【番外編】 真夜中の六本木対談

 東京都の六本木、赤坂において一際目を引く摩天楼という言葉が最も相応しいと思える六本木最高峰のオフィスビルの屋上――ヘリポートにて。

 ゴシックロリータに身に纏った百合薗圓はメイド服を纏った常夜月紫と共にアンティークの懐中時計と睨めっこをしながら待ち人を待っていた。


 大日本皇国の経済界やサブカル界に投資家としてその魔手を広げ、今や大日本皇国の裏社会において最も危険な人物であると囁かれる圓。

 そんな彼がわざわざ東京で最も空に近いビルの屋上で待つということは、当然、それだけの価値がある人物ということなのだろう。


「…………遅いですわ! 全く呼びつけておいて何を考えているのかしら! 圓様が風邪を引いたらどうするのですか!? 本当に失礼な態度だわ! 万死に値する!!」


「あははは……まだ、予定の時間よりも随分と早いからね。それは流石に酷な話だよ。それに、今や彼は大日本皇国の宝だ。彼の命が失われるのは計り知れない損失だよ。……まあ、本人は己の価値というものを欠片も理解していないのか、理解していないという風に振る舞っているのかよく分からないけど、そういうことに無頓着だからね。本当に困った人だよ。それに、この場所を選んだのはボクだからね……というか、無茶苦茶な場所指定だったのによく応じてくれたものだよ」


 このオフィスビルは百合薗グループの融資によって建てられた大日本皇国最高峰の超高層建築物である。

 二十四時間の間、必ずどこかのオフィスは稼働しており、受付も交代制で稼働している。事前に通達をしておいたので、招待客が名前を伝えたら最上階まで一気に登れるエレベーターと、この屋上までの生き方を伝える筈だ。


 だが、圓には招待客がエレベーターを使う正規ルートを使わない・・・・予感があった。

 何故なら彼は極度の意地っ張りでへそ曲がりで、捻くれ者で超が付くほどの面倒臭い性格をしているからである。きっちり用意されたルートを「はい、分かりました」と歩いてくる人間などでは決してないのだ。


 そして、その予感は的中することとなる。


「はぁ……相変わらず早いですね。暇なんですか?」


 圓の待ち人は空を駆けるという物理法則を逸脱した方法で屋上へとやってきた。

 腕には一人の女性を抱えており、どうやらお姫様抱っこをしながら空中を駆け抜けてこの超高層オフィスビルの最上階まで辿り着いたらしい。


 僅かに白髪が混じった短髪の黒髪に、全く生気とやる気を感じさせない濁った瞳。

 目つきの悪すぎるジトな三白眼は初めて会った頃から全く変わらない。

 仕立ての良い上下黒いスーツを纏い、茶色の革靴を履いているその姿は一見すると草臥れたサラリーマンだが、実際の彼の職業は大学教授である。実際、高級そうな黒い革の鞄の中には講義で使った資料が彼の几帳面な性格を反映して綺麗に詰め込まれている。


 そんな男にお姫様抱っこされている女性は、彼以上に年齢不詳であった。

 潤いに満ちた腰まで届く黒髪、可愛らしく見開かれた黒目の印象的な双眸、スゥと通った鼻梁に小ぶりの鼻、若々しい潤いを含んだ薄桃色の唇。大人の色気も僅かに感じさせるが、それ以上に彼女の童心と内面の可愛らしいがひしひしと伝わってくる。

 明るくて楽しい女性という印象を出逢った誰もが彼女に対して抱くことになるだろう。


「セイちゃん、参上!!」


「……その年でセイちゃんはやめた方がいいんじゃないかな?」


「草子君、じじ臭いこと言わないの! あたしはまだまだ若いつもりなんだから!!」


「相変わらず楽しそうで何よりだねぇ」


「いや、申し訳ない。六限の講義が終わったらすぐに帰って聖さんと合流するつもりだったんだけど、教え子達から質問とかアドバイスとかを頼まれて……そうこうしているうちに遅くなった? いや、実際には間に合っているんだけど。しかし、なんで他のゼミの生徒達まで俺に質問をしにくるんだろうか? もっと優秀な教授なんてごまんといるだろ? 俺はただの本好きを拗らせた変態だって。こんな凡人捕まえて持ち上げて一体何の得になるのやら……やれやれ」


「いや、流石に凡人っていう評価は聞き捨てられないな。今更だけど、芥川賞とノーベル文学賞のダブル受賞おめでとう、能因草子先生。ああ、それとついでみたいな流れになってしまったけど、直木賞受賞おめでとう、能因聖先生」


「……うーん、確かに妻として草子君と同じ姓を名乗れるのは嬉しいけど、やっぱりしっくりこないんだよね。高野たかのせいって方がピンとくるっていうか」


「ペンネームも高野聖こうやひじりだしな。……でも、結局セイちゃんみたいな感じに名乗るならあんまり関係なくないかな? 学者みたいに本名で発表する機会もない訳だし」


「まあ、それもそうね!」


「しかし、相変わらず人間離れした動きだねぇ。流石は異世界帰り。その身体能力は異世界で培ったものかな? それとも、【魔術学概説】という魔法学術系スキルの賜物かな?」


 能因草子はまだ異世界召喚が身近ではなかった頃、高校のクラスメイト達と共にクラス召喚に巻き込まれた。

 高野聖はその異世界で出会った同郷出身者であり、旅を通じて仲良くなった二人はクラスメイト達と共に帰還の方法を見つけた後、無事に大日本皇国に帰国――そして、少しずつ愛を育み、結婚に至ったのである。……まあ、二人の関係の進展は決して順風満帆という訳ではなかったのだが。主に、異世界での旅を経て草子に対して恋心を抱いた恋敵達のせいで。


 能因草子達が飛ばされた異世界ローヴフォリアはザ・異世界ファンタジーの舞台という異世界であった。スキルや魔法が存在し、人間と魔族が敵対、その他帝国や教会などの不穏分子も存在する。

 当初、異世界召喚を主導したリーンフォルゲンという王国から良い技能を持っていないが故に冷遇されていた能因草子だったが、異世界ローヴフォリアとは別の異世界からやってきたある人物が草子の才能を見抜き、自身の住む異世界へと案内した。


 そこで出会った数々の学術スキルが能因草子を救い、彼を最強と呼ぶに相応しい存在へと育て上げる切っ掛けを作ったのである。


 異世界リブラリア――別名、叡智の異世界と呼ばれるこの世界では魔法が著しい発展を遂げていた。

 また、その魔法を使うための技術が学術技能として体系化されており、該当する授業を受講して単位を得ることでその技能を習得することができるというシステムが構築されていた。


 そのシステムは高校に居場所がなく、文学研究のための全てが揃っている大学に異常な興味を示していた草子と極めて相性が良かったのだろう。

 草子は【魔術学概説】という講義を出発点として異世界リブラリアで獲得できるほぼ全ての講義を受け、学術技能を習得した。唯一、習得できなかったのは永らく講義そのものが行われていない伝説の謎講義科目【魔術文化学概論】だけである。


 異世界から帰還できたのも、講義を通して時空魔法と呼ばれる稀有な魔法を使える技能を獲得できたからである。

 とはいえ、帰還そのものは異世界リブラリアに赴いて数ヶ月で可能になったものの、色々と思うところがあった草子は異世界ローヴフォリアを気ままに旅し、紆余曲折を経て最終的にリーンフォルゲン王国を滅ぼしてクラスメイト達と共に帰還することになったのだが。


「ん? いや、なんだったかな? あの内務省所属の魔法少女? あいつの動きを見よう見真似で真似ただけだよ」


「……あはは、相変わらずの化け物っぷりだね。魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスこと庚澤こうさわ無縫むほう君。ということは、『空駆翔』かな?」


「こんなモブの俺にでもできるんだから、誰だってできると思いますよ?」


「草子君、そういう謙遜はやめた方がいいと思うわ。もれなく、あたし含めてこの世の人間のほとんどがモブキャラ以下ってことになっちゃうし」


「でも、白崎さんとかならできるんじゃないかな? だって、選ばれし者、勇者にして聖女! 究極の高嶺の花にして、世界の至宝! 熾天超天使地母神様なんだから」


「……それ、草子君に言われると絶対に白崎さん泣いちゃうからやめてあげてね」


 クラス委員長として崩壊寸前だったクラスを纏め上げた立役者。

 博学才穎、容姿端麗、文武両道の三拍子揃ったクラスのマドンナ的存在のクラス委員長。

 そんな白崎しらさき華代かよも草子を慕う人間の一人だ。聖が告白に成功して草子と結婚した後もしぶとく草子との結婚を狙っており、その執念はなかなかのものである。


 法律で重婚が認められていない大日本皇国でもこんな状況に陥っているのだ。もし、法律で認められてしまっていたらもっと大変な状況になってしまっていただろう。

 ちなみに、華代の他にも草子の妻の座を狙っている者は多い。本人は自称モブキャラだが、彼自身見ようとしない草子の魅力に気づき、惹かれている人間は大勢いるのである。


「あー、そうだったねぇ。肝心なことを忘れていたよ。珍しく会いたいって言ってきた理由ってなんだったのかな?」


「そうだった……一つ聞きたいことがあってね。週刊女性日和を刊行する新澄社のビルの爆破事件――あれの指示を出したのって、百合薗さんじゃないかな? って思って」


 突如として草子に肉薄した月紫に首筋に刀の切っ先を向けられても一切動揺する気配もなく草子は淡々と尋ねる。


「月紫さん、剣を下ろしなよ」


「――しかし! この男はあろうことか圓様を告発しようと! 生かしておけば圓様の身にどのような不利益があるか」


「彼にその気はないよ。だとしたら、わざわざ会いにきたりはしないさ。ごめんねぇ、月紫さんはちょっと短気だからねぇ。そんなところも可愛いんだけど」


 恥ずかしそうに頬を染め、ごほんと咳払いをして剣を振って僅かに刃についた血を落として鞘へと刀身を戻す月紫。

 草子は「このバカップルが!」と冷たい視線を二人に向けた。


「さあ、よく分からないなぁ。それって証拠があって言っているのかな?」


「いや、物的証拠はない。だけど、皐月凛花は俺の記憶が確かなら圓、君のお気に入りだった筈だ。君は大切なものを守るためならそれ以外の全てを破壊する……それくらいのことはやってのける人間だ。可能性はあると思ってね」


 草子の言葉に圓はにこにこ笑っているのみ。草子もそれ以上追及するつもりは無かったのか、話をそこで切り上げた。

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【書き溜めにつき更新停止中】天衣無縫の勝負師は異世界と現実世界を駆け抜ける 〜珈琲とギャルブルをこよなく愛する狂人さんはクラス召喚に巻き込まれてしまったようです〜 逢魔時 夕 @Oumagatoki-Yu

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