裏交差8項 勇者と絶望。

 

 直後、わたしの視界は真っ暗になり、法王の声が聞こえてきた。


 「いけない聖女様ですねぇ。悪魔の祭具なんて対策済みですよ?」


 そうか。

 わたしは失敗しちゃったのか。



 …………。

 ……。



 目が覚めると、わたしはベッドに縛り付けられていた。


 この部屋には見覚えがあった。

 幼い頃、お母さまと住んでいた家だ。



 少しすると、男が入ってきた。

 法王だ。


 法王は、わたしの横に座り頬を撫でる。


 「ふむ。美しい顔だ」


 そして、頬を舐め上げると、下品に笑った。


 「処女の奇跡をいただきたいだけだったが、これは思わぬ拾い物をしたな」


 「やめて!! そんなことをしても、聖女の奇跡はえられない」


 「ん。わたしは法王だぞ。心得ている。もし、奇跡がなくとも妻になって一生、私の横に座っておればよい」


 「あんたと結婚なんて絶対しない!!」

 

 法王はニヤリとした。

 左手で瓶をもち、空いている指でコンコンと瓶を鳴らした。


 「それが。できるんだよ。これがあれば、そなたは、自分が生きているか死んでいるかもわからなくなる」


 廃人にでもする薬だろうか。

 法王は続けた。


 「だが、それじゃ面白くないからな。まずは普通に楽しませてもらうとするか」


 わたしは全力で抵抗した。

 縛られた両手足の皮膚が裂け、血が出ているのが分かったが、諦めなかった。


 危険も承知していたし、もしかしたら生きて帰れないとも覚悟していた。


 でも、でも。

 この国で、こんな低俗な乱暴をされるとは思わなかった。わたしがわたしでなくなってしまうようで、痛みよりも怖さよりも、ルーク様を悲しませる事が嫌だった。


 やがて、法王は苛々して、わたしの右頬に平手打ちをした。そして、すぐに治癒魔法をかける。


 「美しい顔が崩れては興醒めだからな。まぁ、時間はある。夜が明ける頃には、自ら求めるようになるだろう」


 法王はわたしの服を引きちぎり、胸にしゃぶりついてきた。ルーク様にされたときは可愛いと思ったのに、いまは嫌悪感しかない。


 わたしは法王の耳に思いっきりかじりついた。

 すると、憤慨した法王は右手を振り上げた。わたしは、殴られるかと思って歯を食いしばった。


 だけれど、殴られなかった。

 そのかわり、鈍くて熱いものがお腹に触れた気がした。


 身体を曲げて見ると、お腹にナイフが刺さっていた。真っ赤な血がドクドクと流れ出ている。


 法王はわたしのパンツをひっぱって、脚を開こうとする。


 血が足りなくなったらしい。

 わたしは強い眠気を感じ、瞼が重くなった。

 


 「メイ! メイいるのか?」

 

 

 外でルーク様の声が聞こえた気がした。

 こんなところにいるはずがない。


 幻聴かな。

 でも。


 「いやぁ!」


 わたしは法王の顔面を蹴飛ばした。

 すると、法王は、さっきまでの好々爺は見る影もくなり、獣のような目つきになった。


 「調子にのりやがって。このアマが……」


 これがこの男の本性なのだろう。


 男はわたしの顔面を思いっきり殴った。ワンテンポ遅れて、頬にじわんじわんとした熱が伝わり、自分の歯がどこかに飛んでいくのが見えた。


 男は下半身を丸出しにして、わたしの脚を強引に開く。そして、腰を蛇のように滑り込ませて、押し込んできた。


 股間に違和感があった。

 わたしの中に、何かがメリメリと入ってくるのが分かった。


 その瞬間、世界が終わった様な気持ちになった。


 少し離れたところでは、あのカラスが無表情にこちらを見つめている。


 そうだよね。

 悪魔なんかに救いを求めた私が愚かだった。


 わたしの視界には退屈そうなカラスだけが見えている。だけれど、一定のリズムで私の身体が揺れ、視界もそれに合わせてブレる。その景色は、どこか他人事のようだった。


 やがて、法王の醜い呻き声がして、自分の身体の中に何かが出されたのが分かった。


 ……そっか。


 もうなにも考えたくない。

 わたしは、この世から消えてしまいたい気持ちになった。



 すると、辺りが騒がしくなった。


 「メイ! メイ!」


 法王は舌打ちすると、法衣を抱えて反対側の出口から出て行った。法王の姿が見えなくなるのとほぼ同時に、入口から誰かが入ってきた。


 姿は見えなくてもわかる。

 ルーク様だ。


 でも。


 嬉しいはずのルーク様の声を聞いて、わたしはもっと絶望的な気持ちになった。


 こんな姿を見られるくらいなら、さっき殺されていた方がマシだとすら思った。


 わたしは勝手にルーク様のお屋敷を飛び出した挙句、あんな男に弄ばれて、こんな。


 こんな、姿を晒して。


 ……ルーク様だって、きっと許してくれない。


 いやだ。

 こんな姿みないで。


 だけれど、そんな私の気持ちとは無関係に、ルーク様の姿が視界に入った。それは、街で見かけた、あの凛々しい青年だった。


 汚された私とは真逆の存在に思えた。


 ルーク様が私を見た。

 その視線が、わたしの四肢から顔、下半身に移動する。


 やがて、その視線は虚ろになって、絶望した顔になったように見えた。

 

 ……もうダメだ。

 こんな私を見られたくないし、消えてなくなりたい。


 声を振り絞るけれど、うまく話せない。


 「ん……あ。 ルークさま……。わたし…を、みない……でくぁ、だ、さ…い。わたしを……、みないで」


 「メイ……?」


 ごめんなさい。ルーク様。

 わたしは貴方を信じることが出来なかった。


 だから、言ってはいけないことを言ってしまった。


 「ルーク……様。わた……を殺してくだぁい。も…う、生きていたく……な…い」


 すると、ルーク様はフラフラと片膝をつき俯いた。そして、顔を上げたとき、その目はリリスと同じ漆黒だった。


 ルーク様から禍々しい魔力が溢れ出ている。

 まるで、この世の怨嗟をすべて寄せ集めたような膨大な量だ。


 リリス。

 悪魔王にも匹敵する闇の魔力。


 ルーク様は口を開いていないのに、声が聞こえてきた。あたまの中に直接に感情が流れ込んでくるようだった。


 「ゆるさぬ……。法王がごとき偽善の従者が」


 気づいた時には、ルーク様は消えていた。

 私にはわかった。


 ルーク様は法王を殺しに行った。


 いけない。

 殺させてはいけない。


 法王を殺したら、ルーク様は世界中のレイア教徒の敵になってしまう。それに、未来永劫、神々の加護を受けることはできないだろう。



 だけれど、遅かった。


 次に瞬きした時、目の前には、再びルーク様が立っていた。しかし、さっきと同じではない。


 その右手には、法王の首がぶら下がっていた。


 法王は、驚愕の表情をしていた。

 おそらく、全ての神聖魔法による防御が突破されたのだろう。今のルーク様の前では、人間の魔法など、子供のお遊びみたいなものだ。



 わたしには分かる。

 ルーク様は、今も優しい。


 しかしそれは、神々のような誰にでも向けられた慈悲ではなく、わたしだけに向けられた優しさだ。


 きっと、ルーク様は……。


 私を、私の望みどおりに殺す。

 そして、自分も自害するのだろう。


 ルーク様はもうループができない。

 その魂は未来永劫消え失せて、わたしはもうルーク様と、手を繋ぐことも、お話することもできない。


 あぁ。これは今更の千里眼か。

 その絶望的な世界がはっきりと見える。

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