2023年7月30日 23時17分

 こんばんは。怪談集めまSHOWの管理人ショウタです。

 県内最強心スポS岳。今まで真剣に集めたことはなかったけど、聞けば聞く程出て来ますね。

 

今日は子供の頃からモーニングを食べに行っている近所の喫茶店のマスター、Iさんの話です。


 この話はIさんが山菜取りのためにS岳に入った際に体験したことです。

 

 山菜取りは早朝に行くのが良いらしく、Iさんも日の出と共に家を出て明けきらぬ空の元、せっせっと精を出しておりました。


 その日は中々の豊作で、持って来た籠はみるみる内に山菜で溢れて行きます。Iさんは慣れた手つきで収穫しながら、こりゃあ店のモーニングにも出せそうだ、とほくほくと胸を高鳴らせていたそうです。


 どのくらい夢中になって摘んでいたか。

 さすがに背中が強張って来たIさんは収穫の手を止めて、「よっこいせ」と背中を伸ばしました。何気なく見た腕時計は5時40分過ぎを指しています。


 喫茶店を開けるのが8時半。

 仕込みは奥さんが始めていてくれるとはいえ、余り悠長に摘んではいられない。そろそろ切り上げた方が良さそうだ。


 本音はもう少し収穫していきたい。

 名残惜しい気持ちで周囲の山菜を眺めていると、どこからともなく木を引っ掻くような音がして来ます。

 

 一体何の音だ?


 不審を覚えたIさんはしばらくその場で耳を澄ましてみたそうです。

 

 めりめりっと続いていた音はやがて、がりっ……がりっ……という音に変わる。がりっ、がりっという音が暫く続いた後に、再びめりめりっという音に戻って行く。


「何の音じゃあ、こりゃあ」

 猿かはたまた鹿か。数年に一度は聞く熊か。厄介な野生動物では困る。

 

 Iさんは用心深く周囲を見渡しました。

 すると、Iさんの立っている場所から程近い所にある一際大きなブナの木の根元に、屈み込んでいる人影が見えたそうです。Iさんの所からは背中しか見えませんでしたが、しっかりと張った肩幅からして男性な感じがする。


 その人は何をしているのかブナの木の根元でゆらゆらとしている。

 

 あんな奴、いつからいたのだろうか。


 Iさんは多少の不気味さを感じたものの、生来の世話好きな性格の方がそれを上回り、とりあえず声だけかけてみようと男性の方に近付いて行ったそうです。


 木立から洩れる朝の透明な光が朝露を照らして、清々しい煌めきをS岳にもたらしている。件のブナにも朝日が差し込み始めているが、その根元に屈む男性の背中には何となく灰色がかった靄が膜のように揺蕩っている。


 どうにも何かがおかしい。

 Iさんの足は自然と止まっていました。男からは約5メートル手前というところ。

 近付いて来たIさんに男は気付いた風もなく、一心不乱に両手で木の皮を剥いている。めりめりっとめくれた木の皮を抱え込んだと思ったら、がりっ、がりっと音がする。


 Iさんは、はっとして息を呑みました。 


 ……こいつ、食ってやがる!


 がりっ……、がりっ……、と響く咀嚼音に、爪先から頭まで一気に震えが走る。

 ほとんど貪るようにして咀嚼した男はまたブナの木からめりめりっと皮をはぎ、がりっ……、がりっ……と。


 こいつはやばい。さすがに声はかけられん。

 Iさんは男の背中に目を据えたまま、足音を消してじりじりと後退していったそうです。S岳に慣れたIさんとはいえ、早朝の山中で木の皮を貪る男に背を向けたくはない。


 そうやって少しづつ距離を広げていく内に、男の体の揺れがだんだんと大きくなっていく。それに加えて男の方からお経のごとき平坦な呟きが漏れ始めた。


「俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う俺は違う」


 後退りながらも呆気に取られていたIさんの足元で不意にぽきり、と枝の折れる音が上がりました。


 しまった!

 咄嗟に足元に目をやってから、すぐにIさんは視線を前方に戻しました。

 男は既にいなくなっていました。足元に目をやったほんの数瞬の間に、まるでマジックかのように消え失せていたのです。


 微かに渡る風にさらさらと葉擦れの爽やかな音が上がり、朝日を受けたブナの葉が美しく光っています。しかし黄金色に染まり始めたその幹は、所々無惨にめくられて木肌が斑に露出している。


 そこが我慢の限界でした。

 Iさんは声にならない悲鳴を上げながら、近くに停めてあった軽トラに急いで飛び乗って、ほうほうの体で山を降りたそうです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る