第2話 泣いていいんだよ

「行かんといて!」

大吾からの電話に出ようとした手を掴まれて、そう言われた時。

今日会ってからずっと私たち二人の間にあった、ガラスの壁のようなものが、一気に

崩れ落ちた気がしました。


「お願い、行かんといて。側にいて。」

「廉…」


ここで帰らなければ、もう後戻りはできない。どれだけ後悔しても。

ここが最終ライン。これ以上踏み込んだら、今度は私が闇に飲まれてしまう。

直感的に、そのことは気づいていました。

ですが…私は、その手を振りほどくことはできませんでした。

目を閉じて、大きく深呼吸を一つ。


”私は、後悔しないのかな。このまま、ここにいて。明日の朝。

でも…今私が廉のためにできることは、寄り添い続けること。側に居続けること。手を離さないこと。

これしかない。


私は、心を決めました。

テーブルから、着信の通知が入っているスマホを手に取ると、電源を切ってバックに

しまいました。

そして…ゆっくりと隣に座ると、真っ直ぐに黒目がちの目を見据えて、言葉を紡ぎました。

その瞳は、夜空のような闇を孕んでいて、でも、とっても寂しげでした。


「今日は、とことん付き合う。毒、全部吐いちゃっていい。言いたいこと、言っていい。全部受け止めるから。」

「えっ…」

「私の前くらい、気を抜いてよ。どうせ、海ちゃんの前では泣けなかったでしょ。

無理しなくていい。いい人で居なくていい。優しい人で居なくていい。お兄ちゃんで居なくていい。」

「ひな…」

「泣いていいんだよ。もう、いいんだよ。」


能面のようにこわばって固まってしまっていた彼の表情が、一気に崩れた瞬間でした。


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