第15話 鎮川(チンチョン)へ

 空想時代小説


 慶長2年(1597年)9月、清正勢は朝鮮半島中央部にある鎮川(チンチョン)をめざしていた。全州(チョンジュ)で全軍が集結したが、明・朝鮮合同軍は進撃してこず、またもや左軍は海ぞいを右軍は半島内部を北上する策に切り替えた。途中、右軍の主将毛利秀元は二つに分けて進軍することを決定し、清正勢を最右翼に回した。それで清正勢は単独で鎮川に向かっている。

 鎮川の丘に敵の砦が築かれている。そんなに大きくはない。河原沿いに進むと、敵の一団が待ち構えていた。どちらも1万ほどの勢力だ。野戦に持ち込んでくるとは、敵の将はよほど自信があると思われた。まずはにらみ合いだ。

 敵の陣から一人の武将がでてきた。一騎打ちをしようというのだ。応じないわけにはいかない。森本義太夫が応じることになった。隼人も前に出ようとしたが、清正に制止された。先日の黄石山城(ハンスサンソン)攻めでの森本の功績を考慮したらしい。

 まずは、ぶつかりざまに槍を叩き合う。ガツンというにぶい音がする。お互いに馬を返して、またぶつかり合う。そこで馬を止め、二人でたたき合いをしている。相手の方がやや優勢だ。そこで、義太夫は敵に突進し、馬から落とした。その衝撃で相手は脳震盪を起こしたのだろう。動かなくなった。そこを義太夫が刀で相手のクビをとった。清正勢から歓声があがった。義太夫はクビをもって陣にもどってくる。それを合図に騎馬隊が攻め込む。相手は左右に開いた。逃げていくのかと思いきや、そこに多数の鉄砲隊が出現した。100挺ほどが横に並んでいる。それに加えて、後ろにも鉄砲隊が並んでいる。まるで日の本軍の戦法そのものである。十兵衛はいやな予感がした。隼人も同じことを考えているようだ。

 案の定、騎馬隊が鉄砲にやられている。鉄砲は3段攻撃で、休む間もなく、撃ってくる。まるで長篠の合戦の様相だ。10数騎の騎兵が犠牲になる。清正はすかさず法螺をふかせた。退却の合図である。

 また、にらみ合いとなった。すると、またもや敵から一騎が前に進み出てきた。

「そこにおるのは清正公と見受ける」

 と日の本の言葉で声を発してきた。隼人と十兵衛は顔を見合わせた。思ったとおりだったからだ。

「雑賀か?」

 と清正が大声で返す。すると、相手は兜をとり、顔をさらした。

「いかにも、雑賀達樹である」

「この裏切り者! 同胞に鉄砲を放つとは日の本の武将とは思えん」

「我は日の本の武将とは思っておらん。我は人のため、世のためにたたかっておる。お主らのように、太閤の妄言にたぶらかされて戦っておるのとは大違いだ!」

「裏切り者には変わりはない」

「清正公もこちらに参りませんか。歓迎されますぞ」

「何をたわけたことを!」

 と言い合いをしているうちに暗くなってきたので、清正は兵を退かせた。

 一晩、鎮川の砦が遠くに見えるところで野営を行った。夜襲を警戒して見張りは多くしてある。だが、夜襲はなかった。

 清正は撤退を決定した。このまま戦が長引いては、夜襲を警戒して兵の体力が続かないと判断したのだ。それよりは兵が元気なうちに西生浦(ソソンポ)に退いた方が無難だと考えたようだ。毛利秀元らも明・朝鮮合同軍と引き分けて兵を退いたという知らせも入っていたから無理強いは避けたのだ。

 隼人が十兵衛に話しかける。

「心配したことが現実になったな。雑賀が敵に入り、前線に出てくるとなると、これからの戦が厳しくなるな。西生浦での籠城戦もありうるな」

「西生浦での籠城でしたら負ける気がしません」

「籠城戦は援軍が来なければ負ける。お主は知らんだろうが、太閤の鳥取城攻めは悲惨だったぞ。草だけでなく、死んだ仲間も食ったということだ」

「人を食うのですか!」

「極限の状態ではそうなるということじゃ」

 そんなことが現実にあるのかと十兵衛は気が重くなった。

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