第23話:脇街道

 ガニラス王国歴二七三年五月九日

 ミノル・タナカ城の周囲にある魔境

 田中実視点


「遠く蝦夷地にて森を司るニドムカムイよ。

 長らく蝦夷地を守りし尊き神よ。

 御身を慕う者に力を御貸し下さい。

 森の木々を根から引き抜き倒してください。

 御身を敬い信じる者の願いを御聞き届けください、根返り」


 俺はしっかりと朝食を食べてから魔境に入った。

 ルイジャイアンと打ち合わせて、城の警備とアドリアが攻め込んできた時の合図が、万全に準備されているのを確認してから祝福上げを始めた。


 今日の祝福上げはこれまでとは少し違っている。

 これまでは魔獣を狩る事だけで祝福を上げようとした。

 だが、祝福は魔獣を斃す事だけが上がる条件ではない。


 神を敬う事や、一生懸命技術を磨く事でも祝福される。

 ようは、神に認められるような事をすれば祝福されるのだ。

 だったら、魔獣を斃す事以外で神に認められればいい。


 そこで思いついたのが、他人の役に立つ事だった。

 身勝手な一神教の神と違って、多神教の神は協力して暮らしている。

 仲たがいして戦争する事もあるが、仲良く助け合う事も評価してくれるはずだ。


 そう考えて思いついたのが、街道創りだった。

 この世界に道を創れば、特に魔境に街道を創れば喜んでくれる神もいると考えた。

 猿田毘古神と道祖神なら喜んでくれると思った。


 だから、魔境の木々を根返りさせてから道を創ってみた。

 本当に猿田毘古神と道祖神が喜んでくださるかどうか、試してみた。


「遠く大八島国にて道を司る猿田毘古神よ。

 猿田毘古大神、猿田毘古之男神、猿田彦命意味名を持つ尊き神よ。

 御身を慕う者に力を御貸し下さい。

 根返りさせた木々をどけ、道を御創り下さい。

 地を固め車輪が悪路に取られないような、固い道を御創り下さい。

 御身を敬い信じる者の願いを御聞き届けください、道創り」


 道祖神に願う前に、もっと古く力があると思われる、猿田毘古神に道創りを御願いしてみたが、想像通り立派な道が創れた。


 アスファルトの道路ではないが、石畳みのように固い地面になっている。

 幅は馬車が安全に行き交う事ができるように、五メートルにしてある。


 魔境の奥深くでは馬車が行き交う事などめったにないという話だから、歩行者や騎乗者が危険を感じることなく馬車と行き交う事ができる。


 この国が造ったという正式な街道があるから、脇街道という呼び方にするが、実際には国が造った街道よりも広くて丈夫で使い易い。


 国の街道は、特に魔境の街道は、毎日一生懸命手入れしなければ、直ぐに周囲の木々に浸食される。


 領民が生活に使う草木を集めるという実用的な意味もあるが、毎日草木を狩り集める事で、何とか街道の機能を維持している。


 それは村や街の周囲に広がる安全地帯、草原も同じだ。

 人が一生懸命手入れしなければ、直ぐに元の魔境に戻ってしまう。


 まあ、一度木々の伐採さえしてしまえば、家畜が草や木の芽を喰ってくれる。

 だから魔境の村や街には、領民の百倍以上の家畜が飼われているそうだ。


 一定以上の家畜を維持できない貧乏村では、周囲に安全確保の草原を維持できず、魔獣の奇襲を受けて滅んだり、人間の奇襲を受けて占領されたりするそうだ。


 そんな話をレアテスの指導役が教えてくれる。

 話を聞きながら、休むことなく、俺個人所有の脇街道を創る。


「遠く大八島国にて道から訪れる疫病や悪霊の侵入を防ぐ道祖神よ。

 村を守り、子孫を繁栄させ、旅の安全を守る道祖神よ。

 道陸神、賽の神、障の神、幸の神、タムケノカミの意味名を持つ尊き神よ

 御身を慕う者に力を御貸し下さい。

 猿田毘古神が創ってくださった道を御守りください。

 魔獣やドラゴン、盗賊の侵入を防ぎ、善良な人を御守りください

 御身を敬い信じる者の願いを御聞き届けください、守護」


「何度見させていただいても、信じ難いです」


 ヴィオレッタが畏怖の表情と気持ちを隠さずに言う。

 弟のレアテスもまだ若い女従騎士二人も同じように畏怖の表情を浮かべているが、百戦錬磨の弓騎兵二人は上手く表情をかくしている。


「セオドア、聞き忘れていたのだが、この世界は神の像を創っても良いのか?

 偶像崇拝を禁じたりしていないか?」


「揉める事があるので、神像を造る方は少ないですが、禁じられてはいません

 私としては造らない方が良いと思いますが、ミノル様が私費で造られた道ですので、そこに何を置かれても表立って非難する事はできません」


「何故造らない方が良いと思うのだ?」


「ルイジャイアン様も申されたと記憶していますが、神官の中には狂信的な者がいて、自分が信じる神以外を敬う人を襲うからです。

 人を襲うのは控えても、神像を破壊するのを躊躇わない神官は多いでしょう」


「そんな事をするから、光の神や治療の神に見放されるのではないか?」


「そうかもしれませんが、それが現実でございます」


「それと、俺が創った道は俺の個人所有になるのか?」


「開拓した村や街、畑や放牧地と同じでございます。

 道も切り開いた者の所有になります。

 ただ、道の権利を維持するのはとても難しいので、切り開く者はいません」


「それは、道から離れた隙に、他人に占有されて奪われるという事か?」


「その通りでございます」


「だったら、なおの事、神像を創って悪人の侵入を防がないといけないな」


「……神像を造り置かれたら、道を支配し続けられるのですか?」


 驚いた表情を浮かべて俺とセオドアの会話を聞いていたヴィオレッタだったが、よほど気になったのだろう、会話に入ってきた。


「やってみなければ分からないが、これまでの事を考えれば、俺の世界の神はこの世界の神よりもかなり力が強いのだろう。

 形代になる神像を創って御願いしたら、力を止め置く事ができるかもしれない。

 考えて時間を浪費するのは愚かだ、やって見れば直ぐに分かる事だ」


 俺の言葉にヴィオレッタたちは驚き、言葉もないようだ。

 魔術を使うのに、神々に何度も御願いしているくせに、これまで誰もやっていない新たな事を御願いするのは怖いのか?


「遠く大八島国にて人々を守る神々よ。

 遠く蝦夷地にて人々を守る神々よ。

 風を司る志那都比古神、地上世界を成り立たせる国之常立神、雷と剣と相撲を司る建御雷之男神、水と雨雪を司る淤加美神、矢よりも速く駆ける天迦久神、山と森を司る大山津見神、森を司るニドムカムイ、天地宇宙創造の神である天御中主神、男女産霊の神で生成力を持たれる神でもある高皇産霊神、生成力を我々人間の形とした御祖神である神皇産霊神、国生みと神生みの男神である伊邪那岐神、天津神の命により創造活動の殆どを司り冥界も司る女神である伊邪那美神、五穀豊穣と厄除けと国の守護神である大物主神、道を司る猿田毘古神、村を守り子孫を繁栄させ旅の安全を守る道祖神。

 これまで私に力を御貸し下さった全ての神々よ。

 御身を慕う者に力を御貸し下さい。

 御身の形代を創りこの世界に力を止まらせてください。

 善良な者を守り、悪しき者を罰する力をこの世界に止まらせてください。

 御身を敬い信じる者の願いを御聞き届けください、守護神像」

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