第一部第二章「無法都市ダルニカと幸運の女神に愛された勝負師」

無法都市ダルニカへの道中は、ラジオをお供に。前篇。

 時は少し巻き戻る。ルインズ大迷宮を後にした無縫の運転する【666號ザ・ビースト】はルインズ大迷宮に向かう途中で無縫が発見していた目立たない場所・・・・・・・へと転移し、そこからログニス大迷宮を目指して夜の闇の中を走っていた。

 ちなみにどんな悪路でも水の上でも走行可能な代物なので、異世界の整備されていない街道でも特に問題はない。


『午後九時となりました。気になるニュースを纏めて振り返る「ニュース振り返り」のコーナーです』


「そういえば、無縫君ってラジオを聞くのね。最近の若者ってラジオとか聞かないと思っていたのだけど」


「俺はよく聞く方ですね。特にFM局のトーキョーFMがこの時間に放送している『ニュース振り返り』のコーナーは簡潔に大日本皇国での出来事や世界情勢を紹介してくれるので割と気に入っています」


「世界情勢って……無縫君って凄いわね」


「職業柄ですね。一応バイトとはいえ、内務省勤務ですから」


 フィーネリアは情報収集に余念がないプロ意識の塊の無縫に感心するが、無縫の方は何がそんなに凄いと思われているのかと首を傾げる。


『まずは明るいニュースが飛び込んできました。本日十月五日にノーベル文学賞の受賞者が発表されました。今回の受賞者は 『無邪気なるあく、罪を見据えるぜん』で芥川賞を受賞して話題となった作家の能因のういん草子そうし氏です。能因草子氏は東京帝国大学文学部教授としての顔も持ち、古代から現代に至るまで様々な時代の皇国文学を幅広く扱っている新進気鋭の学者としても知られています。更に近年では海外の文学作品にも研究範囲を広げ、昨年にはイギリス、フランス、ドイツの三ヶ国で文学研究賞を受賞しておられます。授賞式には妻で直木賞作家でもある能因せい氏も出席し、夫婦仲睦まじい姿を見せていました』


 能因草子の妻である能因聖は、旧姓の高野たかの聖の読み方を変えた高野聖こうやひじりの名で作家活動をしている。怪談噺を何よりも得意とし、直木賞を受賞した通俗小説『幽霊と爆撃』も怪談をベースにした作品だ。

 「幼少の頃に人を驚かせた時の顔が忘れられず、人を驚かすことにいつしか快感を覚えた少女がいつしか『地縛霊となって人を驚かせたい』という夢を持つ。気配を消す術などを身につけて驚かせるうちに更に拗らせて、遂には『幽霊の恐怖で怯えさせ、更にダイナマイトで爆発させて二重の意味で驚かせたい』というよく分からない変態的性癖に行き着く。そんな少女が実際に地縛霊となり、最初に出会うことになる本好きを拗らせた少年との出会いを経て様々な騒動に巻き込まれていく」というハートフルコメディは話題を呼び、社会現象を巻き起こしたのは記憶に新しい。


「……この暗い世界情勢・・・・・・の中で、希望があるニュースだな」


「本当にその通りね」


「…………zzzzzz」


「ドルグエス、喋らないと思っていたら寝ていたのね。静かでいいわ」


 ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナ――この二つの戦争が全ての始まりだった。

 ウクライナとイスラエルに対して支援するアメリカに対して苛立ちを募らせたいずれかの国がアメリカに対して飛行機ハイジャックテロを引き起こしたのである。……ちなみに、どこの国のどこの組織が攻撃を仕掛けたのかは現在でも不明である。

 9.11事件を彷彿とさせるテロ事件に、当然アメリカは激怒。ロシアかパレスチナが攻撃を仕掛けてきたと決めつけて両国へと宣戦布告。そこに西側諸国や東側諸国も呼応して第三次世界大戦が勃発した。


 アメリカは当時、実質的に属国の立ち位置だった大日本皇国にも自衛陸軍、自衛海軍、自衛空軍の三軍を派遣することを要請。しかし、大日本皇国には敗戦を経て作られた皇国憲法の第九条という厄介な代物があった。

 大日本皇国が二度と戦争をしないようにと盛り込まれた平和の象徴たる皇国憲法の第九条をアメリカは圧力を掛けて改正させ、憲法からこの条文を消し去った。


 かくして、大日本皇国は再び血生臭い戦争へと進んでいくことになる訳だが……ここで、誰一人として想定していなかった事件が起きる。

 前代未聞の大震災が大日本皇国を直撃したのだ。


 大日本皇国全土に、ほとんど同時多発的に襲い掛かった地震は、単体を見ても東日本大震災に匹敵するものであった。それが、北は北海道、南は沖縄まで襲ったのである。

 当然、都市機能は壊滅。死者行方不明合わせて五十万人以上に上るという前代未聞の大震災は一説には南海トラフの影響による地震であるとされている。しかし、それだけでは説明できない部分もあり、何か超常的な力が働いたのではないかと実しやかに語る学者もいる。


 この震災を経て、大日本皇国は戦争どころではなくなり復興に追われた。三都市機能分散計画もこの時、東京が致命的機能不全に陥ったことへの反省から構想されたものである。


 一方、巻き起こった第三次世界大戦も数年も経たずに終戦を迎えることとなる。

 その切っ掛けは邪悪心界ノイズワールドという異界から現れたネガティブエネルギーの集合体であるネガティブノイズの侵攻である。


 その侵攻は、複数の国で同時多発的に起こった。

 上級種や、中には人型の種も目撃されたという、後に「第一次侵攻」と呼称されることとなる大規模侵攻は多くの被害を巻き起こした。アラビア半島は灰燼と化し、ロシアではエカテリンブルグとモスクワが崩落、アメリカでもニューヨークとワシントンD.C.が瓦礫と化した。

 南極でも各国の観測隊が全滅……その他の国も地域を問わずに大なり小なりダメージを受けている。


 その中でかなり初期の段階でネガティブノイズを退けたのは、中国、イギリス、イタリアの三国だった。

 中国では隠遁していた仙人達が世界の危機を察知して動き出し、イギリスでは古代より魔術と剣術を受け継いできた影の王国近衛騎士団「時計塔ナイツ・オブ・の正騎士団ラウンズ」が国王の勅令を受けてネガティブノイズの殲滅に動いた。


 イタリアでは、生命エネルギーを特殊な力に変換する術を継承してきたマフィア達がネガティブノイズの排除に動いた。

 他にもカトリック教会の指揮下にあった聖法と呼ばれる力を操る聖騎士が教皇の勅令を受けて動き、ネガティブノイズの排除に貢献している。


 それに伴い、イギリスでは王家が再び力を持ち直し、イタリアではマフィアが国の支配権を大統領から奪い取って無法の国と成り果てた……などといった政変も起こっているようである。


 彼ら特殊能力を持つ国に遅れること、アメリカなどの国々も軍隊を使ってネガティブノイズの排除に成功。世界は一時の平穏を取り戻すこととなった。

 この隙を突き、世界各国は第三次世界大戦の勃発を期に完全に機能停止に陥っていた国際連合を復活させ、現在に至るという訳である。


 現在、世界は対ネガティブノイズ等の侵略者という形で一丸となっているが、この目に見える外敵が完全に消え去った時、またあのような悪夢が引き起こされるのではないかと各国が不安視している状況だ。

 ……まあ、まだそもそもネガティブノイズ達との戦いも終わっていないのだが。


 各国はネガティブノイズなどを仮想敵としてそれぞれ特殊な機関を創設。国際連合も専門の機関を設立し、世界は僅かではあるが平穏を取り戻した。

 アカデミー賞やノーベル賞などといった戦争中は休止していた世界的な賞も復活し、オリンピックなどの世界規模の大会も復活。世界は徐々にだが平穏を取り戻しつつあるのである。


『続いてのニュースです。女性総活躍社会党党首の一ノ瀬いちのせあずさ議員が本日、党首を辞任しました。一ノ瀬氏は党員へのセクハラ問題で先日から追及を受けており……』


「あの一ノ瀬が消えてくれたか。あの女は目障りだったから、勝手に自滅してくれて本当に助かるよ」


「随分と酷い言い草じゃない。……やっぱり、大田原総理や第一党の自由騎手民政党の政敵だからかしら?」


「まあ、それもある。それだけじゃないけどね。……あの一ノ瀬っていう議員、魔法少女を戦いの道具にするなと非難してきたんだ。何も知らない野党の人間だから言える野次だ。……とはいえ、アイツら腐っても第二党だろ? 万が一奴らが政権を取ったら面倒だと思ったのが一つ」


「確かに、魔法少女は国家防衛の最後の砦の一つだもの。あり得ない発言よね」


「……後、魔法少女に変身した俺に色目を使ってきたことがある。あの舐め回すような視線、エロいこと考えているおっさんと何ら変わらない。寧ろ、それ以上に生理的嫌悪感を覚えた」


「――ッ!? はぁッ!? なんですって!?」


「自称フェミニストとやらは、男は、生きているだけで犯罪者なんて宣うみたいだが……俺には性別なんて関係ないと思う。男が女性に下卑た視線を向けるのと同じくらいとは言わないが、女性だってそういう視線を女性に向けてないとは言えないんじゃないか? まあ、女性だけじゃない、男性の子供を狙うことだってあるだろう。……まあ、同性愛者だったみたいだし、俺達魔法少女に性的魅力を感じたってのも十分あり得る話だ。全ての同性愛者がみんな一ノ瀬みたいだって言いたい訳じゃない。だが、中にはああいう奴だっているってこと。……性別云々じゃなくて、重要なのは寧ろ人間性。アイツは欲望を隠そうともせずに好き勝手やり過ぎた。ただのに成り下がった。だから潰されたってことだろ? 他ならぬ、同じ志を掲げる仲間からな」


 しばらく二人の間で沈黙の時が流れる。その間もラジオは空気を読まず(まあ、読む訳がないのだが)、ニュースを伝える。


『世間を賑わす怪盗白烏はくあがまたしても予告状を出しました。明日の午後、皇国博物館に展示されている宝石、『柘榴色の涙』を盗むとのことです。白烏を長年追い続けている月村探偵事務所代表の月村つきむらあおい氏と助手の日畑ひばたそら氏は報道陣の取材に対し、『今度こそ白烏を捕まえる!』と意気込みを語りました』


「――きゃー! 白烏様! 素敵!! 私、絶対に観に行くわ!! 無縫君、お願いね!」


「……あー、あの『令和の魔術師』だったっけ? あのキザなコソ泥の大ファンなんだね」


「だってかっこいいじゃない!」


「……コメントは差し控えさせて頂くよ」

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