第36話 初心者殺し

 ダンジョンの奥深く、僕たちの前に現れたのは、体長50cmにも及ぶ巨大なカナブンのような昆虫型の魔物だった。


 魔物の名前はカナーブン。

 その羽音はしつこく響き渡り、不気味に光る目は、僕たちの心に恐怖を植え付ける。周囲の空気は一層重くなり、あの巨大な体躯から発する異様な気配に、緊張が高まるばかりだった。


「今度は気をつけるよ!」


 ミンディーは即座に戦闘態勢に入ると力強く叫んだ。

 彼女の手には鋭いダガーが握られており、その動きはまるで舞い踊るように慎重かつ俊敏だった。相手の一挙一動を見極めつつ、最適な瞬間を見計らって攻撃を仕掛ける準備を整えていたのだ。


 一方、メリッサは自らの杖を固く握りしめ呪文名を唱える。


「身体能力向上!」


 彼女の周りには輝く光が弾け、その魔法の力によって僕たちの身体は軽やかさを増していくのを感じた。

 そして、彼女は


「今度は外さないわ!ウインドカッター」


 強力な風の刃を昆虫型魔物に向けて放った。


「ファイヤ!」


 僕もまたショートソードを構えながらファイヤと叫び、魔法により生成れたれた火と言うか炎を剣に纏わせる。剣が一瞬にして輝きを放ち、僕はそのまま昆虫型魔物へと突進し、狙いを定め急所に一撃を加えた。


 昆虫型魔物は予想以上に激しい抵抗を見せる。その鋭い牙や爪が僕たちを襲うが、ミンディーの素早い動きがそれを巧みにかわす。メリッサの魔法が連続して命中し、僕の放った火の魔法の代わりとなるファイヤーが、魔物の甲殻を焼き尽くし、ついには巨大な体が地に倒れ込んだ。


 刺さった剣にファイヤーを発動し続けたが、その炎がカナーブンの体にも広がった。


「やった!これで1匹退治だぜ!」   


 ミンディーが歓喜の声を上げる。その表情は、戦いの緊張から解放された安堵と喜びに満ちていた。


「私たちの連携が上手くいきましたわ!」


 メリッサも安堵の表情を浮かべながら微笑んだ。彼女の言葉には、チームとしての絆の深さが感じられた。


 僕たちは昆虫型魔物から得た魔核と、カナーブンの触覚を手に入れた。

 触覚はポーションの材料として需要があるそうだ。


 カナーブンは硬い外皮に守られ耐久力が高い。

 しかし、突撃と噛みつきくらいしか攻撃手段はない。

 脚による攻撃は軽く皮膚を割く程度だ。 

 1階層に出る魔物の中で1番強い。


 階段を降りてすぐのセーフエリアの隣に、普段は誰も気に留めないような場所があった。

 セーフエリア沿いの壁で、さあ2階層を進むぞ!と1歩踏み出した背後になる壁にそれはあった。


 そこにミンディーがなにやら違和感を感じていた。

 見た目はただの石が転がっているようにしか見えないが、彼女が触れた瞬間、ガコッという音と共に壁に隠し扉が現れた。


「隠し扉?」


 ミンディーの興奮気味の声から無警戒な好奇心が滲み出ていた。


「ひょっとしたらバンの役に立つ物があるかもですわね!」


「だよな!メリッサ、中を調べようぜ!」


 メリッサが頷くと、ミンディーとメリッサはためらうことなくその扉をくぐった。


 僕は2階層直ぐに魔物がいないか気配を探っていて、2人の無警戒な行動に気が付くのが遅れ、止める暇がなく慌てて2人の後を追いかけた。


 扉の向こうに広がっていたのは、一見すると何もない普通の部屋だった。

 広さは10m四方だろうか。


 しかし、その静けさはすぐに破られた。突如、部屋の中央にエフェクトが発生し、それが消えると本来はランク5とされる強力な魔物、ケンタウロスが現れたんだ。


 こんな浅い階層にこれほどの魔物が出るだなんて、聞いたこともなかった。  


 そして、僕たちが不味いなと気付いた時には、入ってきた扉は跡形もなく消えていた。


『ここから出られない?不味いな・・・何とか2人を守らなければ!』


 心の中で必死に考えながら、僕は戦うことを決意した。 

 ミンディーとメリッサは萎縮してその場にへたり込んで震えている。


 改めて今の僕の状態を確認すると、武器屋のおっちゃんから巻き上げじゃなく、体重操作の対価でもらった魔鋼鉄製のショートソードを握りしめ、左手には篭手状の小盾を装備している。身を包むはオーガの革で出来た軽量な皮鎧!

 僕1人なら何とかなると思う。

 しかし、2人を守りながらというは正直なところ厳しい。


 生活魔法のファイヤを剣にまとわせる付与魔法は可能だが、燃費が悪いため長時間は無理だ。それが今の僕の奥の手だった。


 ケンタウロスの蹄が地面を踏みしめる音が響き渡り、そのたびに部屋の空気が震えた。

 僕は緊張で手に汗握りながらも、冷静さを保とうとた。僕の目は常に動くケンタウロスの動きを追い、次の攻撃を予測していた。


「メリッサ、後ろに下がれ!」


 僕の声が響くと同時に、ケンタウロスが大きくバックステップして距離を置くと、矢を番えて炎をまとわせた。 

 こちらと同じことを!


 そしてメリッサに向けて炎の矢を放った。

 しかし、僕は素早く間に入ると小盾で炎の矢を弾いた。

 盾の表面は黒く焦げ、一瞬頬に熱を感じたが、僕の決意は揺るがなかった。


「大丈夫か?」


 僕は目だけでメリッサを一瞥したが、震えているだけで怪我はない。


 僕は再びケンタウロスに向き直った。ショートソードを握りしめ、生活魔法のファイヤを剣にまとわせた。炎は剣を包み込み、赤々と輝いていた。これが僕の奥の手がだ、再び2人を狙われでもしたら、次も守れる保証はない。


 燃費は悪いが、この攻撃に全てを賭けるしかなかった。


 ケンタウロスが再び蹄を上げた瞬間、僕は全速力で駆け出し、剣を振り下ろした。炎がケンタウロスの皮膚を焼き、悲鳴が部屋に響いた。

 一瞬の隙をついて僕は再び剣を振り、今度はケンタウロスの脚を狙った。大きな体が崩れ落ちる。

 しかし、ケンタウロスの手には弓があり、それを倒れながら振ると僕の頬をかすめた。


 そしてケンタウロスの最後の力を振り絞った攻撃を薄皮1枚切られるだで避け、僕はその首に致命的な一撃を加えた。


 ケンタウロスは倒れ、部屋は再び静寂に包まれた。 

 僕は2人を守りきり、ケンタウロスを倒すことができた。しかし、ミンディーとメリッサの顔色は真っ青になっていた。 


 彼女たちも自分たちが何をやらかしたのかを理解したのだと思う。

 重苦しい雰囲気にこのままだとだめだと思う。

 僕は息を切らしながらも、軽い口調で言った。


「怪我はない? あんなところに隠し部屋があっただなんてびっくりだよね!でも無事で良かった。それよりもほら、宝箱だよ!」


 ミンディーとメリッサは僕から叱責が来ないからか安堵の笑顔を見せ、3人でケンタウロスがドロップした宝箱に近づいた。これが、僕たちウエイプレスが初めて得た宝箱だった。


 ケンタウロスがドロップした宝箱の中は、魔法書とスキルオーブだった。

 これらは冒険者にとって非常に貴重なアイテムだ。ダンジョンでドロップする魔法書やスキルオーブは、どちらも読んだり使えば内封されている魔法やスキルを得るが、消えてしまうので、使い回すことが出来ない。


 ドロップは美味しかったけど、これが典型的な初心者殺しの罠であることを僕たちは痛感した。

 だけど、まだこのときはさほど深刻に思っていなかった。

 僕は分かっていたけど、2人はそのような危険があることを知らなかった。つまりそういうことなんだ。このダンジョンは狡猾で、危険に満ちている。


 僕は2人を早く奴隷の身分から開放したいと思うも、そこに対する思いが強いがゆえに視野が狭くなり、2人が何を知っていて何を知らないのか?それを把握しないままダンジョンに連れてきてしまった。


 2人も僕の思いを汲み取って早くダンジョンに慣れたいと思っただろう。

 でもダンジョンの危険性を知らないのは当たり前なのに・・・反省しなきゃね。

 あくまで僕のミスなのだから。   

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