第28話:捕虜と信心

 ガニラス王国歴二七三年五月三〇日

 ミノル・タナカ城

 田中実視点


 疫病神に御願いした魔術は見事に発現した。

 パラスケボプロス侯爵軍とアドリア騎士軍の全員が疫病に罹患した。

 尾籠な話だが、全員が大小便を垂れ流して痛みに痙攣している。


 疫病神に御願いしているから、死ぬ事はないだろう。

 疫病神よりも遥かに尊い神々の壁画に槍を突き立てて、破壊しようとしたのだ。

 死なせて楽にさせたら疫病神が厳しく叱られる、と思う。


 そう思ったから、痛みと苦しみが身に染みるまで放置する事にした。

 何より糞尿で汚れた連中に近づきたくない、そう思ったのだが……


「ミノル、あいつら死んだりしないだろうな?」


 ルイジャイアンが心配して聞いてきた。


「お前も呪文を聞いていただろう、殺さないように頼んである」


「確かに聞いたが、勝手に死んでしまうかもしれないだろう」


「それはないから安心しろ、楽に死なせてやるほど優しい神様じゃない。

 死にそうになったら助けるように知らせてくださる、安心しろ」


「……ミノルがそう言うなら大丈夫なのだろうが……」


「何もしていないから、暇を持て余して心配してしまうんだ、何かやっておけ。

 領主としてやっておかなければいけない事はないのか?」


「ない、戦時に備えて、普段の内政は妻に任せている。

 俺が直接携わるのは、ミノルのような非常識な存在が現れた時くらいだ」


「内心の不安を、俺を罵る事でごまかすな」


「分かっているなら、何か不安を忘れられる事をやってくれ」


「俺がやるのではなく、ルイジャイアンがやれ、熱中したら気にならなくなる。

 適当に苦しめたら捕虜にするから、連中を放り込む牢屋の準備をしてくれ」


「牢屋の準備と言われても、そんな物、直ぐに用意できないぞ」


「城壁内側の横穴を使えばいい。

 寝具や食糧は、連中が遠征用に運んできた物を使えばいい。

 ルイジャイアンが用意しなければいけないのは、穴を塞ぐ扉だ」


「簡単に言うが、祝福を重ねた騎士や兵士が破壊できない丈夫な扉を、直ぐに用意できるわけがないだろう」


「冗談だ、連中を閉じ込める扉は俺が用意するから心配いらない。

 ただ、材料がないと難しいから、連中を押し込める横穴の前に木々を運んでくれ。

 神々に御願いしたら簡単にできるが、何かやっていたいのだろう?

 俺の世界の神々を信じていないような言動をしたんだ、御詫びに働け」


「分かった、最低限の見張りを残してやらせるが、大丈夫か?」


「パラスケボプロス侯爵軍とアドリア騎士軍は心配しなくていい。

 魔獣やドラゴンが襲って来た時の事も考えて、しっかり見張っていてやる。

 連中が疫病で死にそうになったら、直ぐに治すから心配するな」


「疫病を治せるのか?!」


「表現が悪かった、疫病を治すのではなく、消すのだ。

 疫病の神様が人にかけたモノだから、消せるだけだ。

 自然に流行った疫病に罹った人を治せるわけではない」


「……そうか、ミノルが疫病を治せるなら安心なのだが……」


「そんなに都合よくはいかないぞ。

 それに、異世界の神を信じている俺なら治してもらえるだろうが、全く信心していない神様に何を御願いしても、聞いてもらえるわけがないだろう。

 神様の加護が欲しいなら、先に信心して敬わないと無理だ」


「だったらミノルの世界の神様を教えてくれ、普段から信心する!」


「う~ん、この世界の神様と俺の世界の神様で縄張りがあるかもしれないぞ?

 信心したからといって、必ず加護を得られるとは限らないぞ?」


「何を言っている、縄張りがあるならミノルの神様はこの世界で何もできない。

 実際に強力な加護をミノルに与えられておられる、縄張りなど関係ない。

 ミノルの世界の神様は、この世界の神様に遠慮していない」


「それはそうなのだが……」


「心配するな、加護を受けられなかったとしても落胆したりはしない。

 この世界の神様でも、どれだけ信心しても加護を下さらない方がいる。

 今でも光の神々と治療の神々を信心する者がいるが、加護は与えられない。

 信心しても加護を与えられないのは常識だ、気にするな」


「分かった、そこまで言うなら病気を治す神様の真名を教えよう。

 それに、病気を癒す魔術が効果を表さなくても、病気を癒す魔術を授けられているかもしれないから、それを確かめる為にも、信心してくれるのは助かる」


「どういう意味だ?」


「神様の加護で病気を治す場合は、魔術を使う方だけでなく、魔術を受ける方の信心も大切かもしれないのだ。

 快復魔術を使える者が治そうと思っても、直してもらう方が神様に嫌われていたら、治るとは思えないんだ」


「そうか、そうだな、治してもらう者が信心していないのに、神様が癒しの魔術を発現させてくださるわけがないな!

 だったら、癒しの魔術が使えるようになっていても、受ける方が不信心だから効果がなかったケースもあるんじゃないか?!」


「俺の言った事が正しければ、そういう事もありえる」


「分かった、家族はもちろん領民全員にミノルの世界の神様を信じるように命じる」


「命令されたからと言って、信心できるモノでもないだろう?

 まあ、数人だけでも心から信心してくれたら、分かる事もあるだろう、任せた」


「だったら早く神様の名前を教えてくれ」


「俺の世界で、いや、俺の国で医薬を司る神様は二柱おられる。

 大国主神と少名毘古那神だ、毎日心から希い敬え。

 神様が御認めくださったら、神通力の籠った神像を貸してやる」

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