第5話 漢城(ハンソン)へ

 空想時代小説


 漢城(ハンソン)は今のソウルである。小西行長から清正に連絡がきて、5月初めに共に漢城に入城しようという知らせがきた。清正は、じっくりと行きたいと思っていたが、一番隊だけの手柄になるのは癪(しゃく)だったので、その誘いに乗ることにした。慶州から景観のよい忠州を越えて、1日遅れで漢城に着いた。

 漢江を越えるのに、行長は苦労していた。川幅が広い上に流れが速い。馬で渡れる深さではない。浅瀬をさがしたが、近隣には見当たらない。川幅が狭いところは流れがますますきつくなる。そこで渡し船をつなぐ作戦をとった。だが、火矢がとんできて、船が燃える。川向こうの敵をやっつけなければ前へ進めない。

 清正が到着し、その戦況を見て

「ふん、行長め。川を越えられずに苦慮していたか。それでわしを呼んだわけだな。だが、この川幅では投石器は届かん。隼人ならどうする?」

「そうですな。夜分に小舟で渡り、敵陣をかく乱しますか。少数で行った方が効果的ですな」

「そうだな。少し上流から小舟で渡れば、目立たなくていいな。隼人やってくれるか」

「はっ、仰せのままに」

 ということで、十兵衛の部隊も夜戦に加わることになった。夜では鉄砲は役に立たない。白兵戦を覚悟した。

 漆黒の中、小舟が5艘。静かに川を渡る。1艘に10人ほどの者が乗っている。人気のないところで船を下りる。そこから月明かりだけで川沿いをすすみ、敵陣に近づく。そこに、火矢をかける。すると、敵が反撃してきた。河原での白兵戦が始まった。敵の数は500ほどか、10倍の数だ。隼人が大声をあげて敵に向かっていく。ばったばったと斬っている。しかし、多勢に無勢。だんだんおされてくる。そこに

「円陣を組め!」

 と隼人が叫ぶ。残っているのは半数ほどだ。槍を持っている者が中に入り、剣部隊が相手をしているところに槍を突き出す。少人数で大人数を相手にする時の戦法だが、陽があがれば弓矢でねらいうちされる。もうじきその時がやってくる。

 と、その時敵の後方で歓声があがった。敵は混乱している。味方の援軍が渡河してきたのだ。清正は隼人らを見捨てたわけではなかったのだ。敵が包囲網を解いて、陣の中に逃げ込んでいく。そこを追いかけ、隼人らは門に突っ込む。門を閉めさせないためにそこにとどまり、奮戦する。敵もここで踏ん張らないと死を待つことになるとわかっているのだろう。必死だが、いるのは兵士だけで指揮官は見当たらない。おそらく逃げていってしまったのだろう。指揮官のいない部隊はもろい。まず、士気があがらない。清正の本隊が見えてきたら、門の周辺にいた兵士は四散していった。

 隼人と十兵衛は、ここで息をついた。自分たちの役割を終えたのだ。

「十兵衛、また生き残ってしまった」

「さすが、隼人さま。采配は見事でござりました」

「うむ、円陣を組んだ時は、おしまいかと思ったぞ」

「われもです。でも、必死さは皆に伝わるもの。あきらめなければ活路は見いだせます」

「うむ、今までもそうやって切り抜けてきた。これからも頼むぞ」

 

 十兵衛は弥兵衛に配下の確認をさせた。すると、

「十兵衛さま、彦六と堀兵衛がやられました。他の者もきずを負っております」

「そうか、二人やられたか。隼人さまは半数を失った。まだましじゃな。二人の亡骸をねんごろに弔わなければな」

 と、河原に二人の墓を作った。もんどりをきって、袋に包んだ。いずれ遺族に渡すためである。

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