第22話:待ちぼうけ

 ガニラス王国歴二七三年五月八日

 ミノル・タナカ城の周囲にある魔境

 田中実視点


 昨日は夜遅くまで異世界と日本を往復した。

 暫く日本に行かない予定で、必要だと思うモノは全部大量に買い運んだ。

 安眠するためのテントと寝袋、エアマットと寝具も買った。


 夜が明ける前にルイジャイアンの領主館に行った。

 手作りのベーコンとハム、ソーセージは日本の安物よりはずっと美味しい。


 ただ、野菜や果物は日本産の方が美味しい。

 異世界産は、糖度が低いだけでなくアクが強いのだ。

 料理人が丁寧にアク抜きしてくれるが、生野菜のサラダは諦めるしかない。


 大量に持ち込んだマヨネーズとドレッシングがあるから、アク抜きの為に茹でた野菜も美味しく食べられるが、生野菜のサラダが恋しくなってしまう。


「このマヨネーズというモノはとんでもなく美味しいな!」


 ルイジャイアンはマヨネーズが好きなようだ。

 奥さんや子供達も、マヨネーズやドレッシングの虜になっている。

 マヨラーになってしまったら、マヨネーズ無しの生活には戻れなくなる。


 十箱以上買って来たから、賞味期限が切れるまでに使い切る事はないだろう。

 開封しなければ賞味期限が一年くらいあるので、それまでに一度は戻ればいい。


「一年分は置いて行くから安心してくれ。

 ただし、代金はもらうからな」


「城の警備代で足りるだろう?」


「そうだな、派遣してくれている騎士や兵士の日当よりは安いが、日当の何割かをピンハネしているのか?」


「人聞きの悪い言い方をするな、当然の仲介料だ」


「留守の間に売ってもらう塩や砂糖、香辛料は館の部屋と城の倉庫に置いておく。

 戻ってきた時に売った分を清算するから、自由にしてくれ」


「助かる、アドリア・アンドリュー村の西側には、周囲の開拓村の中継街になっているエマヌイユ・ディアマンティス街がある。

 利益は少なくなるが、そこまでなら危険なく商品を運べる」


「領民が少ないのと、馬車の護衛に付けられる騎士や兵士の数が少なくて、街道が危険だから、荷物が大量に運べないのだよな?」


「ああ、そうだ、護衛のために強い騎士や兵士に行かせると、村の防衛力が下がる。

 この前にような、アンデットの襲撃があると村が滅びてしまう」


「だったら、利益は少なくなるが、商人に来てもらおう。

 品質が良い、他所にない商品があるなら、商人は買いにやって来る。

 来るときに持ち込む物を買ってもらえるなら、まず間違いなく商人がやってくる。

 残る現金は少なくなるが、やってくる商人が持ち込む商品を全部買えばいい。

 買った商品はルイジャイアンの資産になる」


「そうは言うが、使う事もない、いらない物まで買えんぞ」


「必要な物、買いたい物を指定しておけばいい。

 これまでは塩と穀物が不足していたのだろう、これから不足する物は何だ?

 置いておいても腐らず、後々必ず必要になるモノはないのか?」


「どうしても必要な物は、ミノルが莫大な量を持ち込んでくれたからなぁ~

 ミノルの御陰で強大な魔獣のストックがあるから、その魔獣の牙や爪で鉄以上の武器や防具を造れるようになった。

 あと必要な物で、腐らない物と言えば、日常的に使う鉄製品くらいしかないぞ」


「だったら人を雇ったらどうだ?

 村を拡大するのに人を雇えばいい。

 職人を雇えば、その職人が作った物を新たな商品にできる。

 塩や砂糖、魔獣の素材を仕入れに来る商人は、来る時に運賃を稼げる」


「ふむ、人か、叛乱を起こすかもしれない騎士や兵士は無闇に雇えないが、信用できるギルドから紹介状をもらえる職人なら、雇っても問題ないだろう。

 あとは奴隷だな、奴隷ならそこそこの値がつくので、商人もよろこんで運んでくるだろう」


「俺の世界では奴隷制が廃止されているから、人を売買をするのは抵抗があるのだが、この世界は奴隷制度があるのか?」


「ああ、普通に奴隷がいるぞ」


「奴隷にも少しは権利があるのか?」


「奴隷に権利なんてない、生かすも殺すも主人の自由だ」


「奴隷の子供はどうなる?」


「奴隷の子供は生まれながらの奴隷だ」


「奴隷の子供は主人の財産になるのか?」


「その通りだ、奴隷制度がないという割には、色々と知っているではないか」


「俺の世界にも数百年前までは奴隷制度があった。

 その時の仕組みは勉強したし、奴隷制度の名残で、今でも差別がある」


「生まれに差があり、身分があるのは自然な事だ。

 身分を打ち破りたければ強くなれば良い、俺のようにな」


「失礼な事を聞くが、ルイジャイアンは奴隷から成り上がったのか?」


「いや、俺は平民から騎士になった。

 だが、世の中には奴隷剣闘士から騎士に成り上がった者もいれば、奴隷兵士から手柄を立てて騎士になった者もいる。

 稀な例だが、奴隷から抜け出す事が不可能な訳ではない、本人しだいだ」


 などと話ながら朝食を終え、俺は城の周囲で祝福上げをした。

 前日に準備した狼煙や鐘、打ち上げ花火の合図を確認してから魔境に入った。


 ヴィオレッタとレアテスは俺の護衛に専念する。

 二人の従騎士と二人の指導役、合わせて四人に合図の確認は任せた。


 俺は祝福上げに集中して魔獣を狩り、無限袋に保管した。

 あまり強い魔獣がいないようで、なかなか祝福されない。


 もしかしたら、ドラゴンを千頭も狩ってしまったからかもしれない。

 あれだけ多くのドラゴンを狩ったのだから、祝福回数も物凄く多かったはずだ。

 もしかしたら、総祝福回数が軽く百を超えているかもしれない。


 結局、一日中祝福上げしたが、一回も祝福されなかった。

 それだけでなく、アドリアも攻め込んでこなかった。

 夕食の時に疑問に思った事をルイジャイアンに聞いてみた。


「アドリアは攻めてこなかったぞ、本当に宣戦布告していったのか?」


「ラザロスがアドリアの息子と言い争ったから間違いない。

 ……もしかしたら、ラザロスが臆病風に吹かれたのかもしれない」


「アドリアというのは、とても強欲な奴なのだろう?」


「ああ、もの凄く強欲だが、馬鹿ではない。

 よく考えれば、ミノルの城を見て、自分の兵力で落とせると思うはずがなかった。

 自分の城に籠って、守りを固めているのかもしれない。

 だとしたら、村を手に入れる為には、こちらから攻めるしかない」


「おい、おい、おい、臆病風に吹かれた奴を攻め殺せと言うのか?

 弱い者虐めは趣味じゃないんだ、他に何か方法は無いか?」


「領民全員が疫病から回復していたら、あの村を迂回してダンジョンに行ってくれてもいいのだが、今の状態だと困る。

 領民が回復するまで魔境で祝福上げしてくれないか?」


「それは構わないが、たった一つの街道の途中にアドリアの村があるのは、村を攻め取らない限り目障りだよな?」


「そう言ってくれるのなら、弱い者虐めをしてでも村を攻め取ってくれ」

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