裏1項 純潔メイドのメイ

 

 わたしの名前はメイ。

 

 リューベック公国が一翼。

 クラム領を治めるクラム侯爵家。


 その次期当主のルーク様の専属メイド。


 わたしが言って良いことではないのだけれど、わたしのご主人様は皆にクズだと思われてる。


 いや、本人が一番そう思ってるかも。

 わたしもちょっと思ってる……。



 でも、違うの。


 子供の頃、わたしはご主人様に命を助けられた。

 知らない奴らに拐われたわたしを、みんなに見捨てられたわたしを。


 世界でただ1人。助けてくれたのがご主人様なの。


 ご本人は忘れているかもしれない。

 だけれど、わたしはすぐに分かったよ。


 クラム侯爵家のお屋敷で、はじめて見た時から。


 例え、ルーク様がクズで薄毛でメタボでも。

 わたしの命はルーク様のものなのだから。


 

 ただね。

 

 これはあくまで恩義なの。


 ご主人様のこと、好きだと勘違いされるとこまる。

 目が合うたびに「お前、俺のこと好きだろ」とか言われて、挨拶がわりにお尻を触られるのも困る。


 セクハラ委員会とかあったら投書したい。

 「ウチのセクハラメタボを処罰してほしいって」

 

 なんか目が合うと、ドキドキする時もあるけれど。

 それは、貞操の防衛本能?

 または、運動不足なんだよ。きっと。



 さて、メイド長のところに行って、

 今日の業務報告をしよう。


 シェフへの引き継ぎ事項に書くのだ。

 ご主人様は「明日はピーマンを克服できる気がする」って言ってたと。


 実はね。メイドの中では。

 ルーク様用に、クズ対策マニュアルがあるの。


 その中にはね、色々書いてあるんだけれどね。

 特に大切なのは「ピーマンを出さないこと」らしい。


 ピーマンを出すと、気が狂ったように怒るから。

 どうして?


 もしかして、前世はピーマンだったの?

 そういえば、身体の形が少しだけピーマンに似てるね。

 


 ルーク様。

 貴方に秘密にしていることがあるよ。


 いつも、死刑死刑って定型文のように言ってるけどね。


 少なくとも、わたしがメイドになってからは、1人も死んでないよ。


 どうしてかって?


 いつも、わたしが、承りました、って口だけの嘘をついているから。

 えへへ。ごめんね。

 


 それとね。

 ルーク様には言ってなかったけれど。


 わたしのお母さんは聖女様でね。

 わたしも、先のことが少しだけなら分かるんだ。


 だから分かる。

 あなたの人生にくさびを打つには今しかない。

 このタイミングを逃したら、貴方は変われない。


 だからね。

 わたしは、明日、お夕食にピーマンを出すよ。


 たぶん、わたしは殺される。

 だけれど。これでいいんだ。


 子供の頃に幽閉されたあの時に。

 本当はわたしは死んでいたハズなのだから。


 だから、恩義を返すためにここにいる。

 わたしは、あなたに殺されるために此処ここにいるんだよ。


 でも、痛くしないでね。

 痛いのは苦手だから。


 わたしには見えるんだ。

 遠い未来に、貴方がニコニコして、みんなを守って沢山の人を幸せにする姿が。


 その時、わたしが側に居れないのは、少しだけ残念だけれど。




 

 

 やっぱり、思った通りになった。

 いま、お腹にサーベルが刺さってる。


 ……痛いなぁ。やっぱり。


 痛さって熱さなんだね。切られたところが燃えるように熱いよ。わたしの命が、熱になって溶け出している。この熱さに、貴方が欠片ほどでも気づいてくれたらいいのだけれど。



 力が入らないよ。

 空気が鉛のように重い。


 肺に空間が入らない。

 痛いよ。怖いよ。寒いよ。


 辺りが眩くなって、急に暗くなってきた。

 わたしはもうすぐ死ぬのかな。



 望んだことだけれど、ちょっとだけ悲しい。



 ルーク様。ルーク様。

 

 貴方は今、泣いているよ。

 もう涙を流せない、わたしの瞼の代わりに。


 わたしに向けられたその目から、涙が沢山でてる。


 自分でも気づいていないのかな?



★今回のお話しの表側★

「第1項 ダメ貴族ルーク」


https://kakuyomu.jp/works/16818093075519809159/episodes/16818093075519861016





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