Tからのメール ②

 タクト 2022/12/14 1:26


 おつかりー。

 今日は付き合わせて悪かったな。

 結婚まで考えた相手に浮気されて捨てられるなんて、かっこわる過ぎてお前にしか言えなくてさ。なんか気分が晴れたよ、ありがとう。

 お前の言った通り、結婚する前に正体が分かって良かったんだよな。


 あぁ、でもなぁこういう事があるとつい考えちまうことがあってよ。

 結局、俺って幸せになっちゃいけないんだろうなって。

 別に卑下してるとか落ち込んでるとかじゃなく。


 んー 実は俺さ、お前に言えてないことがもう1つあるんだよ。ずっと言おうとしてたけど中々言い出せなくて。本当は直接会って話した方がいいんだろうけど、お前の目を見れる自信がないんだよな。俺、ビビリだから。


 俺のばあちゃん覚えてるか? 4年前に亡くなったばあちゃん。

 認知症が進んで暴言吐きまくってた奴。

 あいつさ家の中で転倒して打ち所が悪くて死んだって言ったろ?

 昼寝してて起きたら死んでたって。


 あれ嘘なんだよ。

 俺、知ってたんだよ。あのババアが転倒したの。

 昼寝してたら、歩行器の倒れる音とババアの悲鳴で目が覚めてよ。

 慌てて2階から様子見に行ったら玄関の上り框の所でババアが歩行器ごと倒れてた。大分、覚束なくなってたからな。急にふらりと行ったのかもしれん。

 

 意識もなくて、かすかにぴくぴくしてるのを見てさ、俺、「あ、やっと終わる」って思ったんだよ。


 元々が気性の荒くて、嫌味な、クズババアだったけど、認知症になってからはマジで手がつけられなくなってよ。母親はアイツに奴隷みたいに寝る間もなくこき使われて、介護ノイローゼになってた。

 父親は単身赴任を盾にして全部を母親に押し付けてな。面倒事の全てを背負い込んだ母親は本当に心折れる寸前だったと思う。


 でもそれがやっと終わるんだ。母親が解放されるんだ。

 

 そう思った。そう思ったから、俺はそっと2階に戻った。

 スマホをいじって、時間が過ぎるのを待った。1時間経って、もう1回見に行った。

 あいつ完全に動かなくなってた。

 俺はそこで初めて救急車を呼んだ。


 積極的には手を下してはない。

 でもあの時。2階に引き返した俺の心にはこのまま死んでもいいや、という気持ちがあった。むしろ「死んでくれ」って気持ちが。

 そしてババアは死んだ。


 俺は人を殺した。直接手を下した訳じゃないけど、文字通り見殺しにしたんだ。


 それを悪いとは思ってない。俺も母親も、アイツに散々罵倒され、傷つけられ、苦しめられていたのに、なんでそれをずっと我慢し続けなければいけないのかってその時は思ってたし、それは今も変わらない。


 死んで当然のヤツだった。けど、それでも俺があのババアを見殺しにした事実は変わらない。例えそれがどんなに迷惑なヤツだったとしても、俺はそれを忘れる事なんてこの先一生かけても出来ないだろうしな。


 これは誰にも言ってない。俺の両親だって知らないままだし、この先もずっと、誰に言う気もない。ただ、すまんな。これは俺のわがままかもしれないけど、お前にだけは、変に隠し事を続ける事が辛くて、我慢出来なくて。それを知っておいて欲しかったんだ。


 これ、古い言い方で言う所の穢れってヤツかな。俺は多分、あの時、その穢れってヤツを背負ったのかもしれない。だからそんな俺だから、やっぱり幸せになんてなれっこないんだろうなって。


 今日は本当にありがとう。お前が友達で良かった。心から感謝してる。


 俺もまた明日から頑張るよ。

 それじゃあ、またな。

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