裏交差9項 悪魔とループ。

 

 その時、視界にカラスが入った。

 

 そうか。

 ループだ。


 2人とも死んじゃう未来をさけるには、それしかない。


 でも、どうやって?


 今までの私のループは、ルーク様に随行していた。つまり、女神様は、私のためにループを使ってくれたことはない。


 それは、なんで?


 ループは、ことわりを捻じ曲げるからだろう。

 だから、女神様は、悪魔が引き起こした身勝手なループに便乗して、わたしを同行させるという手段をとった。


 じゃあ、ルーク様が闇に落ちたって伝えたらどうなる?


 ……それもダメだろう。

 

 博愛主義の神々だ。

 たとえ勇者のことであっても、一個人の問題に介入してくれるとは思えない。


 じゃあ、女神に嘘をつく?

 ……女神に嘘なんて通じる訳がない。


 彼女らは、神聖力の霊脈が及ぶ範囲であれば、葉が一枚落ちただけでも察知することができる。ましてやここは、メルドルフの女神の館。


 きっと、これまでのことを女神は全て見ているハズだ。でも、割り込んで来ない。


 それが女神の答えなのだと思う。


 だとすれば、それを欺くには……。

 女神の認知が及ばない演者を招き入れるしかない。


 わたしはカラスを見つめる。

 そして、落日の首飾りを握った。


 口を開かなくても発音できるように、小声で。


 「我、命の贄をもって汝に願う。交渉をもって我が望みを叶えよ。全ての悪魔を統べる王 リリスよ」


 ——どうか、現れるのがリリスでありますように。



 すると、あたりの風景がかわった。

 どこかの城のようだった。


 その暗がりの先には、見覚えのある少女がいた。リリスだ。


 「キャハハ!! おもしろいっ。まさか聖女に呼び出されるとはね。世も末だわーっ。それでなに、悪魔契約したいのかなあ?」


 「うん。お願いリリス。わたしの願いを聞いて」


 「3つの願いを聞いたら、お前の魂は永遠に消滅する。わかってるの?」


 「わかってる。わたしは、2つしか願わない。残りの1つは絶対に使わない」


 「ふーん。あのね。この世に人類が現れてから、今まで1人もいないよ? 我慢できたヤツ。2つ使ったヤツは、かならず願うんだ。3つめを」


 「そんなことはどうでもいいの。願いをきいてくれるの?」


 リリスは頭をポリポリとかいた。


 「わーった」


 リリスが何を唱えると、リリスの周りに紫電の魔法陣が出現した。そこにあるのは見たこともない文字で、見たこともないほど美しい魔法式だった。


 リリスは続ける。


 「我、悪魔の王リリスは契約に従い、汝の望みを聞き届けよう。それで願いは?」


 わたしの願いは……。


 「ルーク様の背後に顕現して。そして、後ろから抱きしめてこう言ってほしい『我、汝を悪魔王の使徒として、永遠の命、永遠の殺戮を許す』」


 「わかった。それで、2つめは?」


 「ルークさまに。ルーク様に悪魔王の加護を与えて」


 「……承知した」

 

 

 …………。


 え。

 おわったの?


 なんか、どどーんとかそういうのないんだけど。


 リリスは早く帰れとばかりに、シッシッと手を払う仕草をした。


 あ、これは言っておかないと。


 「あのー、リリス。ほんとに永遠の命与えちゃダメだからね? あの人、そういうの耐えられないから」


 リリスは面倒臭さそうに答えた。


 「わーった。お前は、それよりも敬称の使い方を覚えた方がいいぞ? あとな。悪魔の加護だがな。あいつ、もとから持ってるぞ……」


 え。それって。


 わたし、ふたつめの願いを無駄遣いしちゃったってことー?! そんな大切なこと、先に言って欲しいんですけれど?


 まばたきをすると、わたしはさっきと同じベッドにいた。


 目のまえには、悪魔王リリスがいた。

 本当に来てくれたようだ。


 悪魔が精神世界で顕現することは稀にあるが、悪魔王が物質界で顕現したなんて話は聞いたことがない。


 リリスからは、すさまじい量のドス黒い魔力が吹き出している。ルーク様と一緒に来てくれたイヴは、闇の魔力に酔ってしまい、立ち上がることもできないようだ。


 リリスはおもむろに、ルーク様に抱きつくと、彼の顎をグイッと自分の方に向け、キスをした。

 

 ち、ちょっとぉ!!

 そこまでしろなんて言ってないんですけれど??


 そして、リリスはルーク様の目を見つめると、愛しい恋人に話しかけるように囁いた。


 『我、汝を悪魔王の虜として、永遠の命、永遠の愛と、永遠の殺戮を許す……』


 ここは、神々のお膝元だ。

 女神たちは、リリスの顕現を絶対に知っているはずだ。


 ……ルーク様のことが個人の問題というなら、神々の問題にすり替えて、わたしたちの土俵に引きずり込むしかない。


 だが、もう一つ気になる事があった。


 それは、豊穣の女神のレイア様にループの権能があるか分からないことだ。あるとしたら、時と運命の女神ウルズ様なのでは……。


 ここにウルズの神官がいたことは幸運だった。だから、わたしは、イヴの方をむいて、精一杯の声を出した。


 「い、イヴちゃん。わ、わたしを助け……、手を握って」


 イヴに手を握ってもらい、その時を待つ。


 

 こい。

 ……こい!!


 女神よ。

 わたしを呼び出せ!!


 降魔調伏は、神にとって譲れない大義だ。そんな彼らにとって、今の状況は看過できるはずがない。



 …………。


 次の瞬間、わたしは女神の神殿にいた。


 目の前にいるのは、レイア。

 そして、横にはウルズがいる。


 よし。

 イヴちゃんに神聖力をもらって正解だった。


 レイアは、わたしを見るなり抱きしめてきた。


 「あぁ。かわいそうな我が愛する子よ。あなたに起きた不幸は、神から課された試練なの……」


 無視無視。

 これは、自動入力の定型文みたいなものだ。


 「レイアさま。いま、地上にはリリスがあらわれて、勇者と使徒の契約をしました。このまま放置すると、もう世界を救う者はいなくなって、世界は滅びてしまいます」


 レイアは答えた。


 「見ていました。ゆゆしきことです。ですが、これはルーク1人の生死に関わる問題。私達、神が干渉できることではありません」


 ほら、やっぱり。

 事務的塩対応。思った通りの反応だ。


 ルーク様の不幸には、あなたたちも関係者じゃない。なんで他人事なのかな。他人だけど。


 これなら、ルーク様の為に、本当に姿を現してくれたリリスの方がよっぽどマシではないか。


 わたしは続けた。

 神々の、悪魔へのマウント心理を利用したい。


 「違います。勇者は神様の使いですよね。それを悪魔に奪われ、ましてや、みすみす見逃すなんて、悪魔に敗北を認めていること同じだと思います」


 わたしは、必死に続けた。


 「それは、言い換えれば、善の敗北です。しかも、あいては悪魔王です。一個人の生死というレベルの話ではないと思います。少しだけていいんです。時間を戻してください」


 レイアは悩み始めた。


 「たしかに。ですが、時間遡行は歪(いびつ)が大きく、安易にはできないのです。それは私の権能にも裁量にも余ること。まずは、本部に確認しないと……」


 「レイア様。こうしているうちにも、時間は進んでいます。今対応しなかったら、これはもはや、他の誰でも無いレイア様の失敗です。ことわりへの歪も、どんどん大きくなるのではないですか?」

 

 「ですが。世界への影響が大きすぎる……やはり、本部に」


 ……やっぱ、この人はダメだ。

 わたしは、ウルズの方をみた。


 「ウルズさま。いま、イヴちゃんも一緒にいるんです。イヴちゃんも死んじゃう」


 すると、ウルズは微笑んだ。


 「……分かりました。わたしの権能と責任において時を戻しましょう。ただし戻せるのは、数分です。それ以上はできない。その範囲で問題を解決しなさい。わかりましたね」


 あぁ、即決。

 この人、素敵。


 あの目つき、たぶん、色々と分かってる。

 本気でチェンジお願いしたいんですが。


 

 ……。


 目を開くと、目の前にいたはずのリリスとルーク様はいなかった。


 そのかわりに、目の前には事後の余韻を楽しむ法王がいた。


 そして、ルーク様がやってきて、わたしはさっきと同じことを言った。見られたくない気持ちが大きすぎて。


 「ん……あ。 ルークさま……。わたし…を、みない……でくぁ、だ、さ…い。わたしを……、みないで」


 ルーク様のあの顔。

 見るのは2度目なのに、胸が張り裂けそうになる。


 「メイ……?」


 ルーク様から、黒い魔力が溢れ出し始めた。

 この数秒後には、さっきの結末へ繋がっていくのだ。


 でも、大丈夫。

 ルーク様には、悪魔の加護もある。水は水。火は火。同じベクトルの怨嗟の影響は少ないはず。


 だから、わたしは、自分が言うべきことを言うんだ。今度は、恐怖と絶望に負けてしまった前回とは違う。


 そのために、最後のループをしたのだから。


 殴られたせいで、うまく話せない。

 でも、口を開け、声に出すんだ。


 あのとき、本当にルーク様に伝えたかった言葉を。


 

 「ルー…くサマ。ヤメ…、ダメです。メイは……、いつものニコニコの…、あなた…がスキです」

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