第14話:開拓領主

 ガニラス王国歴二七三年五月七日

 ルイジャイアン・パッタージ騎士領

 田中実視点


 朝食を食べ終えた俺と領主一家は、ルイジャイアン・パッタージ村から二千メートル西側に離れた場所を確認して回った。


 神の祝福で身体能力が強化されるこの世界では、長弓を使うと二千メートルも矢を飛ばす事ができると言うのだ。


 ここまで村から離れると、その先は馬車が行き交える幅の街道しかない。

 ほとんど起伏のない平野部にある魔境だが、魔力が偏在しているそうで、魔力の少ない場所を使って村を造り街道を通しているらしい。


「ミノル殿、昨日の魔術で周囲の木々を陥没させられないか?

 木々を陥没させた所を覆うように氷の防壁を造れないか?

 街道の幅だけに砦を築いて通行の邪魔をしたら、国に咎められる。

 周囲の魔境を開拓して村を築けば、国に開拓領主と認められる。

 開拓領主なら、村の中に街道を通しても許される。

 まあ、普通は周囲の木々も伐採するから、開拓村を迂回する事もできる」


「何をどれくらいやれるか分からないですが、やれるだけやってみましょう」


 う~ん、森の神か、日本では森と言うよりは山の神なんだよな。

 山のない平野部の森でも、山の神に御願いしたら何とかなるのかな?

 それとも大地の神である伊邪那美命に御願いした方が良いのかな?


 そうだ、アイヌには森の神ニドムカムイがいた。

 山の神と伊邪那美命に御願いして駄目だったら、ニドムカムイに頼んでみよう。


「遠く大八島国にて山と森を司る大山津見神よ。

 大山祇神、大山積神、大山罪神、和多志大神、酒解神の意味名を持つ尊き神よ。

 御身を慕う者に力を御貸し下さい。

 森の木々を根から引き抜き倒してください。

 御身を敬い信じる者の願いを御聞き届けください、根返り」


 残念だが、大山津見神では平野部の木々を根返りさせられなかった。

 だが、可能性のある神様は大山津見神だけではない。

 伊邪那美命には防壁創りも御願いするから、先にニドムカムイに御願いしよう。


「遠く蝦夷地にて森を司るニドムカムイよ。

 長らく蝦夷地を守りし尊き神よ。

 御身を慕う者に力を御貸し下さい。

 森の木々を根から引き抜き倒してください。

 御身を敬い信じる者の願いを御聞き届けください、根返り」


 森だけを守ってきた専門の神の力は凄かった。

 街道を中心に、左右三千メートルの木々を全部根から倒してしまった。


 大王杉や縄文杉に匹敵する大木だけでなく、世界樹かと思うほど大きな樹まで根から倒してしまうのだから、お願いした自分自身が驚いてしまった。


 いや、驚いたのはそれだけではない。

 根返りさせた時に多くの魔獣を斃したのだろう。

 祝福で三度もピカピカと身体が光った。


「……ミノル殿、これはいったい……」


 ルイジャイアン殿は、余りの出来事に暫く固まっていたが、絞り出したような声で事情を聞いてきた。


「利用できる木々まで地面に埋めてしまうのがもったいなくて、何かに利用できないかと、根から倒してくれるように御願いしたのですが、こうなりました」


「根から倒れた木を利用できるのは凄く有り難いが、これでは村や砦を造る事ができないのではないか?」


 倒れた木々の価値を計算したのだろうが、利害のどちらの方が大きいか計算できないようで、何とも言えない表情でルイジャイアン殿が聞いてきた。

 ルイジャイアン殿の家族に至っては、驚きの余りまだ固まっている。


「やって見なければ分かりませんが、試してみましょう。

 遠く黄泉国にて死者を統べる黄泉津大神よ。

 遠く大八島国にて大地を創りし偉大な伊邪那美命よ。

 御身を慕う者に力を御貸し下さい。

 この世界の魔獣や人間から私達を護ってくれる防壁を御創り下さい。

 内側に人が住める家を兼ねた防壁を御創り下さい。

 根返りした木々は、利用できるように防壁の内と外に分けてください。

 御身を敬い信じる者の願いを御聞き届けください、築城」


 我ながら欲深い願い事をしてしまったと思う。

 願いが叶えられないどころか、神罰を受けるかもしれないと思った。

 だが、伊邪那美命は心優しく慈悲深い神様だった。


 根返りした木々が、地面を滑るように移動していく。

 俺もルイジャイアン殿も驚きの余り固まってしまった。

 ルイジャイアン殿の家族や護衛の中には、ガタガタ震えている者までいる。


 木々の移動が終わると、中心部から千メートルくらい外側の地面が陥没した。

 恐らくだが、正確に正方形の形に陥没している。

 神様が創るのだから、陥没した内側は正確に千メートルなのだろう。


 更に陥没した内側が天高く反り上がっていった。

 しかもただの土が盛り上がっているのではなく、白く輝く岩が反り上がる。

 遠目に観ているだけだが、大理石だと確信できてしまった。


 笑ってしまうのは、東西に城門がある事だ。

 石切り場で大理石を切り出したように、大理石の防壁、いや、城壁だな。

 大理石の城壁に穴が開いていて、外側と内側に大理石の城門までついている。


「ルイジャイアン殿、中を見て回ります?」


「……非常識にも程がある。

 神の加護といっても、これほどの事ができるなんて、見た事も聞いた事もない。

 ミノル殿独りでこの国を滅ぼせるのではないか?!」


「そんな野心はありませんよ。

 国を滅ぼしてしまったら、残った民を守らなければいけなくなります。

 そんな重責を背負うのは、絶対に嫌です。

 不老不死になったら、自由気ままにこの世界と自分の世界を楽しむんです。

 国を滅ぼすなんて、絶対にしません!」


「……信じますよ、嘘を言っていたら許しませんよ」


 ルイジャイアン殿が急に目上に対するような言葉遣いになった。

 伊邪那美命がしてくださった事は、それくらいとんでもない事で、信じ難い力なのだろうが……困ったな。


「この偉業を成し遂げて下さった神に誓って嘘は言っていません。

 この国が、王家が、私を殺そうとしない限り、滅ぼしません」


「分かりました、城の内側を見させてもらいます」

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