第5話 翠色の少女


 それからというもの、時々、人間の少年少女が海の底に訪れます。みんな、アサミと同じように、さみしさを胸に抱えていました。宝石の女の子は、人間が来るたびに、心からのおもてなしをします。


 海の森を案内したり、沈没船を探検したり、一緒にダンスを踊ったり。スポーツが得意な少年が海に来た時は、どちらが早く泳げるかと競争したものです。他にもおままごとをしたり、歌を歌ったり、いろんなことをしていっぱい遊びました。


 そして、人間たちは皆、女の子に名前を与えてくれました。


「ガーネット」、「オパール」などの宝石に由来する名前や、「モモ」、「ピィ」など、ピンクに関係する名前、そして、「ヒカリ」や「ウミ」など、見た目や海に関する名前。様々な名前を付けてくれました。


 その中に、女の子が「コレだ!」と思う名前はありませんでしたが、女の子は名前を付けられるたびにとろけるような気分になりました。自分が少年少女たちの特別な存在になった気がして嬉しかったのです。


 人間たちは女の子と友達になります。仲良くなります。楽しく笑い合います。ですが、誰一人として、海で生きることを選んではくれませんでした。みんなみんな、最後には宝石になることを拒むのです。そして、自身のかけらを置いて、地上へと戻って行ってしまうのです。


 それを何度も何度も繰り返していくうちに、いつしか海底は宝石のかけらで溢れるようになりました。宝石のかけらは、夜空に浮かぶ天の川のように敷き詰められ、輝きを放っています。


 女の子は一人でした。人間と友達になっても、最後には、みんな、いなくなってしまうのです。


 そして、誰も女の子のもとへと戻ってはこないのです。


 ですから、女の子はずっとずっと、ひとりぼっちで海を漂っています。


 女の子は人間の温もりを知りました。人間と過ごす時間の楽しさを知りました。だからこそ、ひとりぼっちのさみしさが、前よりも心に突き刺さります。海の冷たさもまた、女の子の心に追いうちをかけます。


「これなら、何も知らないほうがよかったわ……」


 誰一人いなくなった暗い暗い海の底で、女の子は膝を抱えて泣きます。


 空気を含んだ涙は泡となり、ぷかぷかと辺りに漂いました。


 そのときです。


「ねぇ、どうして泣いているの?」


 声がしました。聞いていると落ち着くような、優しく温かな声です。


 女の子は顔を上げました。ですが、そこには誰もいません。それもそのはず。この海の底には女の子しかいないのです。


 言葉を話せる者など、この広い海どこを探しても、どこにもいません。


 女の子は再び、膝に顔をうずめました。そして、


「とうとう、頭がおかしくなってしまったんだわ」


 と、呟きます。さみしすぎて幻聴が聞こえたのだと思いました。だけれどすぐに、


「ねぇ、どうして下を向いちゃうの?」


 と、優しい声音が耳に入ってきたのです。やはり、誰かがいるようです。女の子は勢いよく顔を上げました。


 なんと、目を上げた先には、少女が立っているではありませんか。


 翠色の髪色をした少女が首を傾げて、女の子を見下ろしています。緑、というより、翠なのです。とても美しい少女でした。


 顔の造形が整っているとか、顔が小さくて手足が長いとか、そういう外面的な美しさではなく、内面から滲み出る優しげな雰囲気や、目の奥のきらめきがとても美しい少女だったのです。


「どう、して……?ここには私しかいないばすなのに……」


 女の子の声が震えます。だけど、すぐに、


「あ、また人間が迷い込んだのね」


 女の子は納得しました。女の子は立ち上がって、優しい微笑みを少女へと送ります。


「ようこそ、海の世界へ」

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