第4話:事前相談

 ガニラス王国歴二七三年五月五日

 ルイジャイアン・パッタージ騎士領

 田中実視点


 商人達を襲っていた狼の首が刎ね飛んだ。

 切り口から勢いよく血が噴き出している。

 全部で百頭を越える狼を、一瞬で殺せてしまった。


「客人殿、今のは貴男がやったのか?!」


 駄目もとで試してみただけなのだが、できてしまった。

 それも、女騎士ヴィオレッタを遥かに凌ぐ強力な魔術を放ててしまった。

 嘘をついて逃れたくても、全身がピカピカと光ってしまっているから無理だ。


「ああ、俺の世界には魔術が無いので使えるか試してみた」


「……初めて魔術を使ったというのか?」


「ああ、最初はヴィオレッタ騎士殿とそこの男が唱えていた呪文を真似てみた。

 だがそれでは何も起こらなかったので、自分の世界の神に願ってみた。

 そうしたら魔術が使えたので、正直驚いた」


「客人殿の世界の神に願って魔術が使えただと?!」


「ああ、どうやらこの世界にも俺の世界の神がいるようだ」


「……信じ難い話だが、実際に目の前で見せられたのでは信じるしかない。

 この事は誰にも話さないで頂きたい」


「分かった、誰にも話さない」


「お前達もだ、疫病の件もだが、隣領の商人には絶対に話すな。

 いや、家族にも友人にも話すな。

 疫病の件が隣領に知られたら、何時攻めて来られるか分からない。

 客人殿の魔術は、隣領が攻めてきた時の切り札になる、分かったか?!」


「「「「「はい!」」」」」


「客人殿、隣領の商人がやってきたが、我が領と隣領は敵対している。

 兄上達が疫病で臥せっている以上、私が同席しなければならない。

 申し訳ないが、風呂場は他の者に案内にさせる」


「それは止めた方が良い、商人を待たせてでも風呂に入った方が良い。

 隣領と争っているのなら、領主殿が疫病で倒れるのが一番危険だ。

 仲が悪い領地の商人なら、待たせても問題ない。

 必要な物を売らないと言ったら、俺が代わりに持って来てやる」


「分かった、客人殿が不足する物を売ってくれると言うなら安心だ。

 塩だけはどうしても買わなければいけなかったから、我慢を重ねていたのだ」


 そう言ったヴィオレッタの顔には安堵の笑みが浮かんでいた。


「父上に私が戻るまで商人とは会わないように言って来てくれ」


「はっ!」


 ヴィオレッタが側にいた兵士に命じたので、俺も領主への伝言を頼む事にした。


「この世界の小売値を知りたいから、商売との交渉に同席したいと伝えてくれ」


 兵士は、俺の言葉を伝えて良いのか、ヴィオレッタを見て表情で尋ねている。


「客人殿の言葉を父上に伝えるのだ。

 客人殿にはこの世界の服に着替えてもらうから大丈夫だ」


「分かりました、伝えて参ります」


 俺とヴィオレッタは急いで風呂場に向かった。

 風呂場は村共用のパン焼き窯の裏にあるようだ。


 パンを焼く美味しそうな香りがする。

 しっかりと食べてから異世界に来たというのに、空腹を覚えてしまう。


 風呂場には、男女別々に使う蒸し風呂と洗い場と入浴室があった。

 入浴室は木桶に湯を入れて使うようになっている。


 二人で向かい合って入れる木桶の真ん中に板が置かれている。

 何の為にこんな作りになっているか全く分からない。

 異世界に持ち込んでいた薬用石鹸とヘチマタオルで、ゴシゴシと身体を洗う。


「待たせてしまって申しわけない」


 手早く洗って出たので、少しヴィオレッタを待つ事になった。


「気にしないでくれ、ちゃんと身体を洗わないと領主殿が危険だからな。

 俺はこういう事になれているが、ヴィオレッタ殿は違うのだろう?」


「客人殿は医師か薬師なのか?」


「そのどちらでもないが、病人やケガ人の世話をしていた」


「そうか」


「それから俺の事はミノルと呼び捨てにしてくれ。

 客人殿では隣領の商人に不審に思われるだろう?」


「失礼になるが、そうさせてもらえると助かる」


「遠慮せずに呼び捨てにして、新しく雇った執事か何かのように扱ってくれ。

 領主殿にもそのように伝えて、交易の場に同席させてもらいたい」


「分かった、そのようにさせてもらう」


 俺はヴィオレッタの案内で領主館、マナー・ハウスに行った。

 一階は倉庫になっていて、収穫物などを保管しているという。

 領主や家臣の住居は二階以上にあり、外階段を使って入る造りだ。


 隣領の商人は、二階の入り口横にある待合室で待たされているようで、俺達はその前を通って奥に行った。


 あまり部屋がないのは、とても古い時代の中世欧州荘園領主館と同じだ。

 間仕切りはカーテンや家具、パーテーションで仕切られている。

 領主とその一族は、一部だけ三階になっている所で寝起きしているのだろう。


 外階段の近くには家臣と使用人が住んで、外敵の侵入に備える。

 主従が共同で使う中央のホールが食堂であり謁見の場でもある。

 三階の下にある二階部分は、領主一族か信頼する家臣が使うのだろう。


「領主ルイジャイアン騎士、疫病を完全に治す事は難しい。

 だが、下痢を止めて死者を減らす事はできる。

 その為に使う上白糖と食塩は持ってきている。

 この村の小売相場とは言わない、隣領の商人から買う値段で売ろう。

 俺が今持っているのはこれだけだが、必要なら俺の世界に戻って買ってくる。

 上白糖が高価で買えないのなら、穀物で代用する事はできる

 穀物も高価で買えないというのなら、貸しにして俺の世界から買ってくる。

 後で金を払ってくれるのなら、欲しい物は全て買って来る。

 その前提で、仲が悪いという隣領の商人と交渉してくれ」


 俺は異世界で高く売れる定番の上白糖と食塩、黒胡椒と白胡椒、手鏡とビー玉、トルコ石などの安い宝石類を持ち込んでいた。


 それを見て味見もした領主ルイジャイアンは、悪い笑顔を浮かべた。


「御客人、これで強気の交渉ができる。

 これまでは連中の言い成りだったが、無礼を重ねるようなら首を刎ねてやれる。

 問題があるとすれば、御客人に支払う金銀をどうやって手に入れるかだが……」


「どうしても隣領を通らなければいけないのか?

 周囲の森は魔境と言われるほど危険だと聞いたが、馬で突破できないのか?

 今回の薬は小売値で買ってもらうが、ルイジャイアン騎士が交易をして大量に売ってくれるのなら、この世界の生産者や卸売り商人の値段で売ろう」


「そうしてくださるか、それならば代金の心配も無くなる。

 御客人、ヴィオレッタ、連中にこれまでの無礼を思い知らせてやろう!」

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