぁあんたが良いなら何も言わないけど。ただ、早くしなさいよ。タイミングを逃したら心はどこかに行くかもしれないんだから」


 どうしよう普通に盗み聞きしているみたいになってる。割って入れそうにないし、無理やり入ったら、すごい気まずい空気になるとか、悪い状況の妄想が爆発して、次第に忍び足にブレーキがかかりはじめて。

 パキッ。少し細くて硬いものに足を乗っけてしまうと、通算三度目のスニーキングの失敗の音がした。


「……勇花。枝で知らせなくても話に入ってきなさいよ。そんな変な気を遣わなくても」

「あーそういう意味だったのか」

「違うから、納得しないで! 本当にたまたま踏んづけちゃうんだよ!」


 繰り返しすぎてあらぬ誤解を生んでしまった。まじで私の歩く道に折れやすい枝が落ちすぎている。


「それなら足元に注意しなさいよ。変なの踏んづけちゃうかもよ」


 嫌な想像が働いて足がビクッとして、神経が研ぎ澄まされた。


「うっ。が、頑張ります」

「玲士なんて、気にしすぎてほとんど俯いて歩いているんだから」

「いや、そういう理由じゃないから。単純に人と顔を合わせたくないからなんだけど」


 何故か自信ありげに理由を説明する玲士くん。


「まぁそんな話はどうでもいいのよ。勇花テストはどうだった?」


  私は右端で日向ちゃんの隣に座った。


「ふふん、手応えしかなかったね。玲士君のおかげだよー」

「それは良かった。外れてたらどうしようって少し心配だったんだ」

「なんなら、当たりすぎて怖いまであったよー。何かこの花使ったのかとすら思っちゃった」


 ワンチャンカンニングしたようなズルさすら感じて、答えていいか一瞬悩んだくらい。

「……それだ!」

「え?」


 頭に電球が飛び出したかのように晴れやかな表情を開花させた。


「玲士、あんたこれでカンニングする気? 見損なったわよ」

「も、もしかして、テストを教えるのをプレッシャーに感じさせちゃった? ご、ごめんね」


 玲士君をダークサイドに落ちないよう止めないといけない。


「そうじゃなくてだな。……ずっとこの花をどうすればいいか考えていたんだ」

彼の隣に置いてあった花を膝に。その花はまだ活き活きと赤色の花びらを咲かせていた。

「もう勇花さんにバレてるし、元々やってた通りの秘密を使って水を上げようと思っていたんだ。だけど、誰かのために使えるかもって今思いついた」

「誰かのためって?」

「言えないけど、知って欲しいみたいな気持ちってあるだろ? そんな俺みたいな人を助けられるかなって」


 少し私達の秘密ってことにしておきたくて、寂しさも感じるけど、誰かの役に立つならそれでいいと思った。


「いいんじゃない? どう信じさせるとか色々考えることはあるだろうけど」

「私も賛成だよ。助けを求める人を見つけられるかもだし」


 そしてその時、私は絶対に助けることに迷わない。もしかしたらおせっかいになるかもしれないけど、それでも自分を信じて行動するんだ。


「そうだな。その時はもう恐れないで助ける」

「あたしも協力する」

「私も!」


 今後の方針を決めたことで、細々としたことを後々ということになり、解散となった。明日の土曜日は、お疲れ会をしようと日向ちゃんの家に集まることに。

 私は急いで教室に戻り、リュックを背負って綾音ちゃんと下駄箱、そして靴を履いて昇降口を出て、一緒に下校する。


「ねぇ、話してくれない? 何かあったか」


 校門をくぐった辺りでそう聞いてきた。


「い、今から? 結構長くなるかも」

「うん歩きながら。それで、そのまま勇花の家に行っていいかしら? テスト終わりのお祝いで」

「いいね。そうしよう!」


 いつもの帰り道でもテスト終わりだとキラキラとして、遊ぶことになって家に着くことがより楽しみになった。


「じゃあ話すね」


 テスト終わりは早く帰れるから人通りは少なく、ちょっとした秘密を話すには適していた。


「……」


 校門辺りでふと、甘い香りを感じた。それはあの花に似ていて、記憶のトリガーが引かれる。そういえばあの時はモヤモヤとしていた。けど、今はこの晴天の空みたいで。だからこそ、あの始まりの日がグレーだって思えて、そして話せるんだ。


「あれはね、五月の終わりぐらいのこと。奥の体育館裏にあるベンチ、そこである花を見つけたんだ」


 私は綾音ちゃんと目を合わせて、ちょっとした約一ヶ月の日々を語った。甘くて少し酸っぱい思い出話を。

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妄想アイガール しぐれのりゅうじ @ryuuji7236

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