第7話 オランカイへ

 空想時代小説


 清正率いる二番隊は朝鮮半島の北東部を進軍していく。文禄元年(1592年)6月、平壌は小西行長によって支配された。朝鮮王は明国境まで逃げていると思われた。いよいよ明との激突かと思いきや、渡海してきた朝鮮奉行の石田三成が小西行長とはかって明との講和交渉を始めていた。どちらも非戦派であり、抗戦派の清正とは相いれない仲である。

 それでも清正隊は勝利を信じ、減鏡道(ハムギョンド)を進んだ。満州から明に攻め込む別働隊の役割を演じようとしていたのだ。

 7月、朝鮮北部国境を越えて、満州のオランカイに入った。武威をめざすが、蒙古(モンゴル)を越えなければならない。そこで会寧(フェリョン)にもどった。ここは流人の町である。朝鮮王朝に不満をもつ者が多く、その中の有力者の一人が二人の人質を清正に連れてきた。朝鮮王朝の二人の王子である。

 8月、清正は戦勝気分でゆったりしていた。兵糧の確保もしなければならず、ここで民衆と力を合わせて収穫活動に精を出していた。

 十兵衛は収穫をしながら弥兵衛に声をかける。

「よその国にきて、収穫をするとは夢にも思っていなかったぞ」

「清正公は、民衆と和合していく所存のようですな」

「うむ、二王子を差し出した流人の長を町の長(おさ)に任じたからな」

「戦うよりは楽でござるが、戦をしなくてよいのですか?」

「これから寒くなる。ましてや、これから行く蒙古の地は不毛の地だ。遊牧民族の地だという。それなりの兵糧がないと越えられないのだ」

「そのための収穫ですか? 冬はきびしいのでございましょうな」

「うむ、小水が凍るというぞ」

「まさか!」

「ふんどしに小水がつくと、下が凍って役立たなくなるということだ。相当の寒さを覚悟せねばな」

「皆にそのことを話しておきます」

「うむ、後、毛皮とかを手にいれるようにしとけ。清正公はここで冬を越す算段だ。今までにない冬を迎えることになるぞ」

 と、冬越えの準備をしている清正に小西行長から知らせがきた。主だった家臣が清正に呼ばれた。隼人と十兵衛も入っている。

「皆の者、海戦で九鬼嘉隆が朝鮮に敗れた」

 そこにいた皆が驚きの顔で見合った。日の本の軍隊が負けたのは初めてなのだ。

「敵の水軍の将が見事な策をたてたようだ。力まかせにいった九鬼水軍が敵の動きに負けたということだ」

 敵の将というのは朝鮮の英雄である李舜臣(イスンシン)である。だが、生きている間はその功績が認められず、死んだ後に英雄にまつりあげられた悲劇の将である。今は、ソウルの景福宮(キョンボックン)の前の大通りに日本をにらんでいる銅像が建っている。

 評定に集まった者は少し沈痛な表情になった。が、

「これからは朝鮮の抵抗が激しくなると思われる。ここ会寧は反王朝派の地ゆえ、それほど心配をすることはないと思うが、油断なく過ごせ」

 という清正の声に皆は気を引き締めていた。


 1月、清正は反転を決定した。その時の評定で次のように話した。

「我らは、この半年無為に過ごしてしまったようだ。会寧の居心地の良さに甘えてしまった。だが、行長の知らせによれば、明が出張って(ではって)まいった。いずれ行長は平壌(ピョンヤン)を捨てるであろう。あやつは元々戦う気などないのだ。朝鮮や明と交易ができればいいと思っている商人の出じゃ。だが、そうなると我らはこの辺境の地に取り残されてしまう。よって、釜山(プサン)へというか西生浦(ソソンポ)へ引き返す」

 の話に皆は安堵の顔をした。戦のない日々が続き、欲求不満がたまっていたということもあるが、小水が凍るような寒さに耐えきれなくなっていたからである。夜に火が消えたら寝床で凍死しかねない寒さだったのだ。

 だが、その後の船旅が地獄だった。すし詰め状態で船に乗せられ、荒れた海をすすむ。船酔いをしない方が珍しかった。西生浦についた時は、皆ゲソっとしていた。

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