裏交差2項 わたしの勇者さま②

 でも、そんなに都合よくメルドルフ司教国に潜入する方法なんて……。


 わたし、そんなにお金持ってないし。

 ルーク様に言ったら、反対される気がするし。


 役に立たないのに、一緒に来たいなんて言われても困るし。


 とりあえず、自室に戻ろう。


 清潔なメイド服に着替えて、心を落ち着けて考えるのだ。メイド服が入っている引き出しをあける。


 すると、畳まれた服の上に、見慣れぬ封筒が置いてあった。


 封筒に差出人はない。

 中の便箋にはこうあった。


 「貴女のお母上がメルドルフ領内で保護されました。記憶をなくしておられ、貴女の名前のみ覚えているようです。お母上は、我が国のとある貴人に似ているため、私どもとしても対応に困っている状況です。入国の費用等は、私どもで負担しますので、是非、お母上とお話をしていただけませんか」


 その下には具体的な渡航方法が書いてあった。それと、乗合の大型船の乗船券。一応は往復分ある。


 ……。

 お母様が生きてるって?

 わたしは、女神様と何度もお話しているのだ。お母様からのノートもある。


 あり得ない。


 それに、つっこみどころ満載の内容。

 急なことで、相手もバタバタだったのかな。


 だけれど、この手紙が届くということは、どうせワタシの存在は、彼らに知られているってことだ。それに、まさか、乗合の船で殺されるってこともないよね。


 一日でも早く渡航したいワタシにとっては、願ったり叶ったりの提案ではある。


 うん。

 誘いに乗ろう。


 そして、現地でなんとか承継の儀式を済ませて、ルーク様のもとに帰るんだ。


 翌日、わたしは、ルーク様には無断で船着場に来ていた。


 一応、置き手紙はしてきたけれど、あれで納得してくれるかな。わたしを助けるために、無茶などしないといいのだけれど。



 しばらく、慌ただしく乗船準備をすふ船乗りを眺めて過ごした。


 すると、不意に眩暈がした。

 そして、一瞬で、あたりの背景が薄暗くなった。


 これは、魔力。

 しかも、純血の悪魔のものだ。


 向こうから1人の少女が歩いてくる。


 少女は小柄だが、肩に不気味なほど大きなカラスを乗せている。


 そして、仄暗い眼光。俯いていたが、その美貌は絶世といっていいものだった。しかし、生の躍動は感じない。


 そんな少女が、ツインテールをふりながら、こちらに歩いてくる。


 『女神の加護を受ける私のところになんで悪魔なんかが……』


 少女は、うずくまる私の顔を覗き込んだ。


 わたしは咄嗟に視線を外した。

 こんな悪魔と目を合わせれば、それだけで命を奪われかねない。


 「おねーさん。お腹でもいたいの?」


 少女は予想外に可愛らしい声だった。


 「え?」


 「なぁーんてね。キャハハ。使徒はとっとと死ね。……こほん。わたしは、みんなのアイドル、悪魔王リリスちゃんだぞお?」


 リリス? 

 悪魔を統べる大悪魔中の大悪魔じゃないか。


 それは、死、絶望、疫病、おおよそ考えうる全ての厄災を司る。レイア様たち3柱であっても、分が悪すぎる相手だ。


 レイア様ってば。

 イカ食べながら、こんな化け物の相手してたの?


 ちょっと、危機感なさすぎでしょ。

 それに、リリスって名前、意図的に伏せられていた気がする。


 そうだよね。

 相手が悪魔王リリスだなんて知ったら、きっと脱落者続出だものね。


 わたし、やっぱり、女神も悪魔も紙一重な気がするよ。


 リリスは可愛らしい声で語ってくる。


 「おねえさん? こっちをみて?」


 「……」


 無視だ。どんな挑発をうけても、絶対に目を合わせてはいけない。


 すると、リリスはため息をついて話を続けた。


 「もう。つまんねーな。これだから、偽善者気取りの三下は。ルールなんて破るためにあるもんなんじゃねーの?」


 リリスは続ける。


 「あのな。いいこと教えてやるよ。ルークのアホさ。我に初めてあったとき。胸もんできたぞ? すげー興奮して、ムラムラしてたまらねーっすって」


 ルーク様がそんなこと……。

 いや、アイツならあり得る。


 あのハゲっ。


 浮気しないことだけが取り柄だったのに。

 よりによって、リリス相手に鼻の下を伸ばすなんて。


 「いくら、クズのルーク様でもそんなことは……!!」


 すると、真正面にニヤニヤしたリリスの顔があった。


 しまっ……。

 目を合わせてしまった。

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