クラスメイトside1. 後編「呪われし王女の決意と、失意より立ち上がり決意する幼馴染ヒロイン(?)。」

 波菜は脚色をせずに自分の身に起きたことを総て話した。それで十分であると思っていたからだ。


 イリスフィアは吐いた。胃の中の全てをひっくり返す勢いで吐き、涙と吐瀉物と一体になって、生理的嫌悪感と恐怖に震えた。

 自分とほとんど歳の変わらない少女の身に起きた悲劇……という言葉では生ぬるい惨劇。


 家族と切り離され、殺さないでと懇願する母の目の前で子供を殺し、家族を守ろうとした父親を殺し、子供を殺し、赤子を殺し、殺し殺し殺し殺し……。

 怨嗟も悲しみも、何もかもを小さな背中で背負い、魔族を――自らを召喚した者達が敵と認定した者達を無実の、平和な生活を享受していた者達を殺し、血に濡れたまま帰路につく。その先で待っているのは欲望を隠そうとしない男達。


 幾度となく慰み者にされ、欲望の捌け口とされ……夜が明ければまた、勇者として送り出される。その繰り返し。


 イリスフィアは否定する。決して私達にそんなつもりはないと。

 しかし、それに覆い被せるように波菜は否定の言葉を投げ掛ける。「お前達だってやっていることが多少マイルドなだけで、似たようなものじゃないか」と。

 否定しようとして……しかし、イリスフィアから次第に否定の言葉は失われ、その声は弱々しくなっていく。波菜の言葉に、無縫の言葉が重なる。あの日、珈琲畑で無縫に投げかけられた言葉が波菜の言葉と共に心に重く伸し掛かる。


 流石に波菜も可哀想になってきたのか、話を止めようとした。しかし、イリスフィアは波菜に話を続けるように求める。その話は例えどんなに苦しくても聞かなければならないとイリスフィアは悟ったからだ。

 それは同時に波菜の古傷を抉る行為でもあった。あの頃の感情を、嫌悪感を思い出しそうになり、波菜はグッと堪えて話を続けた。


 気がつけばイリスフィアは何も反論しなくなっていた。ただ、波菜の言葉に耳を傾け、嫌悪感と心の痛みに耐えていた。


「そんな地獄の日々は唐突に終わったんだ。無縫君がきてくれて、人間の王国は焼かれ、王族も貴族も市民もみんなみんな死んだ。最初は意味が分からなかった。でもね、彼に優しく声を掛けられた時にね、ようやく分かったんだ。僕は地獄から解放されたんだって」


 無縫は波菜の父親――優牙と共にメンタルケアに努めてくれた。既に清い体じゃなくなってしまっても……優牙も無縫も決して波菜のことを「穢らわしい」とは言わなかった。

 「本当に助かって良かった」と嬉しそうに泣く父親と、それを温かく見守る無縫、その陽だまりが、あの光景が波菜にとっても宝物だ。


「……波菜さんは、無縫さんのことが、好きなんですよね」


「ああ、その通りだよ」


「だったら、なんで……」


「僕なんかが無縫君と釣り合いが取れる訳がない。……僕にはそれがよく分かっている、誰よりもね」


 例え清い体でなくとも無縫君なら受け入れてくれるかもしれない。

 だが、無縫の優しさにつけ込むような真似はしたくない。


 無縫の隣に立てるようになって、肩を並べて戦えるようになったら……その時にようやく無縫に告白することができる。波菜はそう考えているようだ。


「私、決めました! 波菜さんの恋を全力で応援します!!」


「待て待て待て待て! なんでそんな話に! というか、君は人質の立場なの、君の心臓には僕が勇者として召喚された時に掛けられていたものと同じ呪いを掛けたんだよ! 君に僕が恨まれるのは至極当然の流れ……なのに、何故そういう話に!? 意味が分からないよ!」


「波菜さんに情報を提供します。その上で、平和的な解決を私は目指します! 絶対に誰も傷つけさせません! 私が必ず守ります! 家族も国民も、そして、貴女と無縫君のことも!」


「待て待て! 分かったから、分かったから! だから、近づくな! ハグするな! うわぁぁぁぁ、吐瀉物と涙でベトベトにぃ……もう嫌だ!!」



 美雪が目を覚ましたのは、それから三日後のことだった。

 ちなみに、無縫が迷宮で命を落としたという報告を聞き、あまりのショックで気絶してしまった燈里もこの日の早朝に目を覚ましている。


「美雪!? 良かったわ! もう目を覚まさないんじゃないかって心配で心配で……」


「花凛……ちゃん?」


 美雪が目を覚ましたと知り、顔をぱぁっと綻ばせてベッドに身を乗り出す花凛。その目には嬉し涙がキラキラと輝いている。

 一方、美雪は記憶の混濁が生じているのか、焦点の合わない瞳で周囲を見渡していた。次第に脳の動きが加速して少しずつ記憶と思考力が戻ってくるが、状況の変化が劇的だったからか未だに置かれている状況を理解できていないようである。


 気づいたら見知らぬ天井の下に居た……というところだろうか? すぐに取り乱さないところを見ると、無縫が奈落に落ちて行方不明になったことはまだ思い出していないらしい。遅かれ早かれ気づくこととはいえ、起きて早々恐慌状態に陥らないことに一先ず安堵を覚える花凛。


「そうよ、貴女の幼馴染で親友の花凛よ! 体はどう? 違和感はない?」


「ちょっと寝ていたからかな? 身体が少し怠くて重い気がするけど……でも、大丈夫そうかな?」


「良かったわ。そうね……もう迷宮を出立してから七日経ったもの、怠く感じるのも当然よ」


「七日? ……そんなに? ……一体なんで、私はそんなに眠って……確か、迷宮に行ってそれで…………」


 記憶を辿り、焦点が定まらなくなっていく美雪の姿を見て「まずい!」と思ったが、花凛が軌道修正を仕掛ける間も無く美雪は真相に辿り着いてしまった。……まあ、若干の記憶混濁こそあったものの記憶能力は正常そのもの、記憶喪失でも何でもないのである。GERの真実に到達できなくする拳にでも殴られでもしない限りは遅かれ早かれ真実に到達していただろう。


「……花凛ちゃん、無縫君は?」


「そ、それは……」


 苦しげな表情で言い訳を必死で考える花凛。しかし、親友のその様子から記憶に残る悲劇が現実のものであったことを悟ったのだろう。

 しかし、その現実を素直に受け入れられるほど美雪は薄情な切り替えができる人間ではなかった。……まあ、死んでいることになっている当の本人――無縫辺りなら「まあ、それも天の定めし運命。致し方ないことだ」と割り切って先に進めてしまうのだが。


「嘘だよね? あの後、無縫君は助かったんだよね? そうなんだよね? ねぇ、ねぇ!! なんで返事をしてくれないの!? 頷いてくれないの!? みんなで誰一人欠けることなく帰ってきたんでしょ!? 無縫君はどこにいるの? 訓練場かな? いつもの珈琲畑かな? 図書館かな? それとも、王城の部屋かな? 私、探してくるよ……無縫君に助けてくれたお礼を言わないと」


 次々と言葉を並べ立て、決して現実を直視しない美雪はフラフラと重い身体を動かして立ち上がろうとして……身体が拒否反応をして途中で転んでしまう。

 だが、それでも足に力を入れて立ち上がろうとして……しかし、そこで美雪は自分の腕を掴んで離さない親友の手を掴んだ。


「……美雪、貴女も分かっている筈よ。ここに彼がいないことを」


「……嫌ッ! やめて、やめてッ! そんな嘘! いくら花凛ちゃんでもッ!! 私は絶対に許さないよッ!!」


「現実を直視しなさい! ……貴女が辛いことは流石に私にも分かるわ。美雪、貴女から沢山彼のことを聞かされてきたんだから」


「…………」


「私達が百層に飛ばされて、あの魔物と戦って……無縫君はあの魔物と一緒に落ちていった。奈落の深さは分からないけど……あの高さから落ちて生きているとは思えないわ」


 まあ、実際は生きていて、尚且つ攻略している訳だが。

 それに、あれほど幸運の女神に愛されているなら例え魔法少女の力がなくても落下した七百層でどっこい生きていそうである。無縫に寵愛を与える幸運の女神様はそんなに優しくはないのだ。


 ちなみに、無縫と共に落ちたデモニック・ネメシの遺骸は落下の衝撃で挽肉となった。その後、モール達に回収されて抓み入れツミレとしてモール街の屋台で販売されていたらしい。まあ、タイミングが合わなかったため、無縫一行は目撃していなかったのだが。


「……無縫君は、死んでいないよ。死んでいないんだから。……きっと、ひょっこりに顔を出して皮肉の一つでも言ってくれるよ」


 しかし、美雪の言葉は先程までと違って弱々しかった。

 心の中には死んでいるかもしれないと思っている自分がいた。しかし、美雪はそれを肯定できない。肯定してしまえば、自分の心が壊れてしまうことを無意識に察していたからだ。


 それに、美雪はまだ何も伝えられていない。このままお別れなんて……そんな現実、許容できる筈が無かった。


「……死んでなんかない! そう、死んでなんかいないんだ! 離して! 離してッ! 花凛ちゃんッ!! 無縫君を、今すぐ無縫君を探しに行かなきゃ! お願いだからァ! 絶対に、無縫君は生きてるんだから! だから、お願いッ! 離してよォ!」


 美雪は折れてしまいそうな自分に言い聞かせるように叫び、涙を流しながら花凛の手を振り解こうと踠く。足掻く。

 しかし、花凛は必死にその手を掴んで離さなかった。


 その声も振り解こうとする少しずつ弱くなっていく。そして、気がつくと美雪は花凛の胸に顔を埋めて泣いていた。譫言のように「離して!」と繰り返す美雪を花凛は優しく抱擁する。

 その心の傷の痛みが、せめてほんの少しでも和らいでくれますように、と祈りを捧げるように。


「……花凛ちゃん、無縫君は奈落に落ちたんだね」


 落日を迎えた頃、美雪はほんの少しだけ現実を見た。胸の痛みを堪えて、苦しみに耐えて現実を見た。

 その言葉に花凛は答えない。誤魔化しの言葉も、優しい嘘も口にしない。それが、親友に何ももたらさないことを花凛は心得ていたからだ。


「私の記憶が確かなら、あの時、無縫君は魔物の攻撃を全て躱していたと思う。だから、無縫君はあの時、あの魔物の攻撃以外の何かに当たったんだと思う」


「あの時の無縫君の動きは確かに人外のそれだったわよね。あの魔物の動きも完璧に見切っていた。だから、落下したのが私にも不自然に見えたのよ」


「……やっぱり、クラスの誰かの魔法が無縫君にあったのかな?」


「……その可能性は否定できないと思う。でも、誰の魔法かまでは分からない。分かるのは少なくとも私ではないということだけ。……誰も、あの時のことには触れないようにしてる。怖いわよね。もし、自分だったらって」


「……そっか」


「やっぱり……恨んでいる?」


「もし、誰が犯人か分かってしまえば私はきっと恨むと思う。許せなくて……正直何をしてしまうか今の私には分からない。でも、分からないなら、その方がいいと思う。歯止めが効かなくなると思うから」


「そう……」


「……私、やっぱり信じないよ。無縫君が死んだなんて」


 また、現実を見られなくなったのかと不安になる花凛が美雪を諭そうと言葉を掛けようとして……固まる。美雪の表情はどこか吹っ切れたようで……何かの覚悟を決めた者の表情をしていたからだ。


「分かっているわ。あそこから落ちて無事なことの方がおかしいって。……でも、可能性は決してゼロではない。もし、一パーセント未満でも生きている可能性があるなら、私はその可能性に賭ける。――私は無縫君が生きているって信じたいの」


 その美雪の姿に、花凛は何故か無縫の姿を幻視して……思わず目を擦った。


「もっと強くなる。あの状況でも今度は守れるくらいに強くなって……そして、確かめるの。無縫君のこと。だからね、花凛ちゃん――力を貸してください!」


 希望に満ちた目を向けられ、花凛は小さく溜息を吐いた。


「はぁ。……当たり前でしょ! 私は白石美雪、貴女の親友よ! どこまででも貴女についていくわ!!」


 後に花凛はある言葉を残す。「あの時、あんな言葉を言わなければ良かった」と。


 ――後に最大の親友である美雪と共に大日本皇国を震撼させるとある一大事件を巻き起こすことになることを花凛はまだ知らない。

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