裏交差6項 わたしの勇者さま⑥
部屋付きのメイドが入ってきて、慌ただしく、わたしのドレスを準備しはじめた。
予め決めておけばいいのにと思ったが、どうやら法王のその日の気分で決まるものらしい。
すごい傍若無人。
ルーク様より酷いと思う。
ドレスの準備が整うと、数人がかりで一気に私に着せた。コルセットを巻き、アンダースカートの上に、ドレスを羽織りフックをかけていく。自分が着せることにはなれているけれど、着付けしてもらうのは、少し気恥ずかしくて不思議な感じがした。
やがて、執事のような人が迎えにきて、食堂に案内された。わたしが着座すると、タイミングをはかるように法王がやってきた。
法王は、わたしをみると微笑んだ。
歳は40代くらいかな。唇が異様に赤い。
祝杯をあげると、料理が次々と運ばれてくる。
わたしが何から聞くか迷っていると、法王から話しかけてきた。法王は、意外にも腰が低く、いかにも好々爺といった雰囲気だった。
「メイさん。本日は異国よりのご足労、心より感謝します。これは、ささやかですが、歓迎の宴です。ぜひ、今夜はゆっくりとお過ごしください」
料理はどれも華やかで美味しく、魚介類がふんだんに使われていた。もちろん、レイア教でも魚介類を食べることは禁止されていない。
メルドルフは海に囲まれているし、これが一般の信者ならわかる。
しかし、レイア様は豊穣の神だ。その法王が魚介類を口にしていることに、わたしは、少し違和感をおぼえた。
「ありがとうございます。あの。お母さんがこちらで保護されていると聞いたのですが……」
すると、法王は食べる手をとめずに、眉を上げて私をみた。
「あぁ。そうでしたね。そうだった。実はですね。保護されていた女性の身元がわかったのですよ。実は先代の聖女様でした。あぁ、なんと嘆かわしい」
……なんてわざとらしい。
この法王になってから、先代の聖女は天使になって天に還ったと説明されていた。それが市中で見つかっては、法王にとっては、さぞ都合が悪いのではなかろうか。
そうか。
わたしにそんな話をするということは、わたしを生きて帰すつもりはないのであろう。
わたしは、法王に気づかれないようにテーブルの下に手を入れ、祭具屋で買った黒紫の宝玉を握りしめた。
これは逃魔の宝玉。
神聖力が強い領域から退避するための……逃げるための道具だ。
魔の討伐を至上命題とする神の陣営にはない発想の祭具。いかにも悪魔教らしい祭具だと思う。
わたし自身が神聖力を持っているので効果は下がるだろうが、とりあえずこの建物から出るくらいのことはできるだろう。
宝玉を握りしめる手に力を入れる。
法王は、そんなわたしなどお構いなしに話を続けた。
「それでですね。記憶もなくなってしまっていて、聖女様としての職責は全うできない。なんたる試練……!! そんな折に、貴女の存在を知ったのです」
思ったよりも饒舌な男性だ。
なにか有用なことを聞き出せるかもしれない。
わたしは、もう少し話を聞くことにした。
法王は両手をあげて、得意気に続けた。
「あぁ。女神様。なんたるご慈悲。先代聖女の娘なら、貴女にも聖女たる資格があるということ。聖女不在では、信者達が不安になってしまう。仕方なく、天に還ったとしていましたが。そこで、頼みがあるのです。当代の聖女になってもらえませんか?」
それは、継承の儀式を法王が承認してくれるということだろうか。法王の目を盗んで大聖堂に侵入するのは至難の業だ。
であれば、これを利用しない手はない。
宝玉を使うのは、その後でいいだろう。
わたしは宝玉から手を離した。
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