第5話:隣領の商人

 ガニラス王国歴二七三年五月五日

 ルイジャイアン・パッタージ騎士領

 田中実視点


 俺、ルイジャイアン、ヴィオレッタにラザロスという名の騎士が加わった。

 ラザロスはルイジャイアンの三男でヴィオレッタの兄だという。

 疫病で倒れた兄達というのは長男と次男の事なのか?


 俺達四人が待つ領主館の部屋に、隣領の商人と護衛一人がやってきた。

 他領の領主が相手だというのに、不機嫌だと分かる態度で入って来る。

 ルイジャイアンの言う通り、随分と舐めた態度だ。


「ルイジャイアン様、命懸けでどうしても必要な物資を運んできた私達に対して、あまりに酷い扱いではありませんか」


 入って来るなり領主に対する礼も取らずに文句を言う。

 自分が拠点を置いている領主の威を借る、典型的な小物商人だな。


「騎士に対する礼を欠いているのはお前だ!

 こちらは何時でも戦にして構わないのだぞ!

 国や大臣の顔を立てて、定められた方法で交易しているのだ。

 平民の商人ごときに無礼な態度を取られるくらいなら、条約は無効だ!」


 騎士ラザロスが、目にも止まらぬ速さで商人の首に剣を突き立てている!

 商人どころか護衛も全く対応できなかった!


 ゴックン!


「も、申し訳ございません、私が悪うございました。

 狼の群れに襲われて、動転してしまっておりました。

 心からお詫びさせていただきますので、なにとぞ御容赦願います」


「そうか、心から詫びるのなら一度だけ許してやろう。

 だが二度目はない、少しでも無礼と感じたら、ラザロスが首を刎ねる。

 護衛も動くなよ、僅かでも動いたら主人の首を刎ねるぞ」


 騎士ラザロスはこのまま商人の首に剣を添えておくようだ。


「動くな、絶対に動くな、分かったか?!」


 本気で死の危険を感じている商人が、ガタガタと震えながら護衛に命じる。

 護衛も顔面蒼白になっているから、かなりの実力差があるのだろう。

 来客室で待たせている、商人の護衛が暴れたりしないのだろうか?


 ああ、そうか、俺は護衛も全員二階に上がったと思っていたが、違うんだ。

 敵対している領地の兵士が、護衛の中に紛れ込んでいるかもしれないのだ。

 領主館の中に全員を入れるはずがなかった。


「さて、いつも運んできている砂の混じった塩と黴の生えた大麦だが、これまで通りの値段で良いのか?」


 威嚇を気持ちが入っているのが分かる声色で、ルイジャイアン領主が値段交渉を始めたが、砂を混ぜた塩と黴た大麦を平気で売っていたのか?


「申し訳ございません、領主様の命で二割値上げする事になりました」


「ほう、アドリアの命令で二割値上げするというのか?

 命がかかっていると分かっていて、本気で言っているのだな?!」


「申し訳ありません、言う通りにしないと私が処刑されてしまうのです」


「いくらだ、はっきりと言え!」


「大麦がブッシェルで……小金貨六枚でございます」


 ブッシェル……欧米の単位だったか?

 それだけあれば欧米人が一年間生きて行ける麦の量だった気がする。

 量は違うが、日本で言いう所の石と同じ考え方だったか?


「エマヌイユ・ディアマンティス殿の街では、黴の生えていない良質な小麦が小金貨一枚だと記憶しているが、黴が生えた大麦を小金貨六枚で売るというのだな!?」


「申し訳ございません、アドリア様の命令には逆らえないのでございます!」


「砂の混じった塩はいくらで売るというのだ?!」


「……塩も、ブッシェルで小金貨十八枚でございます……」


「砂の余り混じっていない塩でも、エマヌイユ・ディアマンティス殿の街では小金貨三枚だったと記憶しているが、違うか?!」


「その通りでございますが、わたくしにはどうしようもないのでございます!」


「命が惜しいなら正直に答えろ、噓だと思ったら即座に殺す、いいな?!」


「はい、はい、はい、何でも正直に答えさせていただきます!」


「これはいくらで売れる?」


 ルイジャイアン領主は俺が持ち込んだ上白糖と食塩、黒胡椒と白胡椒、手鏡とビー玉、トルコ石などの宝石類を見せて値段を言わせた。


 それも、小売りする値段だけでなく、ルイジャイアン領主から買い取る時の値段、エマヌイユ領の商人に売る値段、強い領主に売る値段まで事細かに聞いていた。


 それによると、一般的な領地と思われるエマヌイユ領では、上白糖と黒胡椒と白胡椒がおなじ重さの金貨で小売されているようで、定番過ぎて笑いそうになった。


 食塩が同じ重さの銀貨で小売されていた。

 ビー玉は小金貨十枚、トルコ石もビー玉と同じ大きさで小金貨二十枚だった。


 百均の手鏡とビッグスタンドミラーに至っては、オークションでいくらにまで値が上がるか分からないというのだから、驚いてしまった。


「さて、貴族や騎士の物を盗んだ平民が処刑になるのは知っているな?」


 俺に聞かせるべき事、公平な値段を、俺とは何の利害もない商人に言わせたルイジャイアン領主は、優しい声色に変えて商人に聞いた。


「……斬首でございます……私はアドリア様の命令で売らせて頂いてきただけです!

 ルイジャイアン様の物を盗んだわけではありません!」


「我が領内の物は草木一本も私の物であり、許可なく取ると処刑される。

 まして、お前らを襲っていた狼を殺したのは私の家臣だ。

 それなのに、お前はその狼を自分の物にした。

 これまで黙って我慢して待ってやっていたが、一向に引き渡すと言わない。

 平気で自分に物にするという事は、これまでも同じようにしていた証拠だ!」


「お待ち、ギャフ」


 言い訳の途中で商人の首をラザロス騎士が刎ね飛ばした。

 ほぼ同時に護衛の首を女騎士のヴィオレッタが刎ね飛ばした。

 これで隣領との戦争が始まるのか?

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