第6話 臨津江(イムジンガン)の戦い

 空想時代小説


 文禄元年(1502年)5月、漢城(ハンソン)を小西行長に任せ、清正隊は兵を北へ進めた。朝鮮王宣祖は4月末に漢城を脱出している。漢城には1000人ほどの守備兵しかいなかったのである。

 北進してパジュを越え、臨津江(イムジンガン)までやってきた。流れが速く、馬で入れる深さでもない。船をさがしたが、1艘もない。ましてや民家も焼かれて、民衆も逃げている。清正隊はここで膠着状態になってしまった。川をはさんでのにらみ合いとなった。

「隼人、どうしたものかな?」

「間合いですな」

「間合い?」

「こちらが前へすすめば、敵はさがりまする。こちらが後ろへ下がれば敵がでてきまする。立ち合いの基本です」

「さすが剣の達人だな。ということは我らが下がればいいのだな」

「そうですが、えさが必要です」

「えさ?」

「1部隊を残しておくのです。向こうに勝てると思わせないと敵はでてこないでしょう」

「隼人がやってくれるか?」

「無論、そのつもりでございました。ただ、漢城の戦いで配下の半数を失いました」

「わかった。100人ほどでいいか?」

「充分でございます」

 ということで、隼人は新規の配下と十兵衛らをつれて、丘の上に陣地を作り始めた。十兵衛らの鉄砲隊は正面の防備につくことになった。陣地の規模は小さいが、柵の外に堀を造った。堀には巻きびしがしいてある。そこから登ってくるのは至難の業だ。

「十兵衛、この陣をどう思う? お主は土木に精通しているというではないか」

「はっ、こじんまりして守りやすいとは思いますが・・」

「が?」

「堀からあがるところを泥にしたらどうでしょうか。粘土質の土でもいいと思います」

「それはいいな。早速、川から泥をもってこさせよう」


 翌日、敵が川を渡ってきた。その数、およそ5000。おそらく朝鮮軍のほとんどが集結していると思われた。隼人はさっそく後方に下がった清正に伝令を送った。伝令が遅れれば、我らの命はない。二人の伝令は馬の尻をたたき、疾風のごとく去っていった。

 渡河を終えた敵は、隼人らの陣を取り囲んだ。小さい陣地を見て甘く見たのだろう。しばらく様子見のようだ。そのうちに弓矢の一斉攻撃がやってきた。だが、それは想定範囲内だ。各自が盾で防ぐ。倒れたふりをして、悲鳴をあげる。それを聞いた敵の先陣が丘を登ってくる。しかし、堀に落ちて巻きびしに悲鳴をあげている。それでも上がってくる敵がいた。そこに弓矢や鉄砲をうちかける。上がってきた敵のほとんどが倒れた。

 二度目の攻撃は、投石器がでてきた。しかし、弓矢と違い何個も飛んでくるわけではない。ましてや陣地には壊されて困るような建物はない。石をよけるのはさほど難しいことではない。

 三度目の攻撃は、梯子をもってきた。堀に梯子をかける。だが、これとて弓矢と鉄砲のえじきだ。あっけなく敵は堀に落ちていった。

 夕刻、四度目の攻撃がやってきた。いちかばちかの総攻撃だ。こちらも矢や銃弾が少なくなってきて、敵が柵を越えてきた。いたるところで斬りあいが始まった。これまでかと思ったところに、南から馬のひずめの音が聞こえる。清正本隊がもどってきてくれたのだ。敵ははさみ撃ち状態になり、混乱している。そして、川沿いにいた敵の将軍は早々に引き揚げていった。残っている兵士は臨時に徴収された兵士のようで、やたらと弱い。夜になるころには、敵はいなくなった。

「エイエイオー!」

 清正隊に鬨の声があがった。隼人が十兵衛に語りかける。

「十兵衛、また生き残ってしまったな」

「そうでございますな。隼人さまは無敵の存在。ついている我らはこわい者なしです」

「その慢心が死を招くのだ。ただ、いつも必死になることが大事なのだ」

 そのとおりだと十兵衛は思った。戦場での隼人の鬼の形相を見ると、さもありなんと思ったのである。

 数日後、臨津江(イムジンガン)の下流域から川を渡ることができて、北進することができた。小西行長は平壌(ピョンヤン)をめざし、清正は朝鮮半島の北東部をすすむことになった。めざすは満州である。

 

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