裏交差7項 わたしの勇者さま⑦

 

 私が頷くと、法王は両方の口角を上げて笑った。法王は笑顔のまま話し続ける。


 「では、確認の必要もないと思いますが、聖女には清らかな処女しかなれません。その点……大丈夫ですよね?」


 この人、嘘をついてる。


 だって、レイア様は男神じゃなくて女神だよ。

 処女じゃなくたって女神の聖女にはなれる。


 聖女とは、ある意味では、女神に認められた一つの神職ともいえる。


 女性達が好きな人と愛し合って結ばれるのは、女神様の望むところでもあるし。わたしは、レイア様と何度も話しているからわかる。なれないわけが無い。


 ただ、処女の奇跡については、無理だけどね。


 わたしの処女はルーク様に捧げた。

 わたしが聖女になれたら、後追いでルーク様にも奇跡が適用されるのかしら。でも、ルーク様の周りには、リリスがウロチョロしてるからなぁ。


 阻害されて効果なさそう……。

 わたしの一番の奇跡が届かなかったら、ちょっと悲しいかも。


 でも、ここは否定しない方がいいよね。

 承継の儀式してもらえなかったら困るし。


 わたしは頷いた。


 すると、法王の口角は一気にさがり、仄暗い瞳でわたしを覗き込む。大抵の人は、これで縮こまってしまうのかもしれない。


 でも、わたしはリリスに睨まれた事があるのだ。本物の闇の瞳は、法王のそれとは、比べ物にならない。


 法王は顔をあげると、あの笑顔に戻った。


 「そうですか。それはよかった」


 それを言うと、法王は途中で食事を切り上げ、帰ってしまった。用事が済んだので、私には用はないといったところだろう。


 あの法王は、噂通りの俗物だと思う。

 メルドルフの信者さん達が、不憫でならない。


 わたしは、残りのコースも満喫して、部屋に戻った。窓からは、煌めく夜の海の向こう側に、まん丸のお月様が見えている。

 

 儀式は満月の時にしかできないらしい。

 そのため、準備ができ次第、お迎えの者がくるとのことだった。


 「随分と急ぐなぁ。……んっ?」


 窓を開けると、窓枠にカラスがとまった。

 赤い目の大きなカラス。


 「ね。カラスさん。わたしが困ったら助けてくれたりする?」


 カラスは無反応だった。


 そうだよね。

 悪魔にそんなことを期待する方がおかしいよね。


 っていうか、もしかして。

 ただの大きなカラスさんなのかな。


 わたしは確かめてみることにした。

 

 「カラスさん。リリスってブスだよね?」


 コンココン!!


 「いったーい!!」


 カラスに額を突かれた。しかも3回も。

 どうやら、やっぱり、普通のカラスではないみたい。


 わたしが蹲っていると、ドアがノックされた。


 「儀式用の衣にお召替えを」


 使用人が法衣を持って入ってきた。

 ローブのような、ドレスのようなその衣装には、わたしは見覚えがあった。


 ……お母さまも着ていた服だ。

 わたしは少し懐かしい気持ちになった。


 着替えて少しすると、迎えの馬車がきた。

 悪魔の祭具をポケットに入れると、わたしは部屋をでた。


 途中、街中でルーク様に似た見かけた。わたしは思わず馬車から飛び降りそうになった。でも、その男性は、痩せていたし、すごく精悍でカッコよかった。


 人間って、1日であんなに変われないよね?


 だから、きっと見間違いだ。きっと。

 ルーク様に会いたすぎて、幻覚が見えちゃったかな。

 

 

 馬車で10分ほど揺られると、大聖堂についた。大聖堂では、神官達が左右に列になって出迎えてくれた。


 その列の間を、法王と歩く。

 女神像の前に立つと、祈りを捧げる様に促された。


 わたしは、言われる通りに両膝をつき祈りを捧げた。


 それを確認すると、法王は、先代のものと思われる聖女の法衣を女神像にかけ、聖句を述べて両手を掲げた。


 すると、女神像がまばゆく輝いた。


 え。

 もう終わったの?


 正直、何の実感もない。

 だが、神官達の狂喜乱舞をみると、承継の儀式が終わったんだなと実感した。

 

 歓喜がひと段落すると、控室に案内された。

 すぐに法王が入ってきた。


 「おめでとうございます。新たなる聖女の誕生に、神官達は打ち震えておりました。ささ、祝杯をあげましょう」


 法王は、わたしの近くにあったグラスにシャンパンを注いだ。


 本当は、今すぐにでも宝玉で逃げ出したいのだけれど、少しでも発覚は遅い方がいい。だから、できれば、人目がないところで使いたい。


 法王が出て行ったタイミングで逃げるか。


 わたしはシャンパンを一口のんだ。

 すると、頭の中がぐるんと一回転するような感覚があった。


 膝から力が抜けていく。

 うずくまりざまに、法王のニヤけた顔が見えた。


 やばい。

 シャンパンに中か入っていたのかも。


 わたしは左手にもっていた逃魔の宝玉を握りしめる。地面に落とすと、宝玉は砕け散った。

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