裏交差5項 わたしの勇者さま⑤

 

 メルドルフにつくと、わたしは急いで例の物を売ってる店を探した。


 きっとすぐにお迎えの人が来てしまう。

 それまでに手に入れないと。


 

 お目当ては……、悪魔教の祭具だ。



 リューベックを出て何日かした頃、船の甲板で星を見ていたら、オジサンにナンパされた。旅に慣れている様子だったので、わたしは、メルドルフの現状について聞こうかなと思った。


 「おじさま。どんな目的で旅を?」


 「おねーちゃん。今夜どう? あっ。当然、お手当も出すよ? おねーちゃんみたいな美人さんだったら、最初から限界突破プライス。銀貨1枚でどう?」


 「……(笑)」


 はなから自力で口説く気はないらしい。

 変に交渉で、ジリジリと価格を上げられるよりも、ある意味、突き抜けてて爽快かも。しかも、銀貨1枚って何気に太っ腹だ。娼館にいったら、きっと、何人も女性を買えると思う。


 少なくとも、こんな自由人が厳格なメルドルフの関係者ということはなさそうだ。


 わたしは髪をかきあげて答えた。


 「ねっ。教えて? メルドルフに何をしに行くの?」


 「んー。内緒だぞ? これ見てみな。悪魔教の祭具。これな、実はメルドルフで製造されているんだよ」


 にわかには信じられない話だった。

 レイア教の中心地を自負するメルドルフ司教国に悪魔教? いや。でも、灯台下暗しともいうし……、ありえない話ではないようにも思えた。


 「えっ。わたしも興味あるぅ。どこに売ってるの?」


 「おじさん、メルドルフで仕入れた悪魔教祭具を他国に運ぶ行商の仕事をしていてな……」


 あと一押し。

 わたしはオジサンにもたれかかるようにした。


 おじさんは声のトーンを上げた。

 「おほほー。それでな、プロ仕様の合言葉はな……」



 …………。

 ……。


 悪魔教の祭具。

 神聖力が龍脈のように張り巡らされたこの国だからこそ、神の力に抗う何かを持っておきたい。


 悪魔教の祭具に頼るなんて、ちょっと複雑な気がしなくもないけれど、私、神官でも正式な聖女でもないしね。しがないルーク様づきのメイドだもん。


 実益重視で。


 オジサンにもらった地図を頼りに探すと、その店は、あっけないほど簡単に見つかった。扉の前に立ち、オジサンにおしえてもらった合言葉を言う。


 すると、扉が開いて中に招き入れられた。


 中には所狭しと祭具が並べられていた。


 祭具といっても、どれでもいい訳ではない。とりわけ、わたしのように神聖力を持つ者にとっては、顕著だ。人を呪ったり、害したりするような道具は扱えない。

 

 神聖力が干渉して、うまく発動しないのだ。


 「……あった」


 わたしは、無造作に商品が置かれた棚から、地味な首飾りを手にとった。


 そんな私にも扱える祭具。

 それがこれ。落日の首飾り。


 これは、悪魔を交渉の場に呼び出すだけの道具。呼んでも悪魔が味方をしてくれるとも限らないし、呼び出して討伐に利用することもできる。


 そのため、この首飾は神聖力とは干渉しないようになっている。


 「これください」


 わたしは、落日の首飾りを手に入れた。

 

 本来、悪魔の目が届きにくい司教国なのに、わたしには専属監視がいるのだ。きっと、何かの役に立つ。


 それと、もう一つ欲しいものがある。

 わたしは、隣の棚の黒紫の宝玉で目を止めた。


 これも手に入るなんて運がいい。

 わたしは宝玉も買うと、店を出た。

 

 桟橋に戻ると、いかにも神官然とした男性が2人立っていた。どうやら、お迎えらしい。


 すぐに馬車に案内され、1人でキャビンに乗せられた。色々と聞き出したかったのだが、これでは難しそうだ。


 馬車に揺られること数時間。

 わたしは、貴賓館のような豪奢や建物に案内された。


 外壁には金の装飾が施され、天井には色鮮やかな天使画が描かれている。質素を旨とするはずのメルドルフ司教国とはあまりにもアンバランスだと感じた。


 中のゲストルームに通され、理由も分からずに待たされた。その間、館内は自由に歩くことができたが、外に出ることは許されなかった。


 だけれど、使用人達は、しきりに窓の外を気にしているようだった。誰かの来訪を待っているのだろうか。


 太陽が沈みきった頃、建物の入り口に、立派な馬車が横付けされた。すると、中から、いかにも偉そうな神官服をきた男性が出てきた。


 あれは法王の神官服だ。

 と、いうことは……。


 あの人は、当代の法王ウィルヘルム3世か。


 わたしへの招待状。

 てっきり、どこかの司教あたりの独断かと思っていたのだけれど、思ったよりも大掛かりなものらしい。

 

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